軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第54話 鍛冶場の一角

ユリウスに「また何か、面白いことを思いついたようだね」と言われた、その翌朝だった。

俺は朝の剣の稽古を終えると、汗をぬぐってからそのまま鍛冶場へ向かった。

ルークは途中まで一緒だったが、途中で首をかしげる。

「今日も鍛冶場?」

「うん。昨日の続きを少し試したい」

「剣じゃなくて?」

「剣はまだ無理」

「それは知ってる」

そこはもう少し遠慮してもいいんじゃないかと思ったが、たぶん本人に悪気はない。

「でも、武器や防具に使う部品なら、少しは役に立てるかもしれない」

そう言うと、ルークは目を輝かせた。

「うまくいったら教えてよ」

「まだ何もできてない段階だけどね」

「リオンがそう言う時って、だいたい何か起きるんだよなあ」

それはたぶん、昨日のセレナと同じことを言っている。

鍛冶場へ入ると、今日も炉の熱気がむっと肌にぶつかった。

槌の音。

火花。

熱せられた鉄の匂い。

職人たちの短いやり取り。

昨日見た時と同じく、ここは忙しかった。

公爵領の工房だけあって、扱う量も人も多い。

ただ、その奥に立つ親方は、俺の顔を見るなり少し苦い顔をした。

「坊ちゃん、ほんとに来たのかい」

「来ました」

「昨日の話の続き、ってやつか」

「はい」

親方は腕を組み、俺を上から下まで見た。

「言っとくが、剣を一本打つって話なら無理だぞ」

「それはわかってます」

「じゃあ何をする」

そこで、俺は昨日から考えていたことをそのまま口にした。

「同じ形を、同じ大きさで、何個も作れるか試したいです」

親方の眉が動く。

「何個も?」

「はい。ただし、最初から剣や鎧じゃない」

そこまで言うと、親方の顔が少しだけましになった。

「……なら何だい」

「小さい留め具です」

昨日、訓練場で見た簡易防具を思い出す。

革と金属を繋ぐための、小さな金具。

盾や革帯、防具の一部に使うような、同じ形で何個も欲しい部品だ。

「小さくて、形が単純で、同じものを数が欲しい部品から試したいです」

親方はしばらく黙っていたが、やがて深く息を吐いた。

「で、その“ちゅうぞう”とかいうやつで、そいつを作るってわけか」

「はい」

「鍛冶場は遊び場じゃないぞ」

「わかってます」

「失敗しても文句は言うなよ」

「言いません」

そこで奥から、穏やかな声がした。

「失敗しても責めるつもりはないよ」

振り向くと、ユリウスが筆頭執事と一緒に入ってきていた。

「閣下」

親方が慌てて姿勢を正す。

ユリウスはいつも通り穏やかな顔で言った。

「鍛冶場の一角を借りる。人手も少しだけ貸してあげてほしい」

「……かしこまりました」

親方は少しだけ渋い顔のまま頷いたが、昨日の時点で完全に拒む気はなくなっていたのだろう。

ユリウスが俺を見る。

「何から始めるんだい」

「まずは型を作ります」

「型」

「はい。打って揃えるんじゃなく、同じ形の空間を先に作るんです」

ユリウスは楽しそうに小さく頷いた。

「続けて」

俺がまず頼んだのは、細かい砂と粘土、それから削りやすい木片だった。

鍛冶場の職人たちは露骨に半信半疑の顔をしている。

「ほんとに鉄を叩かねえのか」

「先に土いじりかよ」

「坊ちゃんの考えることはようわからんな」

そんな声を背中で聞きながら、俺は机の上に木片を置いた。

作るのは、小さな留め金だ。

片側に穴を通せる、単純な形。

同じものが何個も欲しい場面は多い。

俺はまず木を削って、その留め金の原型を作った。

職人の一人が覗き込む。

「木で部品を作るのか?」

「違います。これは型を作るための元です」

「元?」

「これと同じ空間を土の中に作って、そこへ溶かした金属を流し込む」

そう言うと、男は首をひねった。

「そんな都合よく流れるもんかね」

「試してみないとわからないです」

親方が横から低く言う。

「そこは正しいな」

俺は木の原型を粘土と砂を混ぜた型材に押し当て、上下二枚に分かれるよう簡単な型を作っていった。

もちろん、前世で実際に鋳造をやったことがあるわけじゃない。

知識として知っているだけだ。

だから完璧じゃない。

でも、方向は間違っていないはずだった。

上から金属を流し込むための細い道も作る。

空気が抜けるための細い逃げ道も、何本かつけた。

そこまでやって、ようやく親方が少しだけ真面目な顔になった。

「……中へ流す道と、抜く道を分けてるのか」

「はい。たぶん、空気が逃げないと奥まで入らない」

「たぶん、か」

「やったことはないので」

「正直でいい」

それはたぶん褒め言葉ではないが、まあいい。

問題は金属だった。

いきなり鉄でやるのは無理がある。

だから最初の試作は、工房にあった比較的溶けやすい金属を混ぜた材料でやることにした。

親方がそこはすぐに判断する。

「試しならこっちだ。駄目にしても惜しくないし、流れも見やすい」

「お願いします」

炉の前で、金属が熱せられていく。

赤から橙へ。

やがて表面が柔らかく動き始める。

その様子を見ながら、俺は小さく息を吐いた。

やると決めたものの、やっぱり少し緊張する。

考え方が合っていても、実際に今の設備でできるかは別だ。

視界の端に、薄青い文字が浮かぶ。

《炉温:試行可能》

《型材:仮》

《成功率:低~中》

《綻び:湯流れ不安定》

低いな。

いや、最初ならこんなものか。

「行くぞ」

親方の声に、場が少しだけ静まる。

溶けた金属が慎重に型へ注がれていく。

細い流入口を通って、中へ落ちる。

じゅ、と小さな音がした。

型の表面がわずかに震える。

職人たちが息を潜めて見ていた。

やがて冷めるのを待って、型を開く。

「……ああ」

出てきたものを見て、思わず声が漏れた。

形は出ている。

でも片側が少し欠けていた。

親方がすぐに言う。

「奥まで回りきってねえな」

「湯の道が細いか、空気抜けが足りないか……」

「両方だろうな」

職人の一人が小さく笑う。

「ほら見ろ、都合よくはいかねえ」

でも、俺はむしろ少し安心した。

完全に失敗じゃない。

途中までは届いている。

親方も同じことを感じたらしく、欠けた鋳物を指で弾いて言う。

「ゼロじゃねえな」

「もう一回やりたいです」

そう言うと、親方は口元だけ少し動かした。

「そう来ると思ったよ」

二回目は、流入口を少し太くした。

空気抜けの道も増やした。

型の詰め方もさっきより丁寧にする。

職人たちの視線が、最初とは少し変わっていた。

ただの道楽を見る目じゃない。

「そこ、もう少し固めた方がいい」

「はい」

「流し口の角度、こうした方が落ちやすいぞ」

さっきまで半笑いだった職人が、今は普通に助言してくる。

現場はこういうところが早い。

使えるかもしれないと思った瞬間、急に協力的になる。

二回目も完璧ではなかった。

形はかなり近づいたが、わずかな歪みが残った。

それでも、一回目よりずっといい。

三回目。

型を整え直し、金属を流す。

待つ。

開く。

出てきた小さな留め金を見て、今度は誰もすぐに口を開かなかった。

親方がそれを摘まみ上げる。

隣に置いてあった原型と見比べる。

次に、同じ型から取れたもう一つを並べる。

「……揃ってるな」

低い声だった。

職人たちも覗き込む。

「同じだ」

「いや、完全じゃねえぞ」

「でも、打って作るより揃ってる」

「しかも早えな……」

そこまで言ってから、全員が少し黙る。

俺はその反応を見ながら、小さく息を吐いた。

まだ小さい。

しかも柔らかい金属での試作だ。

ここから先は山ほどある。

でも、“同じ形を何個も作れる”入口には確かに立てた。

ユリウスが静かに口を開く。

「どうかな、親方」

親方はまだ手の中の鋳物を見つめていたが、やがてゆっくり言った。

「剣は無理です」

「うん」

「鎧も、今すぐは無理だ」

「それもわかってる」

「だが……小物なら、話は別かもしれません」

その一言で十分だった。

職人たちの空気が変わる。

ただの遊びではなく、仕事の話になった。

俺は鋳物を机に置きながら言う。

「これで全部を置き換える必要はないと思います。

でも、同じ形をたくさん欲しい部品なら、職人の腕だけに頼らなくて済むかもしれない」

親方が頷く。

「細かい留め具、環、単純な金具……その辺りなら数がいる」

「そういうものをこっちで揃えられれば、鍛冶の腕のいい人はもっと大事なところに回せる」

「……なるほどな」

親方の顔から、最初の露骨な疑いはほとんど消えていた。

「坊ちゃん、あんたこれ、最初からそこまで考えてたのか」

「途中からです」

「正直で結構」

また同じことを言われた。

試作が終わる頃には、鍛冶場の一角だけ妙に熱を帯びていた。

炉の熱じゃない。

職人たちの目の熱だ。

あっちで何人かが、さっきの型を見ながら何か話している。

こっちでは別の職人が、もっと固い材料ならどうなるかを議論していた。

ユリウスはその様子を見てから、俺へ視線を向けた。

「面白いね」

「まだ本当に入口です」

筆頭執事も静かに言う。

「工房の一角を、しばらく試作に回せるよう整えましょうか」

親方がそちらを見る。

「……本気ですか」

「閣下がよろしければ」

ユリウスは穏やかに頷いた。

「やってみよう。軍の留め具から始めるのがよさそうだ」

親方は少し黙っていたが、やがて深く息を吐いた。

「わかりました。

ただし、これは鍛冶を捨てる話じゃありません」

「もちろん」

俺はすぐに答える。

「むしろ逆です。鍛冶の腕を、本当に難しいところへ使うための方法だと思ってます」

親方はその言葉を聞いて、ようやく少しだけ笑った。

「なら、悪くねえ」

鍛冶場を出る頃には、日はだいぶ傾いていた。

手の中には、三回目に取れた小さな鋳物が一つ残っている。

完璧じゃない。

でも、形は揃っていた。

それを見ながら歩いていると、横でユリウスが言った。

「リオン君」

「はい」

「鋳造といったね。面白いことを思いついたね。」

その言い方が、やっぱりこの人らしい。

いきなり結果だけを求めない。

でも、小さな変化の価値はちゃんと拾う。

俺は手の中の小さな金具を見下ろした。

同じものを。

同じ形で。

同じ基準で。

何個も作る。

前世では、そんなの珍しくもない発想だった。

でもこの世界では、まだ入口ですら新しい。

たぶん、ここから先はもっと大変になる。

型の材質。

流し方。

冷え方。

材料の違い。

この鋳造技術が確立されたら、この国の軍の在り方が大きく変わるだろう。

今は剣や槍、弓や魔法が主流だが、鋳造技術が確立されたら大砲や鉄砲が登場する。

そしてその先には中世ヨーロッパで起きた蒸気機関による産業革命がある。

今はまだ製造効率の改善に留まるが、いずればハル領でも取り入れていかなければいけない技術だ。

「……面白くなってきたな」

小さくそう呟くと、ユリウスが横で笑った。

「そういう顔をしている時の君は、だいたい周りを忙しくするんだったね」

どこかで聞いたような台詞だった。

振り向くと、少し離れたところでこちらを見ていたセレナが、呆れたように肩をすくめている。

「父上、それ、私の台詞です」

「おや、そうだったかな」

「そうです」

そのやり取りに、思わず少し笑ってしまった。

鍛冶場の熱はまだ服に残っている。

手の中の小さな鋳物は、思っていたより少しだけ重かった。