軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

SIDEカミルⅡ

エリザベートは、不思議な人だった。

あれほど公然と嘲笑され、貴族社会の残酷な視線に晒されていたというのに――どうして、あの人は、あんなにもまっすぐに他人を見つめられるのだろう。

きっと、かつて彼女もリリィと同じように、いや、それ以上に深く苦しんでいたはずだ。

人の目を怖れ、口にするものすら恥じていた。食べれば嘲笑され、食べなくてもまた別の悪意に晒される。そんな出口のない場所で、必死に笑顔を貼りつけていたのだろう。

本当は、拒絶されることが、何よりも怖かったに違いない。

僕がエリザベートと初めて出会ったのは、まだ王立薬学院で学んでいた頃のことだった。

共通の知人に紹介され、彼女と顔を合わせたその日、印象的だったのは、気高く振る舞う仕草の裏に、深い影を落とすような目だった。ふるまいは完璧だった。言葉遣いも姿勢も、まるで手本のように整っていた。それなのに、ふとした瞬間に、砕けそうなほど脆い影が浮かぶのだ。

彼女の健康状態が芳しくないのは明らかだった。だから思い切って、野菜を取り入れることを勧めた。だが、彼女は激しく拒絶した。

「そんなもの、貴族の食べ物じゃないわ!私が食べてるって知られたら……もっと、もっと馬鹿にされるじゃない!」

その言葉の裏に、どれほどの孤独や恐怖があったのか、当時の僕はまだ理解しきれていなかった。

過剰な王妃教育に追い詰められていたことも、すぐに気づいた。明らかに負荷がかかりすぎていたから、ストレスが心身に悪影響を及ぼしていると助言したこともある。でも、彼女は耳を貸そうとはしなかった。むしろ、その言葉にさえ怯えたような表情を浮かべて――まるで、「休んでもいい」と言われることすら、許されていないかのようだった。

あの頃の彼女は、あまりにも一人で、あまりにも頑張りすぎていた。

そしてその時、彼女を救うには、僕は未熟過ぎた。

けれど――

それからしばらくして、再び再会したとき、僕は息を呑んだ。

痩せたからではなかった。

華やかな装いに変わったからでもない。

目の前に立つ彼女は、かつての脆く揺れる少女ではなかった。

言葉のひとつひとつに、仕草の細部にまで、揺るがぬ意志の光が宿っていたのだ。

誰かの期待に応えようとした振る舞いでもない。

自らの足で立ち上がり、幾度となく涙をこらえながら歩んできた人間にしか持ち得ない、芯の強さ――その輝きが、彼女を形作っていた。

彼女の変化を目の当たりにして、僕は思った。

――この人なら、リリィを救ってくれるかもしれない。

けれど、それでも、僕はすぐに打ち明けることができなかった。

医師として、兄として、あらゆる手を尽くしても救えなかった妹を、他人に託すということが、悔しくて、情けなくて――ほんの少し、怖かった。

それでも、エリザベートと話を重ねるなかで、彼女は静かに、自分のことを語ってくれた。自分自身の意志で、弱さと向き合い、心を整え、身体を整え――そして、もう一度、自分を好きになれるように努力してきたのだと。

その言葉のひとつひとつが、静かに、しかし確かに僕の胸を打った。

エリザベートになら、託せる。

妹のことを話してみようと、そう思えた。

エリザベートは、リリィに何かを説き伏せたり、励ましの言葉を並べたりはしなかった。

ただ隣にいて、穏やかに語りかける。

「あなたが悪いわけじゃないの」や「頑張らなくていいのよ」と言う代わりに、彼女はまるで、苦しむリリィの手を静かに取るように、そっと言葉を紡いでいった。

その声に、僕は心を打たれた。

それは“治療”ではない。ただひとりの人間として、“寄り添う”ことだった。

その姿はまるで女神のようだった。

リリィが、ようやくスプーンを手に取ったあの日。

ほんの少しだけ、唇の端を上げて笑ったその顔を、僕はただ呆然と見つめていた。

薬でも治せなかったあの子が、彼女の隣で少しだけ前を向いた――

その事実が、どれほど尊く思えたか、言葉では言い表せない。

あんなにも頑なに救いの手を拒んでいたリリィは、彼女の前では少しずつ心の鎧を脱いでいった。

たぶん、それは――エリザベート自身が、かつて誰よりも深く孤独の中にいたから。

痛みを知っているからこそ、そこから抜け出す術を、自分の力で見出したからこそ、同じ痛みを抱えた誰かの手を、ためらわずに取ることができた。

僕は医師として、リリィの苦しみに向き合ってきたつもりだった。

でも――妹にかけられた呪い、「痩せなければ愛されない」という強迫観念に、僕は本当の意味で寄り添えていなかったのかもしれない。

だからこそ、彼女が必要だった。

エリザベートだから、妹を救えたのだ。

それを知ったとき、僕の胸に灯った感情が、ただの感謝ではなかったと気づいた。

どうしようもなく心が揺れた。

こんなにも、誰かを「美しい」と思ったのは――きっと、人生で初めてだった。