作品タイトル不明
22.驕り
「大丈夫ですか?」
骨折はしていないから打ち身のみのはず。
まあ、その打ち身がかなり痛そうですけど。
「……貴方にはこれが大丈夫に見えるのか」
「憎まれ口を叩けるなら大丈夫でしょう」
「…コーデリアにすら優しくするくせに、私には冷たいのですね」
ええ、貴方にだけは優しくしないと決めたんですよ。そうしないと貴方は甘えるばかりでしょう?
「どうしてもやり直すのは無理なのか」
「ええ、駄目。メルを見たでしょう?あれ程までに嫌悪されることを貴方はしたのよ」
「……ウィリアムが可哀想だと思わないのか」
「貴方とコーデリア様とで愛してあげて下さい。お義母様のおかげで、あの子は私を母だとは思っていませんから」
覚えていてくれてはいるけどそれだけです。
今ならば、コーデリア様を母親として慕うことが出来るでしょう。
「……貴方がこんなにも冷たい人だとは思わなかったよ」
「そう」
……悲しいね。貴方は愛した思い出すら書き換えようとするの?
貴方は私にばかり我慢を強いていると気が付いているのかしら。
それに……私の死に怯えて、触れることすら出来ない貴方の側に、どうして居続けることが出来るでしょう。
「貴方を許したら、私は本当に駄目人間製造機だと思う。
だから何度でも言うわね。本当に悪いと思っているなら変わってちょうだい。
……貴方を愛したことを後悔させないで」
時は戻らない。どれだけ後悔しても、幸せだった頃に戻ることは不可能なの。出来ることは、今、この時点から変わるために努力することだけよ。
「明日、弁護士に会いに行きます。それと、お父様にも手紙を出すから。
貴方もそろそろ現実を見て。貴方がやらなくてはいけないのは、私に縋ることではなく、自分の立場を明確にすることのはずよ。
まずはお義母様に与えている伯爵家の決定権と印章の使用許可を剥奪なさい。
ああ、顧問弁護士に相談しながらやった方がいいわよ」
「…だが、それでは仕事が回らなくなる」
この3年、この人は何をしていたのかしら?
「そんなはず無いでしょう?お義母様だって指示を出すだけで、実際に動いているのは別の人間よ」
どうしようか。頼りなさ過ぎで心配になるわ。
「……まずは家令、執事、侍従長、メイド長を集めましょう」
出来ない人になぜ出来ないのだと責めても何も解決しないわね。最後に妻の仕事として手助けくらいはしよう。
その方が私も出て行きやすくなるはずです。
「……すまない」
「いいの。このままだと安心して出ていけないもの。
でも、私は補佐をするだけよ。ほら、ぼうっとしていないで、これから何をするかを言うから書き留めないと。
日頃から手帳を持ち歩くことをお勧めするわ」
私はいつも、何かあったらすぐに書き留められるようにしています。
「……貴方は凄いな」
「ふふ、だって努力したもの」
「努力?貴方が?」
まあ。もしかして、私は努力することなく、才覚一つでのし上がったと思われていたのかしら。
「当たり前でしょう?学園で習ったことなんて、実践では何の役にも立たなかったわ。私がどれだけメルに泣かされたと思っているの?」
嫁いで来た頃はメルが悪魔だと思った。
多少は役に立てると思っていた私の自尊心を根こそぎ刈り取る極悪人。
「悔しくて毎日泣いていたわよ。それからは睡眠時間を削って削って、絶対にメルをギャフンと言わせてやると誓って食らいついたわ。
私はね、努力は苦にならない負けず嫌いなの」
でも、あの頃と同じことをしろと言われたら無理かもしれない。そう思える程に頑張ったわ。
「…もっと、こんな話をしたらよかったわね」
別に格好を付けていたわけではないけれど、大変だったことをアピールすることは、何だか苦労自慢みたいで嫌だった。それに、言わなくても伝わっているだろうという過信もあったのでしょう。
「言わなければ伝わらないのに。
ごめんね、私も貴方を傷付けていたのだわ」
私達には会話が足りなかった。
そうしてしまったのは私の責任でもある。
今、こういうことをしているのだと言えばよかった。
経営方針の見直しと人材育成。新商品の開発に独自性を追加した特許権。
やらなくてはいけないことが山程あって、貴方の為だからという驕りから、貴方を蔑ろにしてしまった。
「でもね、本当にこの6年間はこの家の為に頑張っていたの。マシュー様に揺らいだことなんか一度も無いわ。
借金を返して事業を立て直して、貴方との未来しか考えていなかった。
……お願いだから、私を疑わないで」