軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20話 ただいま、リューベンハイト王国!

さて――ヒノモトを発ってから幾日もの航海を経て、私たちはついにリューベンハイト王国へと帰ってきた。

甲板をかんかんと照り付ける真夏の太陽。まぶしい光に目を細めつつ、視線の先には白い石造りの港町がゆっくりと近づいてくる。

青い屋根が日差しを反射し、波に揺れる帆船の影が海面にきらめく。港にはすでに多くの人々が集まり、ヒノモトから帰国する私達の船の到着を、興味深そうに見守っていた。

「……すごい」

隣でサクラが、小さく息を呑む。

ヒノモトの港とはまるで違う景色に、目を爛爛と輝かせている。ヒノモトの木で建てられた家々とは違い、石の建物が並ぶ街並み。

「わあ……! 子供の頃に見た絵と同じ景色です、いいえ。それよりずっとすごい……信じられない!」

旨の前でぎゅっと握りながら、サクラは夢中で辺りを見渡す。

通りを行き交う人々の装いもまた、彼女にとってはすべてが新鮮らしい。

ヒノモトでは誰もが着物を着る。けれど、この港町の女性たちはワンピースを身に纏っていた。歩くたびに、鮮やかな色の布地が風を含んでふわりと膨らんだ。男性たちの服装も、ヒノモトとはまるで違う。飾り気のない荒いシャツに、丈の短い上着を羽織り、動きやすそうな太めのズボンをはいていた。他にも帽子をかぶった商人や、腕まくりをした船乗りたちが、忙しそうに歩き回っている。

「ヒノモトとは全然違いますね」

「そうね。海を越えるだけで、随分変わってくるものよ」

やがて船が岸壁に寄せられ、綱が結ばれる。ギィ、ギィと小気味よい音を立ててタラップが降ろされる。

その先にあるのは、見慣れた、けれど旅を経た今の私にはどこか懐かしく見える、愛すべき祖国の喧騒だった。

私は潮の香りを胸いっぱいに吸い込み、隣に立つ彼女へと向き直る。

「――リューベンハイト王国へようこそ、サクラ!」

私の言葉が真夏のからっとした空気の中で弾ける。

サクラは一瞬、弾かれたように肩を揺らし、驚きに目を丸くした。けれど、すぐにその頬を朱に染め、嬉し気に笑った。

「ふふっ。ありがとうございます、エリザベート様」

彼女の視線は、すでに私の肩越し、光り輝く街の奥へと向けられていた。

その瞳に宿るのは、広い世界を前にした子供のような純粋な好奇心。そして同時に、まだ見ぬ未来へ踏み出そうとする者の覚悟だった。

***

それから、数日後。

私は次々と舞い込む案件の対応に追われていた。まず、サクラを大使として任命することの手続き。形式ばった書類を用意し、重臣たちの承認を取り付け、外交官としての身分と制限を整えた。

そして、もうひとつ。

それと並行として進めたのは、ヒノモトで不正を働いていた商人たちの取り調べだった。

彼らは表向きこそ貿易商を名乗っていたが、その裏では横領、密輸、賄賂。ありとあらゆる悪事に手を染めていた。そのなかには、サクラの好意を台無しにした商人もいた。どうやらヒノモトでは、随分と好き勝手に振舞っていたらしい。そのせいで、ヒノモトでは外国人への印象は悪く、私自身も警戒され、はじめのうちは交渉がなかなか上手くいかなかったのだ。

だが、それも終わりだ。彼らには、その悪事に見合うだけの罪を。そして何より、サクラの優しさを踏みにじった代償はしっかりと払ってもらうことになるだろう。

そうして、ようやくーー。

私は長かった一連の処理を終え、久しぶりに自分のサロンへと帰ってきた。

そこには、久しぶりの賑わいが戻っていた。

「おかえりなさいませ、エリザベート様!」

「長い航海、お疲れ様でした!」

扉を開けるなり駆け寄ってきたのは、アメリアとリリィだ。

ふたりとも、私の帰国を心から喜んでくれている。

「ただいま。留守の間、この大切な場所を守ってくれてありがとう」

労いの言葉をかけると、リリィの視線がふと私の傍らに少女へと注がれた。

「……エリザベート様、こちらの方が、あの東方の国からいらした……?」

「ええ。サクラよ。私の大切な友人であり、ヒノモトの文化を伝える架け橋となってくれる方よ」

ヒノモトの装束に身を包み、凛とした佇まいで控えるサクラ。

紹介を受けて、淀みのない所作で頭を下げた。絹が擦れる微かな音さえ、どこか洗練されている。

「ヒノモトより参りました、サクラと申します。万事不慣れな身ではございますが、どうぞよしなにお願い申し上げます」

サロンのテーブルには、ヒノモトから運ばれてきた食材を使った料理が所狭しと並んでいた。

湯気の立つ汁物からは出汁のやさしい香りが立ちのぼり、炙られた魚の香ばしさが空気に混ざる。

それらの料理は、まるで遠い国の風景をそのまま運んできたかのようだった。

「今日は、ヒノモトの文化を少し紹介したいと思っているの」

私がそう言うと、リリィがぱっと目を輝かせた。

「ヒノモトのお話、ぜひ聞きたいです!」

弾んだ声に、サクラは少し照れたように微笑んだ。

そして、並べられた料理へとそっと視線を落としながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「そうですね……まずは――」

ヒノモトの食文化。

米という穀物のこと。味噌や醤という調味料のこと。

目の前に並ぶ料理を示しながら、サクラは一つひとつ丁寧に説明していく。

穏やかな声で語られる異国の話に、アメリアとリリィは興味深そうに身を乗り出した。

「まあ……そんな食べ方があるのですね」

「ぜひ一度、味わってみたいです!」

興味を示しているのは、アメリアやリリィだけではない。

招かれた客人たちもまた、見慣れぬ料理とサクラの話にすっかり引き込まれていた。

「この白い粒が、米なのですか?」

「この料理は、何から作られているのです?」

次々に投げかけられる質問に、サクラは一生懸命に答えていった。

サロンには、驚きの声と楽しげな笑い声が、何度もやわらかく響いた。

「それでは――せっかくですし、実際に召し上がってみてください」

サクラがそう言うと、客人たちは期待に満ちた視線でテーブルへと集まった。

「このスープは……?」

アメリアが恐る恐る手に取ったのは、湯気の立つ汁物だった。

「味噌汁よ。味噌という発酵した調味料を使った、ヒノモトではとても一般的な料理なのよ。ダイエットにも効果的なの」

サクラの代わりに、私が説明する。

「味噌汁は低カロリーなうえ、具材によっては栄養も豊富なの。発酵食品は腸内環境を整える働きもあるのよ」

アメリアはそっと椀を手に取り、慎重に口をつけた。次の瞬間、彼女の瞳がぱっと見開かれる。

「まあ……! 優しいお味……」

驚きと感動が入り混じった声に、周囲の客人たちも次々と椀を手に取る。

「本当だ、体が温まるようだ」

「香りがとても豊かですね」

サロンには、感嘆の声が広がっていった。

一方、リリィは別の料理に興味を示していた。

「この白い粒が、先ほどお話に出た“米”なのですね?」

「はい。ヒノモトでは主食として食べられている穀物です」

そう言ってサクラが差し出したのは、炊きたての白いご飯だった。

しかし――。

「……どうやって食べるのです?」

リリィが手にしたのは、二本の細い木の棒だった。

「それは、箸といって――」

説明を聞きながらリリィは真似してみるが、箸を持つのも一苦労だ。

ましてや米粒をつかむとなると、さらに難しい。

「あっ……!」

箸が手元から落ち、その様子にサロンのあちこちからくすくすと笑い声がこぼれた。

「ふふ、大丈夫ですよ。ヒノモトの人でも、最初はうまく使えませんから」

サクラが優しく言うと、リリィも照れたように笑った。そして今度はスプーンでご飯をすくい、口に運んだ。

「わあ! もちもちしてて、美味しいですね……!」

やがて誰かが魚を一口食べ、また別の誰かが米を口に運ぶ。

そのたびに、「これは美味しい!」「こんな料理は初めてです!」と、驚きと喜びの声が上がった。

私はその様子を満足に眺めながら、次の皿を差し出す。

「そして、こちらが今日のとっておきよ」

テーブルに置かれたのは、私がヒノモトで披露した和菓子だった。透明なゼリーの中には、塩漬けにした桜の花が閉じ込められている。その下には、しっとりした羊羹の層。二層仕立ての華やかな見た目のそれに、感嘆の声が上がる。

「まあ、綺麗……!」

皆が手に取って食べ始める。「見た目だけではなく、甘すぎなくて上品だ事」「口当たりもなめらかで素晴らしいわ」と別の声がまた上がった。

他にも寒天ゼリーをはじめ、水ようかん、わらび餅、大福。次々と運ばれてくる和菓子に、令嬢たちは目を輝かせた。どうやらこちらも大成功のようだ。

以前、オートミールを用いたヘルシーなお菓子を発明したことがあったけれど、……いろいろあって、結果的に王都ではカロリー爆弾として広まってしまったのよね。

あの時の悲劇を思い出し、私は遠い目になる。

「けど、今回は違うわ。今度こそ、和菓子をヘルシーなお菓子として、正しい知識を広めるわよ!」

ダイエット中でも、罪悪感なく甘いものを楽しみたい! そんな私の夢はようやく叶いそうだった。

遠いヒノモトの味は、こうして少しずつ、この国の人々の心を惹きつけていく。

これをきっかけに、ヒノモトの食文化が少しでも広まってくれたなら、これほど嬉しいことはない。

新しい文化と、新しい出会い。それらが交わる場所として、このサロンはこれからも賑わっていくだろう。

窓の外では、王都の空が穏やかに晴れていた。