作品タイトル不明
64.端役の人生(リオ)
「息子の結婚式で少しくらい泣くのは構いませんが、そこまで号泣するのはお止めくださいな」
コーデリアに 窘(たしな) められても仕方がないくらいに酷い顔をしている自覚はある。
だが、フェリックスとルーチェ嬢の姿が在りし日の自分と重なって、だが、その光景はあまりにも自分達とは違い過ぎて、己の罪を今更ながらに突き付けられたのだ。
アシュリーとの結婚式は簡素で、そんな式しかできない自分が途轍もなく恥ずかしく、終始不貞腐れた顔をしていたのを覚えている。
アシュリーはそれでも笑顔を見せてくれたが、本当はこんな子供との結婚を後悔しているのだろうと更に惨めになった。
「……どうして私はこうなのだろう。何度も後悔して、今度こそ変わろうと、今度こそ幸せにしなくてはと誓うのに、気が付けばまた堂々巡りをして誰かを傷付けている……」
アシュリーだけじゃない。コーデリアなど、式すら挙げていないではないか。
私は二人もの女性を傷付け、子供達にも辛い思いをさせた。その上、母を孤独死させてしまったし、それすらもアシュリーに擦り付けようとした救いようの無い男だ。
「旦那様は相変わらずお馬鹿さんね」
「……知っているよ」
コーデリアが心底呆れたという顔で私を 詰(なじ) った。
ああそうだ。馬鹿だから何度でも間違えるし、何度やり直しても上手くいかない。
「仕方がありませんわ。だって旦那様はヒーローではないのですもの」
自分でも馬鹿だとは思っていたが、ヒーローではないという言葉は的確過ぎて心が痛んだ。
「……ハッキリ言うなぁ」
情けなさ過ぎて、涙はもう止まってしまった。
「だって私もヒロインではないのです。でも、物語の登場人物その1程度の端役であったとしても、出番が終わったからといってそこで役を降りて逃げ出すことは出来ないのだと、この年になってようやく気付きましたわ」
登場人物その1か。そこまで下だとは思っていなかった。それならば格好悪いのも馬鹿なのも仕方がないということか。
「いいではありませんか。物語の片隅にいる、何とも愚かな夫婦であっても。
取るに足らない私達ではあるけれど、それでも子供達を立派に育て上げ、伯爵家を維持し続け、こうしてあの子達の門出を祝うことができましたわ。
端役にしては過ぎた幸せだと思いませんこと?」
……コーデリアはこのようにサバサバとした女であっただろうか。いや、それよりも。
「……君はこれからも私と夫婦でいてくれるのか?」
てっきり子供達が巣立ったら離縁されるものだと思っていたのだが。
「貴方はヒーローのように格好良くはないし、逃げ癖もあるし、存外鈍いし。
でも、私と再婚してからは一度も浮気をせず、私や子供達を守って下さったでしょう?」
「……でも君を傷付けた」
「ふふ、そうね。でも、貴方は暴力は振るわないし、酒に溺れることもない。ギャンブルだってしないわ。
結局は上を見ても下を見ても切りがないのよ。
それならば、私はこのままちょっとお馬鹿な旦那様を支える妻として生きて行くしかないのだろうなぁと、随分と前に心を決めましたの。
だって、どこに逃げたとしても、結局私だって愚かなコーデリアのままですもの。
私は私として頑張るしかないのですよ」
どこに逃げても自分は自分……。
「……君は愚かじゃない。素敵な女性だよ」
私なんかに引っ掛からなければ、もっと幸せな人生だってあったかもしれないのに。
「あら、じゃあ丁度いいではありませんか。
物語には端役も必要だわ。歩みが遅くて何度も後ろに戻ってしまったとしても、それでも少しは前進してると思いますし。
それに。貴方を一人にしてしまったら子供達が心配してしまうでしょう?
それならば、これからも側で貴方様を見張っておりますので覚悟なさいませ」
「……君こそ馬鹿だ」
「はいはい。分かったから顔を洗って来てください。そろそろウィリアムに叱られますよ」
その言葉に前方を見れば、ウィリアムが怖い笑顔でこちらを見ていた。
「……笑顔で怒るのは君仕込みか?」
「何か言いました?」
「顔を洗って来ます!」
慌てて立ち上がり、顔を洗いに向かう。
本当にどこまでもみっともないと思いつつも、コーデリアが離婚しないと言ってくれたことに心底ホッとした。
……端役の人生か。
確かに、私という人間はその程度のものなのだろう。
それでも。こうして希望を得ると、今度こそはと愚かにもまた誓いを立ててしまう。
こんなに馬鹿な私に尽くしてくれる妻を大切にしようと。
今度こそ………物語の主人公であろう、前妻と子供達の幸せを願わせて欲しいと。