軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編③ エドガー・アルスレイン

子どもの頃から、僕はよく「よくできた第二王子だ」と言われてきた。

それはたぶん、褒め言葉だったのだと思う。

礼儀を外さない。

感情を乱さない。

勉学も剣も魔法も、王族として見苦しくない程度にはこなす。

大人たちは、それを見て満足そうに頷いた。

けれど、その言葉を素直に受け取れた時期は、あまり長くはなかった。

王城の中では、褒め言葉はたいてい二つの意味を持つ。

一つは、本当に評価している時。

もう一つは、誰かと比べるための材料として眺めている時だ。

第一王子である兄上と、僕。

周囲は露骨に口には出さなくても、いつもどこかで比べていた。

兄上を持ち上げるために僕を使う者もいたし、逆に僕を褒めることで兄上を刺激しようとする者もいた。

どちらにせよ、そこにいたのは「エドガー・アルスレイン」という一人の人間ではなく、盤の上に置かれた駒だった。

父上――国王陛下は、感情より責務を前に置く方だ。

幼い頃、一度だけ聞いたことがある。

「父上。僕は兄上と争うことになるのでしょうか」

あの時の父上は、しばらく黙ってから言った。

「望む望まぬにかかわらず、周囲はそういう構図を作りたがる。だが、お前が何者になるかは、お前が決めろ」

突き放しているようでいて、あれは父上なりの誠実さだったのだろう。

甘い慰めはくれないが、嘘も言わない。

母上――王妃陛下は、父上よりずっと柔らかい。

僕がまだ幼い頃、周囲の視線に疲れて無口になっていた時、母上は髪を撫でながらこう言った。

「エドガー。あなたは優秀である前に、まず私たちの息子なのですよ」

その言葉は嬉しかった。

けれど同時に、少しだけ苦しかった。

僕は知っていたからだ。

母上が僕を守ろうとしてくれていることも、けれど王妃である以上、僕を完全に“ただの息子”としてだけ扱うことはできないことも。

だから僕は、早い段階で学んだ。

あまり喜ばないこと。

あまり怒らないこと。

誰かの笑顔を、そのまま受け取らないこと。

そうしていれば、少なくとも余計な綻びは減る。

王城では、それでよかった。

王立学院に入ると決まった時も、最初に思ったのは期待ではなく確認だった。

ここでも、同じだろう。

そう考えていた。

王立学院。

王都でもっとも優秀な若者が集まる場所。

貴族も平民も、家格より実力が前に出る――建前の上では。

だが、建前は建前だ。

王子が一人いれば、それだけで周囲は気を遣う。

まして第二王子である僕なら、なおさらだ。

だから最初から、必要以上に距離を詰めるつもりはなかった。

Sクラスに入っても、まずは人を見るつもりでいた。

セレナ・ヴァレストは、予想通り優秀だった。

気が強く、負けず嫌いで、自分の完成度を一切妥協しない。

ああいう人間はわかりやすい。ぶつかれば面倒だが、少なくとも裏で何を考えているのかわからない種類ではない。

ガイル・ベイルンも、別の意味でわかりやすかった。

前に出ることを恐れない。

頭より身体が先に動く。

雑に見えて、ああいう人間は意外と崩れにくい。

ヴィクトル・ローデンは少し厄介だ。

口が回る。

人を見る。

空気の裏側まで嗅ぎ取る。

ああいう手合いは王城にも何人もいた。

ただ、彼は王城の大人たちよりずっと健全だった。金の匂いに敏いぶん、妙な情念が薄い。

ナディア・セルヴァンは最初、一番読みにくかった。

静かで、柔らかい。

だが芯のところに妙な硬さがある。

他国の王女であることも含めて、単純な優等生ではないのだろうとは思っていた。

そして、リオン・ハル。

最初に見た時から、妙だった。

優秀な人間はこれまでも見てきた。

王城には、そういう人間が溢れている。

だが、彼はそのどれとも少し違った。

彼は平民ではない。

ハル領領主の息子であり、立場の重さも責任も知っているはずだ。

それなのに、王族や上位貴族を前にした時の構え方が妙に自然だった。

媚びない。

かといって無遠慮でもない。

自分の立場をわかった上で、それでも別のものを見て動いている。

少なくとも、僕の肩書きに反応して会話している感じではなかった。

それが気になった。

入試の時も、教室でのやり取りでも、彼は時々、自分たちとは違う角度から答えを持ってくる。

それは単純な勉学の優秀さとは少し違う。

総合で自分より上かどうかは、まだわからない。

けれど少なくとも、一部では明らかに僕より先に見えている。

そう思わせる瞬間が、何度かあった。

それは正直、初めての感覚に近かった。

洞窟の時も、最初はただの課外活動の一つだと思っていた。

学院の管理区域。

危険度は抑えられている。

素材採取と小規模な実地確認。

だが、現地へ出た時点で、それが違うとわかった。

沢の様子。

灰葉草の生え方。

実習洞の入口の空気。

資料と現場の微妙なずれ。

リオンは、そういうものに異様に敏かった。

僕も違和感は拾っていた。

だが彼は、違和感を違和感のままにしない。

ここがおかしい。なら、どこを見るべきか。何が隠れている可能性があるか。

短い時間でそこまで進めている。

少しだけ、羨ましいと思った。

僕は王族として必要なものを一つずつ積み上げてきた。

剣も、勉学も、礼法も、判断も。

だが彼の視点は、積み上げた延長というより、最初から世界の見え方が違うように感じる時がある。

壁の向こうに小空洞を見つけた時、正直、胸が少し高鳴った。

危険だとはわかっていた。

だが同時にわかったのだ。

この場にいる誰もが、教室の中とは違う顔をしている。

ガイルは迷わず前に出る。

セレナは理屈を言いながらも、危険の中では躊躇なく動く。

ヴィクトルは戦えない分、別の目で全体を読んでいる。

ナディアは静かに状況を見て、必要なことだけを言う。

リオンは、そんな全員を前提に勝ち筋を探している。

不思議な感覚だった。

王城で誰かと並ぶ時、僕はいつもどこかで自分の立場を意識していた。

誰が何を期待し、誰が何を見ているか。

先に計算し、それから動く。

だが、あの小空洞では、そういう順番ではなかった。

王子だから前へ出なければならない。

そう考えたわけではない。

ただ自然に、ここで崩れたらまずいと思った。

セレナも、ナディアも、リオンも、全員をあの狭い場所で崩れさせたくなかった。

ナディアは他国の王女だ。

死なせれば国と国の話になる。

もちろんそれも頭にはあった。

だが、それだけではなかった。

単純に、守りたかったのだと思う。

そのことに、少しあとで気づいた。

洞窟の主が現れた時、僕は冷静でいようとした。

強い。

狭い。

熱を吐く。

外皮は硬い。

あの場で誰かが恐慌を起こせば終わる。

だから僕は声を出した。

下がるな。

隊列を崩すな。

必要な役割だけを切る。

王子としての訓練が、ああいう時に役立つのは皮肉だ。

平時には鬱陶しいとしか思えない教えが、非常時には自然に身体から出る。

だが、主を倒したのは訓練だけではない。

ナディアが重心を見抜いた。

ヴィクトルが動きの止まる瞬間を読んだ。

ガイルが正面を支えた。

セレナが視界を乱した。

リオンが最後の一線を通した。

あの場に必要だったのは、一人の圧倒的な強者ではなく、噛み合うことだった。

そして、それを僕は確かに面白いと思ってしまった。

あまり喜ばないこと。

あまり心を動かしすぎないこと。

王城で学んだそれは、学院では少しずつ意味を失い始めている。

洞窟の主を倒したあと、主の身体の向こうに見えた青い鉱脈を前にして、リオンはまた別の目をしていた。

危険が終わった直後だというのに、彼はもう“この石が何に使えるか”を考えていた。

ああいうところが、本当に読めない。

だが、読めないまま放っておきたくない種類の人間でもある。

僕はたぶん、そういう相手に初めて会った。

軍の調査に、僕とガイルが立ち会うことになった話も、ヴィクトルの言う通り、表向きの理由だけではないのだろう。

第一発見者。

現場の証言。

交戦当事者。

どれも事実だ。

だがそれに加えて、第二王子である僕に現場の経験を積ませたいという思惑が混じっていることくらい、僕にもわかる。

別に腹は立たない。今さらだ。

父上はきっと、それもまた王族の務めの一つだと言うだろう。

母上は少し眉を曇らせながら、それでも最後には「気をつけて」とだけ言うはずだ。

そういう二人の顔が、容易に想像できた。

王族である以上、立場がついて回るのは避けられない。

その立場ごと、どう振る舞うかを選ぶしかない。

ただ、不思議だったのは、今回に限ってそれをあまり重く感じていないことだった。

功績を積ませたいなら、好きに思えばいい。

僕がやることは変わらない。

それに、リオンが洞窟の奥ではなく青い石の方に熱を上げていると知った時、少しだけ可笑しかった。

普通なら、洞窟の再調査そのものの方に興味が向くだろう。

だが彼は違う。

あの石の使い道と、その先の景色に意識が向いている。

ああいうところが、やはり変だ。

そして、たぶん嫌いではない。

夜、部屋に戻って一人になる。

王城にいた頃、一人の時間はただ気を抜くためのものだった。

誰の視線もない場所で、ようやく肩の力を落とす。

それだけだった。

だが、学院へ来てからの夜は少し違う。

今日の授業。

課外活動。

教室のやり取り。

夕方の短い会話。

そういうものを、ぼんやりと思い返す時間になっている。

セレナは今日も鋭かった。

ガイルは相変わらずわかりやすい。

ヴィクトルは余計なところまでよく見ている。

ナディアは静かだが、思った以上に深いところを見ている。

リオンは、やはり一番読めない。

王城では、優秀な人間に会うことは珍しくなかった。

だが、面白いと思える相手は多くなかった。

ここには、それがいる。

厄介で、個性的で、少し騒がしくて、でもそれぞれにちゃんと芯がある。

僕は昔から、周囲に心を開きすぎないようにしてきた。

そうしないと、いらない期待も、いらない失望も、全部抱え込むことになるからだ。

でも今は、少なくとも学院の中では、ほんの少しだけ違う。

簡単に信じ切るつもりもない。

それでも。

「……悪くないな」

小さく呟く。

王立学院での日々は、思っていたより楽しい。

明日は軍の調査がある。

王子として、きちんと役目を果たすつもりだ。

だがそれと同時に、教室へ戻ればまた、あの連中がいる。

そう思うと、不思議と気持ちは重くならなかった。

少なくともここでは、ただの第二王子としてではなく、僕自身として立っていられる気がする。

それがどこまで続くかは、まだわからない。

でも今は、それで十分だった。