軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第32話 貴族の役目

翌日の午前、俺とセレナはヴァレスト家の書庫に呼ばれていた。

昨日までは魔法の訓練だったが、今日は机と椅子がきちんと並べられ、黒板代わりの板まで立てられている。

どうやら今日は座学らしい。

グレインはいつものように無駄なく前に立った。

「本日の題は、アルスレイン王国の成り立ちと、貴族の役目です」

その言葉に、俺は少しだけ姿勢を正した。

ちょうど知りたかったことだ。

ハル領を立て直し始めてから、何度も思った。

どうして地方の小領地と王都の大貴族では、ここまで持てる力が違うのか。

どうして“正しい”だけでは物事が通らないのか。

グレインは、いきなり説明を始めなかった。

「まず問います。アルスレイン王国において、貴族とは何でしょう」

そう言って、最初にセレナを見た。

セレナは迷わず答える。

「王家を支え、国を安定させる柱です」

「よろしい。ではリオン様は」

俺は少し考えてから言った。

「領地と民の責任を引き受ける者、だと思います」

グレインはすぐには答えず、板に二つの言葉を書いた。

王家を支える

領地と民の責任を引き受ける

「どちらも正しい。では、なぜそうなったのか。そこが今日の本題です」

グレインは板に、アルスレイン王国の昔の地図を簡単に描いた。

「今でこそアルスレイン王国は一つの国ですが、昔は違いました」

線で区切られた小さな土地がいくつも描かれる。

「かつてこの地には、小国や有力領主が乱立していました。そこへ魔物の被害、周辺国との争い、飢饉が重なった」

板の端に、魔物、戦、飢饉と書き足される。

「当時、各地の領主たちはそれぞれ自分の土地を守っていましたが、それだけでは限界があった。そこで約250年前に初代国王が有力な諸侯をまとめ、共通の旗の下に国を作ったのです」

なるほど。

最初から完成した王国があったわけじゃない。

バラバラだったものをまとめて、一つにしたのか。

グレインはさらに続ける。

「その時、土地と兵と民を預かる者たちに爵位が与えられました。公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。違いはありますが、共通しているのは一つ」

そこで、板の中央に大きく書いた。

守る責任

「貴族とは、偉そうに暮らすための称号ではありません。本来は、土地を守り、民を養い、税を整え、兵を備え、王家の秩序を地方へ通す責任を負う者です」

そこはかなりしっくりきた。

少なくとも、ハル領の現実とずれていない。

セレナが静かに言う。

「だから公爵家は国政に近く、子爵家は領地に近いのですね」

「その通りです」

グレインが頷く。

「公爵家や侯爵家は、建国時から王家を強く支えた大貴族です。

大きな兵力と領地を持ち、国境や要衝を守る役目も重い。一方、子爵家や男爵家は、より現場に近い場所を直接治めることが多い」

そこで、視線が俺へ向いた。

「ハル家のような子爵家は、派手な権勢は持たなくとも、領地の実務を背負う家です」

やっぱりそうか。

王都では小さい。

でも、小さいから意味がないわけじゃない。

むしろ、現場を直接持つからこその重さがある。

グレインはここで、もう一つ問いを投げた。

「では、よい貴族とは何でしょう」

今度は少し難しい。

セレナが先に答える。

「王家に忠実であること。法を守り、秩序を乱さぬことです」

「正しい答えです」

グレインはそう言ってから、今度は俺を見る。

「リオン様は」

俺は少し考えた。

頭に浮かんだのは、ハル領の道だった。

北村へ続く道。南村の倉。石切り場。

道が死ねば物は流れず、物が流れなければ税も兵も食事も全部おかしくなる。

「……崩さないこと、だと思います」

セレナが少しだけ眉を動かした。

「崩さない?」

「はい」

俺はゆっくり続ける。

「王家に忠実でも、法を守っていても、領地が崩れたら意味がない。税があっても道が死ねば物は届かない。兵がいても村が痩せれば守れない。だから領主は、上から命じる人というより、下が崩れないように持たせる人じゃないかと」

書庫が少し静かになる。

セレナが口を開きかけて、少しだけ止まった。

「でも、それでは……貴族がただの管理人みたいだわ」

「管理だけじゃ足りないよ」

俺は首を振った。

「王都の命令をそのまま領地に落としても、現場が死ぬことがある。逆に現場だけ見て王都を無視しても、今度は国の中で孤立する。だから、両方を繋げるのが貴族なんだと思う」

グレインの目が少し鋭くなった。

「王都の理と、領地の現実を繋げる、と」

「はい」

「それができてこそ、よい領主であると?」

「少なくとも、片方だけじゃ足りません」

そこまで言うと、セレナが小さく息を吐いた。

「……そこまで考えたことはなかったわ」

声は小さいが、悔しさよりも納得が混じっていた。

「私はずっと、貴族は王家を支えるものだと思っていた」

「間違ってないよ」

俺はすぐに言った。

「ただ、ハル領みたいな場所だと、王家を支える前にまず村が今日を越えないといけない」

その言葉に、セレナは少し黙った。

グレインがそこで、ようやく口を開いた。

「教本の答えとしては、セレナ様の答えが正しい」

セレナが顔を上げる。

「ですが」

グレインは続ける。

「領地を背負う者の答えとしては、リオン様の方が深い」

セレナが、少しだけ気後れしたように視線を落とした。

ただ、拗ねた感じではない。

自分の答えが狭かったことを、ちゃんと飲み込もうとしている顔だった。

グレインは板に、最後の一文を書いた。

貴族とは、王都の理と領地の現実を繋ぐ責任を負う者

「これが本日の結論です」

それから俺たちを見回した。

「爵位の高さだけで貴族の価値は決まりません。何を背負い、どう治めるかで決まる。アルスレイン王国が今も形を保っているのは、その責任を果たした家があったからです」

その一言は、思っていたより深く刺さった。

ハル家は子爵家だ。

王国全体で考えるとまだまだ小さい。

でも、小さいからこそ背負う現場がある。

そして、その現場を守るためには、王都の理も知らなければいけない。

授業が終わったあと、セレナが片づけながらぽつりと言った。

「少し悔しいわ」

「何が?」

「私は王都の中からしか見ていなかった」

それから、彼女はまっすぐ俺を見た。

「でも、あなたの答えの方が、領主らしいと思った」

俺は少しだけ肩をすくめる。

「そっちはそっちで、王都の側の正しさを持ってるでしょ」

「……そうかもしれないわね」

小さく笑ったその顔は、昨日より少しだけ柔らかかった。

窓の外では、秋の光が公爵家の庭に落ちている。

アルスレイン王国。

その成り立ちと、貴族の役目。

まだ全部を掴んだわけじゃない。

でも少なくとも、自分が何を学びにここへ来たのかは、前よりずっとよくわかった。