軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第228話 西の森を町にする

司法院の調査官たちは、西の森側作業場に残って聞き取りを続けていた。

現場責任者。

退避誘導に関わった護衛。

第一陣を見た作業員。

第二陣の声を聞いた者。

一人ずつ呼ばれ、どこにいて、何を見たのかを確認されていく。

レナードはその横で帳面を開き、必要な記録を差し出していた。

黒い魔石片の一部は王都へ送られる。

ガザルと思われる男についても、王都から護送隊を呼ぶ方向で話が進んでいる。

司法院は、司法院の仕事を進めている。

なら、ハル領はハル領の仕事を進めなければならない。

俺は、少し離れた場所から西の森側作業場を見渡した。

ここは、襲撃された場所だ。

だが、それだけではない。

今後も人が来る場所だ。

木こりが働き、作業員が休み、冒険者が立ち寄り、荷車が通る。

昨日までと同じ見方では足りない。

そう思った。

「ノル、レナード、現場責任者を呼んで」

俺が言うと、ノルがすぐに頷いた。

「承知しました」

少しして、三人が集まる。

レナードは帳面を抱えたまま、俺の前に立った。

「リオン様、次は何を確認されますか」

「この場所の使い方を見直したい」

「使い方、ですか」

「うん。襲撃の調査は司法院が進めている。

俺たちは、これからここをどう扱うかを考えないといけない」

現場責任者が少し緊張した顔になる。

「柵や見張りを増やす、ということでしょうか」

「それも必要。でも、それだけじゃ足りない」

俺は、作業場の方へ視線を向けた。

「ここはもう、ただの作業場じゃない」

ノルが静かに聞く。

「では、何として見ますか」

「町だ」

レナードの筆が止まった。

「町、ですか」

現場責任者も驚いた顔をする。

「リオン様、ここを正式な町にするということでしょうか」

「今すぐそうするわけじゃない。

父上の判断も必要だし、土地の扱いも、税も、警備も決めなきゃいけない」

俺は首を振った。

「でも、考え方を変える必要がある」

ただ木を切る場所。

ただ湯に入る場所。

ただ荷を置く場所。

そんなふうに別々に見ていると、全体が見えない。

ここはもう小さな町の手前だ。

前世でも、似たことはあった。

最初は小さな仕事だったものが、人が増え、物が増え、仕組みなしでは回らなくなる。

その時に、昔の呼び方のまま扱い続けると、必ずどこかが壊れる。

この西の森も同じだ。

人が集まり始めた。

だから狙われた。

なら、次は集まった人を守る形に変えなければならない。

「まずは、地図を作ろう」

俺は言った。

「地図、ですか」

レナードが顔を上げる。

「正確な測量図じゃなくていい。今は大まかでいいから、湯屋、水場、食事小屋、木材置き場、荷車道、休憩場所、退避場所、森へ入る道を書き分けたい」

「区画を分けるのですね」

「うん。どこに何があって、どの時間帯に人が集まるのかを見たい」

レナードはすぐに帳面を開いた。

「作業員だけでなく、冒険者や人足も含めますか」

「含める。ここを使う人は全員、この場所の流れに関わっている」

現場責任者が少し考え込む。

「朝は作業員が多いです。昼前は水場に集まり、夕方は湯屋と食事小屋のあたりが混みます」

「それを記録したい」

「分かりました」

「あと、荷車が通る時間も」

俺が言うと、ノルが頷いた。

「荷車道と人の歩く道が重なる場所は危険ですな」

「そこも分けたい」

俺は地面に落ちていた枝を拾い、土の上に簡単な線を引いた。

森の入口。

作業場。

湯屋。

水場。

木材置き場。

荷車道。

退避場所。

絵としては雑だが、位置関係を見るには十分だった。

「今は、人が増えた分だけ自然に道ができている。でも、自然にできた道は、混乱した時に弱い」

レナードが土の図を覗き込む。

「逃げる道と荷車道が重なっている場所がありますね」

「うん。そこを変えたい」

現場責任者が言う。

「荷車道を動かすとなると、木材置き場も少し変える必要があります」

「それでいい。作業のための配置だけじゃなくて、逃げる時のことも考えたい」

ノルが腕を組んだ。

「騎士の見回りも変える必要がありますな」

「今は森の奥側を中心に見ているよね」

「はい。魔物が出る方向を警戒しておりました」

「でも、人が集まる場所も見ないといけない」

「湯屋、水場、食事小屋、荷車道の交差する場所。

そこにも目を置くべきです」

ノルの声は落ち着いていた。

さすがに早い。

騎士として、どこに人を置くべきかをすぐ考えている。

「巡回点を決めよう」

俺は言った。

「森の奥側、湯屋周辺、水場、荷車道の分岐、退避場所。まずはそこから」

「承知しました」

「それと、作業班ごとに誘導役を置きたい」

現場責任者が反応する。

「退避の時に声を出す役ですか」

「そう。全員が一斉に逃げると、必ず道が詰まる。

班ごとに誰がどこへ誘導するか決めておく」

「選べます。普段から声の通る者が何人かいます」

「その人たちに、退避場所と道を覚えてもらう」

レナードが書き留める。

「読み書き確認と合わせますか」

「合わせたい。でも、それとは別に、読めない人でも動けるようにしたい」

文字だけでは足りない。

そう思った。

危険区域。

退避場所。

それぞれに、文字だけでなく絵や形を入れる。

正確な絵である必要はない。

見た瞬間に、だいたい分かることが大事だ。

「札も変える」

「どう変えますか」

「文字だけじゃなく、絵印を入れる。できれば形も変える。

危険は三角、退避は丸、水場は波線みたいに」

レナードは少し驚いた顔をした。

「形で分けるのですか」

「暗い時や慌てている時は、文字を読んでいる余裕がない。形で分かる方が早い」

ノルが小さく頷いた。

「騎士の合図札にも使えそうです」

「うん。あと、鐘か笛も置きたい。声だけだと届かない」

現場責任者が言う。

「湯屋側と作業場側に一つずつ置けば、かなり違うと思います」

「それでいこう」

話しているうちに、少しずつ形が見えてきた。

柵を増やすだけではない。

人が迷わないようにする。

危険を早く知らせる。

逃げる道を見せる。

誰が声を出すか決める。

それが、町としての守り方になる。

少し離れた場所では、司法院の調査官が聞き取りを続けていた。

作業員が一人呼ばれ、場所を指差しながら何かを説明している。

別の調査官は、黒い魔石片の破片を包んだ小箱に封をしていた。

王都へ戻す記録なのだろう。

あちらは、何が起きたかを固めている。

こちらは、これからどうするかを考えている。

同じ西の森にいながら、見ている方向が違っていた。

「リオン様」

レナードが、土の上の簡単な図と帳面を見比べながら言った。

「帳面上の呼び方を決めておきたいです」

「呼び方?」

「湯屋、水場、食事小屋、木材置き場という呼び方でもよいのですが、区画として管理するなら、ある程度そろえた方がよいかと」

「例えば?」

「湯屋区、水場区、食事区、木材区、荷車道、休憩区、退避区……といった形です」

「いいと思う。ただ、現場で使っている言葉と離れすぎないようにしたい」

「分かりました」

「帳面では湯屋区。でも作業員には、湯屋のあたり、で通じる。そういう形がいい」

レナードは頷いた。

「帳面の言葉と、現場の言葉を並べて記録します」

「お願い」

前世でも、管理する側だけが分かる言葉を作ると、現場はついてこない。

きれいな分類名より、使われる言葉の方が大事だ。

この世界でも、それは同じだと思う。

「あと、泊まる人のことも考えたい」

俺が言うと、現場責任者が苦笑した。

「実は、すでに何度か聞かれています。湯屋の近くで夜を明かせないか、と」

「やっぱり」

人が集まれば、泊まりたがる者が出る。

朝早く森に入りたい冒険者。

遠くから来た人足。

帰るのが面倒な作業員。

それを全部禁止するのは簡単だ。

でも、需要があるなら、いずれ勝手に泊まる者が出る。

それが一番危ない。

「勝手に寝泊まりされると、誰がいるのか分からなくなる」

ノルが言った。

「夜に火を使われるのも危険です。魔物も出ます」

「だから、最初から場所を考えておきたい。

今すぐ宿を建てるわけじゃない。でも、どのあたりなら管理できるか、候補を見たい」

レナードが書き留める。

「宿泊候補地、ですね」

「うん。まだ候補でいい」

これも、町として見れば自然に出てくる話だった。

森の入口近くまで歩いたところで、俺は足を止めた。

ここから先は木々が濃くなる。

作業員、木こり、冒険者が入っていく道だ。

今回の襲撃で、魔物が現れた方角にもつながっている。

「ここにも、何か置きたい」

俺は呟いた。

「見張り所ですか」

ノルが聞く。

「うん。でも、大きなものじゃなくていい。雨を避けられて、二人くらいが立てる場所。あとは記録板」

「記録板?」

「誰が森へ入ったか、いつ戻ったか。全部細かくは無理でも、班や人数くらいは分かるようにしたい」

レナードが目を細める。

「森へ入った者の簡易記録ですね」

「そう。もし何かあった時、誰が戻っていないか分からないのはまずい」

現場責任者が大きく頷いた。

「昨日も、最初は誰がどこにいるか分かりませんでした」

「そこを変えたい」

人の動きを見えるようにする。

これはずっとハル領でやってきたことだ。

工房でも、石切り場でも、土木でもそうだった。

誰が、どこで、何をしているのか。

それが見えないと、問題が起きた時に動けない。

西の森でも同じだ。

いや、命がかかる分、もっと大事かもしれない。

「リオン様」

ノルが静かに言った。

「この件は、旦那様にもお話しする必要がありますな」

「うん」

俺は頷いた。

「ハル領として動かすなら、父上の判断がいる」

「正式な町にするなら、なおさらです」

「今はまだ正式な町じゃない。まずは、西の森前線町として考える」

「前線町、ですか」

レナードがその言葉を繰り返す。

「仮の呼び方だよ」

俺は森の入口を見たまま言った。

「ここは、町にするために作った場所じゃない。でも、もう町としての機能が生まれ始めている。なら、そこを放置しない」

レナードは帳面に、ゆっくりと書き込んだ。

西の森前線町。

まだ正式な名称ではない。

父上に話していない。

地図にも載っていない。

けれど、その言葉を見た瞬間、俺の中で何かが定まった。

ここは、ハル領が西へ進むための足場だ。

足場なら、丈夫に作らなければならない。

人が乗っても、荷が通っても、魔物が出ても、誰かが邪魔をしようとしても、簡単には崩れないように。

俺の中には、どうしても一人の名が浮かんでいた。

グレイヴ侯爵。

だが、その名は胸の中に沈めておく。

今やるべきことは、誰かの名を叫ぶことではない。

止めようとされた場所を、止まらない場所に変えることだ。

司法院の調査官の一人が、こちらへ歩いてきた。

「リオン殿」

「はい」

「本日の現場確認は、この後の証言取りで区切ります。

捕縛者については、王都への護送隊を要請します」

「分かりました」

「黒い魔石片の破片は、こちらで王都へ送る準備を進めます。

残りは、引き続きハル領で保管してください」

「はい」

調査官は、西の森の周囲を一度見回した。

「我々は、ここで何が起きたのかを調べます」

そして、少しだけ間を置いた。

「ですが、ここをどう守り、どう使っていくかは、ハル領の仕事です」

「分かっています」

調査官はそれ以上、俺たちの話には踏み込まなかった。

あくまで自分たちの役目を分かっている人だった。

それが、ありがたかった。

夕方が近づくにつれて、湯屋の周りには少しずつ人が戻ってきた。

作業を終えた者。

泥を落とす者。

食事小屋の前で、今日の飯を待つ者。

以前なら、俺はそれをただ人が集まっている光景として見ていたかもしれない。

でも今は違う。

これは、町の始まりだ。

まだ壁はない。

正式な役所もない。

商店が並んでいるわけでもない。

地図にも載っていない。

けれど、人がいて、仕事があり、水と湯と食事があり、道がある。

なら、ここは育てられる。

人が集まり、働き、休み、また森へ入る場所。

なら、守り方も、育て方も変えなければならない。

俺は、湯屋の向こうに続く森を見た。

ここはもう、ただの作業場ではない。