軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第56話 王都での支度

王都の城壁をくぐった時、最初に思ったのは「やっぱり人が多いな」だった。

これからここで準備をして、学院へ入る。

しばらくの間、この街を生活の拠点として見ることになる。

そう思って眺める王都は、以前よりずっと細かく目に入った。

人の流れ。

店の並び。

荷車の多さ。

通りごとに違う空気。

王都は大きい。

でも、大きいだけじゃない。

いろんなものが詰まっている。

門を抜けてしばらく進んだところで、隊列が分かれた。

セレナと侍女、そして公爵家の護衛二人は、そのまま王都の公爵邸へ向かう。

冒険者三人組も、ここで依頼はひとまず終了だった。

道中の魔物騒ぎがあったせいか、別れ際の空気は少しだけ前より柔らかい。

槍の冒険者がこちらを見て言った。

「王都の中なら、さすがにもう大きな護衛はいらんだろうが、気をつけろよ」

「はい。道中、助かりました」

「助けられたのはこっちもだ」

双剣の男が、少しだけ苦笑する。

三人が去っていくのを見送りながら、俺は小さく息を吐く。

短い旅だったが、道中の危険を越えて一緒に王都まで来たとなると、ただの雇われ護衛という感じでもなくなる。

「じゃあ、私たちもここで」

セレナが言った。

彼女はいつものようにきちんとしている。

でも、道中ずっと同じ馬車に乗ってきたせいか、別れの言葉がいかにも事務的という感じではなかった。

「うん。そっちは公爵邸だよね」

「ええ。あなたは宿でしょう?」

「そう。入寮までの間だけだけど」

セレナは少しだけ間を置いてから言う。

「入学式の当日、時間には遅れないでよ」

「いきなりそこ?」

「大事なことでしょ」

「まあ、そうだけど」

「それと――」

そこでほんの少しだけ言葉を選ぶようにしてから、彼女は続けた。

「何か足りないものがあったら、無理しないで言いなさい。王都は見栄を張ると面倒な街だから」

その言い方が、いかにもセレナらしかった。

「わかった」

「ならいいわ」

素っ気なく見えるけど、たぶんこれでも十分気を回している方なのだろう。

ミアが横で丁寧に頭を下げる。

「道中、ありがとうございました」

セレナ付きの侍女も礼を返し、そこで自然に一行は分かれた。

公爵家の馬車が王都邸の方へ向かっていく。

それを見送りながら、俺は少しだけ肩の力を抜いた。

俺たちが向かった宿は、王立学院へも行きやすく、公爵邸からも離れすぎていない場所にあった。

表通りに面した、木と石でできた三階建ての宿。

豪華すぎるわけではない。

でも、入口も廊下もきちんと掃除が行き届いていて、客層も悪くなさそうだ。

宿主は、公爵家の紹介だとわかると態度をすっと整えた。

「お待ちしておりました。二部屋、ご用意しております」

その言葉に、ミアがほんの少しだけ目を瞬かせる。

二部屋。

つまり、俺の部屋とミアの部屋が分かれている。

当然といえば当然だ。

でも、昔のハル領なら、こうはいかなかっただろう。

ミアも同じことを考えたらしく、小さな声で言った。

「……少し前なら、こういう宿に二部屋なんて、考えられませんでしたね」

「うん」

俺も短く頷く。

別に贅沢をしたいわけじゃない。

でも、こういうところで「以前より少しまともになった」という実感が来る。

宿の部屋は、どちらも広すぎず狭すぎずだった。

机があり、衣装棚があり、窓からは王都の通りの一部が見える。

ミアは荷を置くなり、すぐに動き始めた。

「リオン様、まず今日のうちに宿の周辺と、学院までの大まかな道だけ確認しておきたいです」

「うん。あと、制服の採寸の予定もだね」

こういう時のミアは本当に頼りになる。

道中では少し怯えていたが、宿に入るころにはいつもの調子に戻っていた。

王都での日々は、思っていたより忙しかった。

まず制服の採寸。

学院指定の仕立て屋には、同じような年頃の子どもや、その家の者らしき人たちが何人も来ていた。

貴族らしい者もいれば、裕福な商家らしい者もいる。

王立学院へ入る人間は、やはりそれなりに多いのだと実感する。

「肩幅、もう少し上ですね」

仕立て屋が布を当てながら言う。

「成長も見越して、少しだけ余裕を持たせます」

「お願いします」

鏡の前に立ちながら、俺は何とも言えない気持ちになった。

制服を作る。

教材を揃える。

寮へ入る。

こういう一つ一つが、いよいよ学院が現実になる感じを強くしていく。

教材もまた、なかなかの量だった。

本。

ノート。

地図。

計算板。

魔法理論の初級教材。

「教材は学院の入寮する予定の部屋へ送る様に手配します。」

全部を抱えて宿へ戻るわけにもいかないので、ミアの気遣いはありがたい。

ミアは帳面を見ながら、ひとつずつ確認していく。

「これで主要なものは揃いました。あとは細かい文具と、入寮後すぐ使う日用品ですね」

「王都って、金が飛ぶのが早いね」

「そうですね……」

ミアも少し苦笑した。

「でも、必要なものを必要な時に揃えられるだけ、今はだいぶましです」

その通りだった。

金がかかる。

でも、払えないわけじゃない。

それだけでも、今のハル領が少しずつ前に進んでいる証拠だ。

準備の合間、俺は王都近郊で受けられる簡単な冒険者依頼もいくつかこなした。

王都の冒険者ギルドは、ハル領のそれよりずっと大きくて整理されている。

依頼の種類も細かく分かれていた。

薬草採取。

街道近くの害獣まがいの弱小魔物の討伐。

農地周辺の見回り。

荷運び補助。

どれも危険は低い。

でも、そのぶん管理が行き届いている感じがした。

「王都近郊は、依頼の切り分けが上手いんだな」

掲示板を見ながら俺がそう言うと、受付の男が答える。

「中心に近いほど、危険は早めに潰しますからね。大きな問題に育てない方が得なんですよ」

なるほど。

それはそれで、すごく王都らしい考え方だ。

大きな魔物討伐のような派手さはない。

でも、街の近くを“安全なまま保つ”ための細かい仕事がきちんとある。

薬草採取の依頼で王都郊外の草地へ出た日は、風がよく抜けて気持ちがよかった。

ミアは採取依頼にはついてこず宿で待っていたが、戻るとすぐに成果を確かめる。

「これはちゃんと指定されたものですか?」

「たぶん」

「たぶん、は駄目です」

「……大丈夫。たぶんじゃなくて合ってる」

そんなやり取りを何度か繰り返すうちに、王都での仮住まいにも少しずつ慣れていった。

朝、宿の食堂で食事を取る。

その日の予定を確認する。

仕立て屋へ行く。

ギルドへ寄る。

教材を揃える。

夕方には宿へ戻る。

公爵家の庇護の外側で、自分で動いて準備をしている感じが、思ったより悪くなかった。

前々日、俺たちは王立学院の寮へ入った。

宿屋での仮住まいはこれで終わりだ。

寮は、以前見た時よりもずっと“住む場所”として目に入ってきた。

廊下。

部屋割り。

共有の水場。

規則の張り紙。

生活の音。

ミアが手配してくれた教材も無事に届いている。

入試の時にはただ通り過ぎたような場所が、今はこれから毎日使う場所になる。

案内役の学院職員が淡々と説明していく。

「消灯はこの時間。外出の届けはここ。寮内での私物管理は自己責任です」

ミアは寮には入れないので入寮後はハル領へ戻ることになる。

入寮の日を境に、生活はまた少し変わる。

部屋に荷を運び終えたあと、ミアはいつも通りきちんと立っていたが、その顔には少しだけ寂しさが出ていた。

「ここから先は、しばらく毎日お世話できないんですね」

「まあ、完全に会えなくなるわけじゃないけどね」

「それでもです」

そう言いながら、彼女は最後に机の上と衣装棚を整えた。

「必要なものはすぐわかるようにしておきました。足りないものが出たら、遠慮なく知らせてください」

「うん。ありがとう」

そう言うと、ミアは小さく頭を下げた。

「リオン様なら大丈夫だと思います。でも……無理はしないでください」

「そこまで信用されてる感じでもないね」

「半分は信用です」

「残り半分は?」

「心配です」

それには、少しだけ笑ってしまった。

そして、入学式の前日。

制服は整っていた。

教材も揃っている。

部屋の中も、最低限はもう生活できる形になっている。

窓の外では、夕方の光が王都の屋根を薄く染めていた。

ここへ来るまでに、公爵領で学んだこと。

王都へ来てからの支度。

道中の魔物。

宿屋での仮住まい。

冒険者依頼。

入寮。

一つずつは小さくても、積み重なるとちゃんと「ここまで来た」という感覚になる。

机の上に置いた制服へ目をやる。

明日からは、王立学院の生徒だ。

「……明日は入学式か」

小さく呟く。

部屋の中には、もう俺一人しかいない。

静かな夜だった。