軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第81話 一学期末試験

試験を直前に控え廊下の私語は減り、食堂でもノートを開いたまま食事をしている生徒が珍しくなくなる。

放課後の自習室は早い時間から埋まり、教師たちの足取りまで、どこか少しだけ硬い。

一学期末試験。

ただの区切りではない。

この試験の結果は翌年のクラス見直しに繋がり、Sクラスから落ちる者もいれば、逆に上がってくる者もいる。

そして、ごく稀に飛び級まである。

王立学院にいる以上、この時期が特別なのは当然だった。

それでも、今年は少し事情が違う。

少なくともSクラスの上位にいる面々は、ただ残るためだけにこの試験を受けるつもりではない。

そのことを、俺自身もはっきり自覚していた。

試験前日、教室の空気は妙に静かだった。

いつも通り席につき、いつも通り授業を受ける。

だが、全員の意識は半分以上もう明日に向いている。

それでも、張りつめすぎているわけではない。

ここまで来たら、もう新しく何かを積むというより、持っているものを崩さない方が大事だ。

俺もノートを閉じ、机の上を軽く整えた。

「今日はもうそれで終わり?」

横からセレナが聞いてくる。

「一応な。寮で少し見直すくらい」

「そう」

それだけ言って、彼女はまた自分の本へ視線を落とした。

短い。

でも、余計な言葉がない分、それで十分だった。

少し離れたところで、ヴィクトルがだるそうに椅子へもたれながら言う。

「筆記そのものより、設問の問いが面倒そうなんだよな」

「今さらね」

セレナが本から目を上げずに返す。

「学院が素直に問題を出すわけないだろ」

「それもそうか」

そんな短いやり取りが、逆にいつも通りで少しだけ楽だった。

教室を出る前、窓の外を見る。

空はまだ明るい。

でも、六月の終わりの光には、どこかもう春とは違う重さがある。

ここまでやることはやった。

王宮での勉強会も、自主勉強も、授業の時間も、全部ちゃんと積み上がっている。

あとは明日、答案用紙の上で取りこぼさないだけだ。

そう思いながら寮へ戻った。

部屋に入ってからも、一応本は開いた。

魔法理論。

王国史。

法制基礎。

地理。

数学。

だが、目は追っていても、今さら頭に新しいものをねじ込む感じではない。

確認する。

整理する。

余計な迷いを消す。

それだけだ。

むしろ、考えているのは明日の先だった。

筆記は、おそらく取れる。

応用課題も、形式次第だが大きく崩す気はしない。

問題は、その先だ。

エドガーとの模擬戦で、実技と対人判断にはまだ差があることがはっきりした。

見えていないわけじゃない。

ただ、見えた答えを身体が当然のようにやるところまでは届いていない。

飛び級を本気で狙うなら、そこから目を逸らせない。

でも、それは明日考えることじゃない。

明日はまず、筆記で取るべきものを取る。

そう決めて、本を閉じた。

「……よし」

小さく呟いて、自分で作った卓上灯の灯りを消す。

前世の大学の試験前も、少しだけこんな感じだった気がする。

義務で受けるというより、自分の目的の為の試験。

だからこそ、嫌な緊張じゃない。

ただ、少しだけ頭が冴えていた。

すぐには眠れなかったが、それでも無理に考え続けるのはやめた。

目を閉じる。

明日、ちゃんと読む。

ちゃんと切る。

それでいい。

そう思っているうちに、いつの間にか意識は落ちていた。

試験当日の朝、学院はやけに静かだった。

鐘の音。

石畳を踏む足音。

短い挨拶。

それぞれの手に抱えられた本やノート。

いつもと同じように見えて、やっぱり違う。

教室へ入ると、ほとんどの生徒がもう席についていた。

無駄な声はない。

皆、自分の前だけを見ている。

俺も席につき、一度だけ大きく息を吸う。

緊張は、少しある。

でも嫌じゃない。

しばらくして、試験監督の教師が入ってきた。

担任のローヴェンではない。

そのことが、逆に少しだけ本番らしかった。

「これより、一学期末筆記試験を始める」

淡々とした声が教室へ落ちる。

答案用紙が配られていく。

紙の擦れる音が妙に大きく聞こえた。

「始め」

その一言で、全員が一斉に答案へ視線を落とす。

俺も問題を開いた。

最初の感想は、すぐに出る。

……嫌らしいな。

難問奇問ではない。

だが、雑には取らせない。

基礎知識そのものは範囲内に収まっている。

けれど、聞き方が少しずつずれている。

用語を知っているだけでは足りない。

条件を読み違えると、もっともらしい誤答に吸われる。

王国史の設問一つ取っても、事件名を書かせるだけでは終わらない。

その政策がなぜ地方流通へ影響したかまで繋げさせてくる。

法制基礎も同じだ。

条文を覚えているかではなく、誰がどこまで裁量を持つかを具体例で問う。

地理は地図を読ませるだけではなく、地形と街道と町の機能を絡めてくる。

数学も計算そのものより、前提条件の整理が甘いと途中で崩れる。

……なるほど。

この試験は誰がどこまで理解しているか。

どこで引っかかるか。

その差を見るための作りになっている。

焦る必要はない。

問われているのは知識量ではなく、知識をどう使うかだ。

設問を一つずつ追っていく。

法制と地理が絡んだ問題で、一度だけペン先が止まった。

一見すると、どの答えにも筋が通りそうに見える。

だが、学院が欲しいのはたぶんその中の一つだ。

条件を読み返す。

予算。

権限。

臨時措置か、恒常運用か。

現場判断で済む範囲か、それとも上の承認が必要か。

そこまで切り分けて、ようやく答えが定まった。

……そういうことか。

正解かどうかはわからない。

でも、本筋をとらえた解答だと思う。

別の問題へ進む。

魔法理論でも、前提条件を一段ずらしてきた設問があった。

だが、そこも読み切れる。

問題を解くというより、出題者の意図を読む感じに近かった。

時間は思っていたより速く過ぎる。

最後の見直しに入った時には、感触は悪くなかった。

満点かどうかはわからない。

でも、今の自分にできることは全部できたと思う。

「そこまで」

教師の声で、教室の空気が少しだけ動く。

ペンを置く。

答案が回収されていく。

終わった、という感じはまだない。

ただ、前半が一つ終わっただけだ。

廊下へ出ると、ようやく少しだけ息が戻った。

窓の外から差し込む光は強い。

中庭の石畳が白く反射している。

少しして、ヴィクトルが隣に並ぶ。

「嫌がらせみたいな設問が多かったな」

「嫌がらせというより、性格が悪いのよ」

セレナがすぐに返した。

「基礎を見てるふりをして、応用力まで試しに来てる」

「でも、良い問題だったと思う」

「だから余計に腹が立つの」

その返しに、少しだけ笑う。

ガイルは露骨に眉をしかめていた。

「最後の法制の問題、あれ何だよ。全然わからなかったぞ」

ナディアがやわらかく言う。

「でも、最後まで逃げなかったでしょう?」

「まあな」

「それで十分です」

ガイルはその言葉に、少しだけ肩の力を抜いた。

エドガーは短く言った。

「少なくとも、単なる暗記勝負ではなかった。意図ははっきりしていた」

「Sクラスに残れるか、それとも飛び級できるかを振り分ける意図、でしょ?」

セレナが言う。

「そうだ」

それだけで会話は切れた。

今日は、いつもみたいに長く話す日じゃない。

まだ途中なのだから当然だ。

俺は廊下の窓から空を見た。

青い。

やけに高く見える。

筆記は始まった。

たぶん、届く。

でも、これで終わりじゃない。

応用課題がある。

その先には実技もある。

答案用紙の上では、上を狙えると思う。

問題は、その先だ。

「……まだ前半だな」

思ったまま口にすると、ヴィクトルがにやりと笑った。

「いい顔してるな、リオン」

「そっちもな」

試験はまだ続く。