軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第80話 対人判断(一対一の模擬戦)

王宮での勉強会から数日。

六月末が近づくにつれて、学院の空気はさらに張ってきていた。

廊下では試験の話が増え、食堂でも範囲表を見ながら食べている生徒がいる。

訓練場では、普段より静かに基礎を繰り返す姿が目につくようになった。

Sクラスも例外じゃない。

王宮での一日で、六人とも一気に試験の輪郭を掴んだのだと思う。

あれ以来、教室の空気にも少しだけ変化があった。

その中でも、少し意外だったのはナディアとガイルだ。

昼休み。

空いている教室の隅で、ナディアがガイルに法制基礎のノートを見せていた。

「ここは“誰が決めるか”と“誰が実行するか”を分けて考えた方が整理しやすいです」

「うーん……」

ガイルは珍しく真面目な顔で紙を見ている。

「巡回は町で回せる。けど、人を増やすのは上の許可が要る、ってやつか」

「はい。そこを混ぜると、答えが雑になります」

「……お前の説明、わかりやすいな」

ぼそっとそう言うと、ナディアはほんの少しだけ微笑んだ。

「それはよかったです」

そのやり取りを少し離れた席から見ながら、俺は内心で思う。

この二人、思っていたより相性がいいな、と。

ガイルは理屈そのものが嫌いなわけじゃない。

ただ、前に出る発想が速すぎて、積み上げを飛ばしがちなだけだ。

ナディアはそこを感情抜きで静かに整えてやれる。

たぶん、噛み合っている。

そして、その日の放課後。

俺たちは学院の訓練場に集まっていた。

王宮の静かな書庫も悪くなかった。

でも、土の匂いと木剣の音が混ざるこの場所に立つと、やっぱりこっちの方が自分たちらしいと思う。

学院の訓練場。

白線の引かれた土の区画。

壁際に立てかけられた訓練用武器。

遠くでは別の学年がまだ基礎訓練をしていて、時々掛け声が飛ぶ。

「今日は対人判断の練習、でいいのよね?」

セレナが木剣を軽く持ち上げながら言った。

「そうだな」

エドガーが頷く。

「座学で見えた差は、結局動きに落とせるかどうかだ。試験もそこを見る」

「教師なしの自主練で、ずいぶん真面目なこと言うな」

ヴィクトルが笑う。

「真面目なことをやるために集まったんだろう」

「まあ、それはそうだ」

ガイルはすでに木剣を肩に担いでいた。

「勝ち負けだけじゃなくて、どう動くかを見るんだよな?」

「ええ」

セレナが答える。

「正面から押し切るだけじゃ評価されない。間合い、判断、魔法の使い方、崩れ方。全部見られる」

「面倒だなあ」

「面倒だからSクラスの試験なのよ」

ナディアがやわらかく言う。

「なら、組み合わせを変えながら見ていくのがよさそうですね。一人が戦って、残りが見る形で」

「それでいいだろうな」

エドガーが視線を巡らせた。

「見る側も、気づいたことはその都度言う。勝敗だけで終わらせない」

そういう意味では、今日は教師はいらないのかもしれない。

この六人だけでも、十分にうるさい。

最初に軽く何組か動いた。

ガイルとヴィクトル。

ヴィクトルは真正面から打ち合わず、わざと間合いをずらしながら時間を使う。

ガイルは押し切りきれずに苛立ち、セレナに「そういう雑さが減点されるのよ」と即座に刺されていた。

セレナとナディア。

派手さはないが、間合いの探り合いが綺麗すぎて逆に怖い。

ナディアは受けが上手く、セレナはそれを理屈で崩そうとする。

見ていて「静かなのに全然優しくないな」と思った。

何本か見たあと、ヴィクトルが木剣の先で俺とエドガーを順に指した。

「で、結局一番見たいのはそこだろ」

セレナがすぐに乗る。

「そうね」

「何が?」

俺が聞くと、ヴィクトルは楽しそうに笑った。

「首席候補同士」

「勝手に決めるな」

「でも見たいのは本音だろ?」

ガイルもあっさり頷く。

「見たいな」

ナディアも否定しなかった。

エドガーは静かに木剣を取る。

「異論がないなら、やるか」

その言い方はいつも通りだった。

だが、目は最初から少しだけ真剣だった。

「いいよ」

俺も前へ出る。

木剣の重さを手の中で確かめる。

訓練用魔法の制限は、口に出して確認するまでもない。

殺傷力の高いものは使わない。

試験で見られるのは、壊す力じゃなくて制御と判断だ。

むしろ、そこを避けた上でどこまでやれるかが今の自分の課題でもある。

白線の内側。

向かいに立つエドガーは、やはり綺麗だった。

肩の力が入っていない。

木剣の切っ先もぶれない。

構えが派手じゃないのに、そこから崩せる感じがしない。

「始めるか」

「ああ」

風が少しだけ横を抜けた。

次の瞬間、俺たちは同時に動いていた。

最初の数合で、もうわかる。

強い。

それも、ガイルみたいな圧の強さとは違う。

エドガーはとにかく綺麗だ。

正しい位置に立ち、正しい間合いを取り、正しい角度で受け、正しいところへ返してくる。

教本通り、と言ってしまえば簡単だ。

でも、教本通りに強いというのは、こういうことなのだろう。

無理がない。

隙がない。

そして、こちらの選択肢を一つずつ削ってくる。

俺は木剣を受け流しながら、左手にごく薄い火を集めた。

殺傷力は要らない。

熱量を抑えた、目くらましにもならない程度の揺らぎ。

そこへ風を重ねて、視線だけをわずかに散らす。

エドガーはそれでも崩れない。

木剣の軌道はそのまま。

半歩だけ下がり、俺の踏み込み先を殺す。

「……っ」

やっぱり、読みが速い。

いや、速いだけじゃない。

整っている。

こっちの動きに対して、最適解みたいな位置を当たり前のように取ってくる。

たぶん、これが積み上げの差だ。

でも、以前より動けているのもわかった。

踏み込みは前より鋭い。

剣と魔法の切り替えも自然になっている。

強い魔法に頼らなくても、牽制と崩しの形は作れる。

問題は、その先だ。

見えているのに、間に合わない。

答えは浮かんでいるのに、身体がその最適手に乗るまでにほんの半拍遅れる。

そこをエドガーは拾う。

右からの打ち込みを見せて、途中で斜め下へ切り替える。

エドガーは受けながら、すでに次の返しの位置にいる。

そこへ短い風圧を差し込んで間合いを濁すが、それでも立て直される。

「いいな」

不意に、エドガーが小さく言った。

その声に、逆に少しだけ腹が立つ。

余裕あるな、おい。

なら、もう少し崩す。

俺は一度、わざと大きめに左へ重心を流した。

魔法を撃つように見せて、しかし撃たない。

足も半歩だけ甘く置く。

悪手に見えるはずの形。

エドガーの目が、ほんのわずかにそこを拾う。

次に来るのは、たぶん正しい受けからの正しい返しだ。

だから、その瞬間だけに賭ける。

踏み込みを止めると見せて、逆に体を沈める。

木剣ではなく、風の圧だけを先に滑らせる。

視線は上。

でも、狙いは下から斜めへ。

エドガーの木剣が、ほんの一瞬だけ予定された軌道を通った。

綺麗すぎる動き。

だからこそ、その“綺麗に来る場所”が読めた。

次の瞬間、俺の木剣の先がエドガーの袖をかすめた。

「……!」

ガイルの声が上がる。

ヴィクトルが「おっ」と笑う。

セレナが目を細め、ナディアもわずかに目を見開いた。

入った。

浅い。

でも、今のは確かに取った。

エドガーの目が初めて少しだけ変わる。

ただし、それで終わってはくれない。

次の一手で、もう立て直される。

俺が前へ寄りすぎた分だけ、エドガーは逆に最短距離を取り返した。

木剣の打点は正確。

無理がない。

こちらが受けても、その受けた先に次の形が待っている。

押し返された。

最後は、喉元へ寸止めで木剣が止まる。

完全に負けだ。

でも、ただ押し切られた感じでもなかった。

「そこまで」

自分たちしかいない訓練場に、セレナの声がよく響いた。

俺は息を吐きながら木剣を下ろす。

汗が一筋、首の横を落ちた。

「……悔しいな」

素直にそう思った。

ガイルが最初に近づいてきた。

「今のはよかった」

「どこが?」

「一回、ちゃんと崩しただろ」

そう言って木剣の軌道を手でなぞる。

「ただ、そのあとだ。取れたと思って前に寄った」

「……やっぱりそう見えるか」

「見える。あそこでもう半拍だけ冷静なら、もう少し粘れた」

ガイルの言い方は雑だが、本質は外していない。

セレナもすぐに続いた。

「あなた、答えを見つけるのは速いのよ」

「褒めてる?」

「半分はね」

そのまま、容赦なく続ける。

「でも、その答えを身体にやらせるのが少し遅い。頭では見えてるのに、動きに落ちるまでに一瞬ある」

「……さっきもそんな感じだった」

「でしょうね。しかも、取れたと思うとすぐ次を欲しがる。そこが少し雑になる」

言い方はきついが、よくわかる。

たしかに、あの一手が入った瞬間、少しだけ気持ちが前に出た。

その分、エドガーの立て直しに置いていかれた。

ヴィクトルは楽しそうに笑っている。

「でも、試験官目線なら今の一手はちゃんと評価されるぞ」

「勝ってないけどな」

「勝ってない。でも、“ただ綺麗に負けた”わけじゃない。ああいう崩しは点になる」

ナディアが静かに補った。

「ええ。あの一瞬で、相手を自分の読みへ引き込んでいました。綺麗に負けなかったのは大きいと思います」

その言い方が、いかにもナディアだった。

やさしいようで、妙に本質的だ。

最後にエドガーが来た。

木剣を下ろしたまま、まっすぐこちらを見る。

「以前よりずっと良くなっている」

「そう見えた?」

「見えた」

即答だった。

「特に、強い魔法に頼らなくなったのがいい。前は魔法の威力で押し切る発想が先に見えたが、今は剣と魔力を繋いで考えている」

「……まあ、試験であれやるわけにもいかないしな」

「それだけじゃないだろう」

エドガーは小さく言う。

「抑えた状態でどこまでやれるか、自分でも試しているはずだ」

図星だった。

俺が黙ると、エドガーは続ける。

「ただ、まだ判断と身体が完全には繋がっていない。頭で見つけた正解を、次の瞬間に身体が当然のようにやるところまでは行っていない」

「そこを、さっき取られたってわけか」

「そうだ」

あっさり認める。

「だが、あの一手は良かった」

そこで、ほんの少しだけ口元が緩んだ。

「正直、少し驚いた」

「へえ」

ヴィクトルが横から笑う。

「王子様にそう言わせたなら大したもんだ」

「茶化すな」

「いや、今のは褒めてる」

エドガーは気にした様子もなく、俺だけを見て言った。

「お手本通りに受ければ安全だと思った。そこを突かれた」

「綺麗すぎたんだよ、お前」

思ったまま言うと、エドガーは一瞬だけ目を瞬かせる。

「綺麗すぎる?」

「型通りに強い。でも、だからこそ“そこに来る”って読めた」

すると、ガイルが横で頷いた。

「わかる」

「お前もか」

「お前、強いけど真っ直ぐなんだよ」

セレナが小さく息を吐いた。

「二人とも、よく本人に言えるわね」

「事実だからだろ」

「でも、悪いことじゃないです」

ナディアがやわらかく言う。

「形が整っているからこそ、崩しの起点が見えることもあります。互いにそこが見えたのなら、今日の練習は意味がありました」

その言葉で、少しだけ空気が落ち着く。

たしかにそうだ。

負けた。

でも、見えたものもあった。

机の上なら、たぶん上まで狙える。

筆記も応用も、届くと思う。

だが、それだけで飛び級を取れるほど学院は甘くない。

実技。

対人判断。

積み上げの差。

そこから目を逸らしたら、たぶん上へは行けない。

「……やること、増えたな」

俺が呟くと、ヴィクトルが笑う。

「今さらだろ」

「それもそうか」

ガイルが木剣を肩に担ぐ。

「じゃあ次はもっと数こなすぞ。考えてる暇がないくらいやれば、身体も追いつくだろ」

「雑ね」

セレナが言う。

「でも、間違ってはいないわ。座学も実技も、両方落とさないで詰めるしかない」

「休ませる気ないなあ」

ヴィクトルが肩をすくめる。

「飛び級を狙うんでしょう?」

ナディアが静かに言った。

「なら、きっとそれくらいでちょうどいいのだと思います」

エドガーが頷く。

「次は組み合わせを変えよう。相手が変われば、また別の穴が見える」

「賛成」

俺は素直にそう言った。

悔しさはある。

でも、不思議と嫌な気分じゃない。

足りないものが、はっきり見えたからだ。

訓練場を出る頃には、夕方の光がだいぶ傾いていた。

土の匂いが少し冷えて、風も昼より涼しい。

セレナは最後まで腕を組んだまま何か考えていたし、ヴィクトルは「次の模擬問題も考えておくか」と一人で面白がっていた。

ガイルはすでに「次は負けねえ」みたいな顔をしている。

ナディアはそんなガイルを見て、小さく笑っていた。

エドガーはいつも通り静かだったが、今日は前より少しだけ距離が近い気がした。