作品タイトル不明
23.リオの片思い
14歳のとき、僕の世界は一度壊れた。
お父様とお兄様が亡くなったのだ。
屋敷の中は、悲しみと、困惑と、焦りと。あらゆる負の感情がそこかしこで湧き上がり、僕自身にも、『なぜこんな役立たずだけが残ったのか』と、憤りと諦めの視線が向けられた。
積み荷と船を失い、舵を取るべき父もいない。
親戚達が何度もやって来ては僕達を食い物にしようと嗅ぎまわる。まるでハイエナみたいだ。
お母様はどんどん 窶(やつ) れていき、辞めてしまう使用人もいた。
我が家は没落するかもしれない。
そう噂されるようになった。
「……結婚?」
「ええ。事業を立て直さなくてはいけないけれど、貴方は今後の為には王都の学園に入学しなくては困るの。
だから貴方の代わりに事業に参加してくれる妻を迎えましょう」
……妻。僕はまだ14歳なのに?
「………こんな潰れかけの家に嫁いでくれる人なんかいないよ」
違う。いてほしくない。
「もう見つけたから大丈夫です。田舎の子爵令嬢だけど優秀らしいの。今は貴方が行く学園の最終学年に在籍しているわ。まあ、今なら卒業資格は貰えるのではないかしら」
最終学年って、18歳?4つも年上じゃないか。
それに学園を辞めさせるの?それは可哀想な気がするけど。
「とりあえず3年。貴方が卒業するまでの妻ですから気にしないで」
「……え?」
「白い結婚は知っているわね?」
「…はい」
白い結婚は、所謂性行為をしないで純潔のままでいること。
……そうか、白い結婚で3年経てば婚姻無効にできるのだっけ?
「卒業する頃には落ち着くでしょう。貴方は何も気にせずに勉強と人脈作りを頑張りなさい」
「分かりました」
お母様は少し変わってしまった。いつもキリキリとしていて何だか怖い。
でも、仕方が無い。そうしないと我が家は無くなってしまうかもしれないんだろう?
きっとその女性も、3年間だけと割り切って来るのだろうし、寮に入るからほとんど会うこともない。本当に形だけの人なのだ。
そう思っていたのに。
僕の妻になる人はとっても綺麗だった。
僕よりも背が高く、何というかふわふわした女の子じゃなくて、しなやかな美しさを持った人。
アンバーの瞳は力強く、しっかりと自分の意志を持っていることを伺わせる。
僕なんかまったく釣り合わない、大人の女性だった。
「なぜ僕がこんな年増と結婚しなくちゃいけないんだっ!」
何だか自分が恥ずかしくなって、酷い言葉をぶつけてしまったのに、彼女は少し呆れながら微笑むだけ。
まるで頑是ない幼子をあやすような態度に泣きたくなった。
「お友達から始めましょう」
その言葉にホッとしつつも……僕は一目惚れだったのにと自覚した。
僕は出会ってすぐに振られてしまったのだ。
彼女は、翌日から商会に出向き仕事を始めた。
……妻になるために来たんじゃないんだ。
分かっていても悲しかった。
帰って来ると目を腫らしていることがあったけど、僕は何も聞けなかった。だって事業の事なんか分からない。こんな僕になんか、愚痴も相談もしないと分かっていたから。
あっという間に学園に向かうことになった。
「学園生活を楽しんで下さい」
そう言って、彼女は万年筆をプレゼントしてくれた。それは艷やかな飴色で、よく手に馴染んだ。
うん。頑張るよ。少しでも貴方に追い付けるように。
早く大人になりたい。
貴方の隣に立っても見劣りしないくらい。
それは、2年目の長期休暇だった。
彼女が商会の仕事で他領に行くと聞いたので、一緒に行きたいと我儘を言い、付いて来てしまった。
だってそうでもしないと彼女とはほんの少ししか会えないから。
そんな僕に気を遣ってか、少し街中を散策しようと誘ってもらえたのだ。
二人で並んで歩くと、彼女の方が少し小さいことが嬉しい。
初めて会った時は完全に負けていた身長をやっと追い越すことが出来た。でも、まだまだ彼女には男として意識してもらえていないと分かっている。
今だって僕は距離の近さに心臓がバクバクしているのに、彼女は楽しそうに町並みを眺めながら、あれやこれやと話し掛けて来る。
ほのかに香る、爽やかだけどどこか甘い香りが彼女にとても似合っていた。
「マシュー様!」
「アシュリー?!」
それは偶然の邂逅だった。
彼女の手がスルリと僕から離れた。
今まであった温もりが突然消えて、薄っすらと寒気がする。
……ねぇ、その人は誰なの?
程よく筋肉の付いた逞しい大人の男はアシュリーと並ぶととてもお似合いで、その優し気な眼差しは彼女への愛情で溢れていた。
「リオ様、彼は私の学園時代の親友でマシュー様です。医者になる為に勉強中……あら?まだ勉強中でよかった?」
「今は研修生だよ。今日はたまたま友人に誘われてここに来たんだ。すごい偶然だよな。
ああ、申し訳ない。紹介してくれたのに。
はじめまして、マシュー・ルドマンです。夫人とは同級生なんですよ」
「…はじめまして、リオ・スペンサーです。
私もいま学園に通っています。長期休暇でここに来たんです」
そう話すと、何故か彼の表情が少し曇り、チラリとアシュリーを見た。彼女は困ったように笑うと、僅かに首を振った。そんな反応を見て、彼は仕方がないなと言わんばかりに軽く息を吐き出すと、何事も無かったかのように表情を改めた。
そんな、言葉を交わさなくても分かり合う二人に苛立ちを覚える。
どうして?本当に2年ぶりなのか。もしかして、僕が一緒に来たから嘘を言っているの?
……本当は彼に会うためにここに来たのか?
さっきまであんなにも楽しかった気持ちは消えてしまった。
彼女がそんなことをするはずがないと思いながらも、二人は適切な距離で話していることが分かっていても、二人が並んだ姿の自然さに嫉妬してしまう。
早く大人になりたい。
早く貴方に似合う男になりたい。
どうかお願いだから、そんな男に微笑まないで。