作品タイトル不明
8.願い
私の望むこと。それはただ穏やかな日常。
一緒に食事をして、食べ過ぎたと笑いながらお散歩をする。お薦めの本を教え合ったり、天気がいい日は少し遠出をして。
そんなありふれた日常が欲しかった。
私達はあまりにも大慌てで結婚してしまったから、お互いに歩み寄る暇も無くて。
その後も学業に事業にと大忙しで、あっという間に時は過ぎてしまった。
それでも貴方は少ない時間の中で私を思ってくれるようになり、私もそんな貴方が愛おしくなって。
でも、慌ただしさは無くならず、少ない時間の中で出来るのは、ただ抱き合うことだけだった。
それは愛なのか、慰めなのか不安になりながらも、でも心を見せ合うにはどうしても時間が足りなくて。
それでも、私達はウィリアムを授かることが出来た。
今後は二人で協力していけば、もっと落ち着いて生活出来るようになるはず。
お義母様だって、孫は可愛いでしょうし、私達夫婦の絆が強くなればきっと認めてくれると思った。
ウィリアムを私達でもっと慈しみたい。
お義母様から奪い返すのではなく、家族みんなで愛してあげたい。たくさんの人から愛される子になって欲しい。
そう願っていた。
「私は、突然家族を喪ってしまった貴方に、温かな家庭を作ってあげたかった。
今は家の為にと必死になるしかないお義母様に、もう大丈夫ですよって、安心させてあげたかった。
貴方ともっとたくさん話をして、笑いあったり、時には喧嘩もして、ちゃんと心の通い合う夫婦になりたかった。
……私は貴方に幸せをあげたかったの」
これからだと思っていた。
でも、私は 知(・) っ(・) て(・) し(・) ま(・) っ(・) た(・) 。
私はもう、貴方を幸せにはしてあげられない。
……リオ様が泣いている。
何粒も何粒も、パタパタと涙がこぼれ落ちる。
「ごめ…っ、ごめん、嫌だ、すまなかった、もう一度だけチャンスをくれないか!……別れたくないんだ…っ!」
狡くて愛しいリオ様。貴方のことが本当に大切だったのよ。
「……駄目。貴方はちゃんと責任を果たして。
悪かったと思うのなら、これからは子供達を惜しみなく愛して、大切に育ててあげて。
そしてお義母様に操られるのではなく、貴方自身が伯爵として、夫として、父親として、息子として、自分を守るのでは無く、皆を守る為に精一杯生きて。
ここにはいられない私の分までだから大変よ?
それが私からの貴方への罰だから、生涯をかけて償い続けてね」
まだ21歳でたくさんのものを背負うのは大変でしょう。でも、私はもう貴方の側にはいられない。
「……ウィリアムまで置いていくのか」
「離婚して女手一つで子供を育てるのは大変だわ。私は良くても、何も分からないウィリアムは突然環境が変わったら可哀想でしょう」
「なら!コーデリアの子を引き取るから!」
「そうしたら彼女はどうなるの?私は一人でも生きていけるけど、嫁ぐことだけを目標に育てられてきたご令嬢には無理な話よ。それも貴方の愛人として暮らしてきて子供まで産むのでしょう。そうしたらもう、修道院に行くしかなくなるわ。
でも、彼女一人だけがそんな目に合うのはおかしいでしょう?
だって貴方達親子は今まで通りに暮らしていくのに、弱者である、婚外子で親に逆らえなかった令嬢だけが割りを食うなんて私は許さない。純潔を奪い、抱き続けた貴方が娶りなさいな。
言ったでしょう。責任を取りなさいと」
でも、彼女も楽に生きることは出来ないわね。
前妻にそっくりな子供を後継者として大切に育てなくてはいけないし、商会だけでなく領地でも社交界でも、私が妻として必死に働いていたことを知っている人は多いのだから。
「だが……」
「まずはウィリアムに会わせて。それから続きを話しましょう」
「……分かった」
そう返事をしたかと思うと、私に手を差し出して来たので思わず笑ってしまいました。
「…何故笑うのですか」
「初めて会った時のことを思い出しました。すごい仏頂面で屋敷を案内してくれたなって」
「こないだもそんなことを言っていましたね」
「ええ。何だか昔のことが色々と思い出されるんですよ。……懐かしいわ」
あの時も、とっても不機嫌なのにエスコートの為に手を差し出してくれました。緊張しているのか、少しひんやりした手を取ると、リオ様のお耳がサッと色付いたのを覚えています。
「……何故笑えるのですか」
さっきと同じようで違う質問。
この状況下で何故のん気に笑っているのかと聞きたいのかしら。
「言ったでしょう?幸せな思い出だからよ」
辛いことがあったからと、思い出まで汚したくありません。
だって私は無慈悲な運命に耐え忍んでいたのではなく、幸せになるために努力してきたのです。
それは今、この瞬間も変わりません。
「私はいつだって幸せになる為に頑張っているんです」
私は努力だけは得意なのですから。