軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第31話 最初の火

翌朝。

庭には、また昨日と同じ道具が並んでいた。水晶板、銀線の台、簡易的な的。

違うのは、俺の中に「やり方を変える」という意識があることくらいだ。

グレインが淡々と言う。

「本日は火属性に絞ります。まずは通常通り一度」

俺は的の前に立ち、詠唱する。

指先へ意識を集める。

火を灯す。

――やっぱり駄目だ。

何も出ない。

熱も、光も、火花もない。

「もう一度」

もう一度。

やはり出ない。

セレナは黙って見ている。

ミアは少し離れたところで祈るような顔をしていた。

グレインが言う。

「やはり、この訓練では効果が出ないようですね」

俺は一歩下がった。

「少し、やり方を変えてもいいですか」

「どのように」

「火を“出す”んじゃなくて、“つける”イメージでやってみたいです」

グレインは一瞬だけ黙ったが、止めはしなかった。

「構いません。試してください」

深く息を吸い、昨日《綻びの目》で見た自分の文字を思い出す。

《魔力流路:分散》

《出力点:不安定》

《火属性出力適性:低》

《観測適性:高》

大きく出そうとするのは駄目だ。

必要なのは一点。小さな火種だけ。

前世の記憶を引っ張り出す。

ライター。

金属を弾いて火花を散らし、そこから小さな火がつく。

火は、最初から大きく燃えるわけじゃない。

俺は指先を見つめた。

「火球なんていらない。火種だけでいい」

集中する。

散らないように。広げないように。

火花。着火。小さな熱。

視界の端に、文字がちらついた。

《出力点:指先先端》

《集束:微改善》

《熱源維持:短》

《火種生成:可能性》

来た。

その瞬間――

ポッ

米粒ほどの火が、指先に灯った。

小さい。

頼りない。

でも、確かに出た。

ミアが息を呑む。

「で、出ました……!」

セレナが目を見開く。

「今の……」

だが次の瞬間、グレインが一歩前へ出た。

「……今、詠唱を省きましたか」

その声は、昨日よりずっと低かった。

俺は少し迷ってから答える。

「考えるのに邪魔だったので」

沈黙が落ちた。

セレナが言う。

「待って。今、言葉なしで出したの?」

「たぶん、そうなる」

「無詠唱……?」

グレインがすぐに切る。

「軽々しく口にしないでください」

ミアがびくりとする。

グレインは俺をまっすぐ見た。

「もう一度。今度は最初から、一言も発さずに」

俺は頷き、もう一度指先を見る。

火花。着火。一点だけ。

さっきより流れが少しだけわかる。

散りそうな魔力を、無理やり先端へ寄せる。

ポッ

また出た。

今度は二呼吸ぶんほど灯り、すぐに消えた。

グレインはしばらく黙ったあと、慎重に口を開いた。

「私は長く魔法教育に関わってきましたが……初学者が無詠唱で出力した例は、少なくとも記憶にありません」

そんなに珍しいのか、とそこでようやく実感した。

だがグレインはすぐに続ける。

「もっとも、出力は弱い。維持も短い。実戦性は皆無です。火種が一瞬灯っただけで、王立学院の実技を超えられるわけではありません」

それでも十分だった。

ゼロじゃなくなった。

今の俺には、それだけで大きい。

セレナが腕を組んだまま言う。

「今まで何も出なかったのに、急に?」

「急じゃないよ。やり方を変えただけ」

「どう変えたの?」

「火を出すんじゃなくて、火をつける感じにした」

セレナは首を傾げたが、グレインは考え込んでいた。

「……感覚ではなく、構造で捉えたのですね」

俺は頷く。

「たぶん、自分は感覚で出すのに向いてないかもしれません」

グレインは長く息を吐いた。

「通常の感覚型魔法訓練に適しない、という判断は変わりません。ですが、現象理解を補助線にした場合、微細出力には反応が出る可能性があります」

そして、すぐに教師の顔へ戻る。

「この件は、ひとまずここだけの話にしてください」

ミアがきょとんとする。

「え?」

「無詠唱という言葉が独り歩きすれば面倒を招きます。現時点では火種が短く灯るだけ。広める段階ではありません」

セレナが静かに頷いた。

「わかったわ」

俺も頷く。

「自分もそのつもりです」

グレインは記録紙に何かを書きつけた。

「今後三日は、火種のみを反復します。次のステップはその後です」

「わかりました」

自室へ戻る途中、窓の外には秋の光が落ちていた。

指先を見下ろす。

さっき火が灯った場所に何かが残っているわけじゃない。

でも、たしかにあそこから出た。

「……ライターか」

前世ではただの道具だった。

けれど今は、その仕組みを思い出したことで、俺は初めてこの世界の火に触れた。

窓ガラスに、自分の顔がうっすら映る。

十二歳の顔。その奥に四十五年分の記憶。

感覚で駄目なら理屈で行く。

理屈だけで足りないなら、今度はそれを感覚へ寄せていく。

入試まで三か月。

まだピンチなのは変わらないが昨日よりか気分は良い。