軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第21話 北村の名産

朝の執務室には、まだ夜の冷たさが少し残っていた。

俺は机に向かい、羊皮紙へ最後の一文を書き入れる。

ハル領東方石切り場にて青輝石を確認。正式採掘権の申請を願う。

青輝石の等級、発見場所、押収した木箱の数、現場の状況。

父ガルドの名で王都へ出す申請書は、できるだけ簡潔に、それでいて抜けがないようにまとめた。

ペンを置くと、向かいに座っていた父がそれを受け取った。

「……十二歳の書く文ではないな」

「前に帳面ばかり見てたからね」

そう返すと、父は少しだけ口元を緩めた。

「石切り場の方はどうする」

「ルールが守られているなら、しばらくは現場に任せてもいいと思う」

俺は答えた。

「エドたちはまだ半信半疑だけど、少なくとも前のやり方に戻したいとは思ってない。ノルと兵を残しておけば、勝手な持ち出しも難しいはず」

父はうなずき、申請書を畳んだ。

「なら、次は北村か」

「うん」

石切り場は奪い返した。

でも、それだけで領地は豊かにならない。

人を戻し、村を回し、金が外へ逃げる流れを変えなければ意味がない。

俺は立ち上がった。

「今度は、北村にちゃんと稼がせる」

北村へ向かう道で、ミアが馬の横を歩きながら聞いてきた。

「リオン様、本当に北村で何か作れるんですか?」

「作れるよ」

「小麦ですか?」

「いや。小麦は大事だけど、今の北村にそれだけやらせても弱い」

ミアは首をかしげる。

だから、少しゆっくり説明した。

「今のハル領は、他の領や王都との商いがほとんどない。つまり、外からお金を取ってこられてないんだ」

「外から……お金」

「うん。領内で物を回すだけだと、みんなで同じ金を分け合うだけになる。でも外に売れれば、新しくお金が入ってくる」

ミアは少し考えてから、はっとした顔をした。

「じゃあ、北村には……外に売れるものが必要なんですね」

「そういうこと」

俺は道の脇に流れる細い水路を見る。

「しかも、どこでも作れるものじゃ弱い。小麦は大事だけど、他の領でも作ってる。だったらまずは、この土地でしか強く育たないものを作った方がいい」

「この土地でしか……」

「北村の水路、覚えてるでしょ。山から引いた冷たい水だ。あの水と、あの湿った土に合うものがある」

ミアが目を丸くした。

「もう決めてるんですか?」

「だいたいね」

昨日、水路の脇を見た時から、頭の中ではほぼ決まっていた。

あそこに生えていた香草。

村人からすれば雑草でも、俺から見れば違った。

あれは、金になる。

北村へ着くと、前より少しだけ空気が明るかった。

畑の脇に、若い男が立っている。

荷車を押す声に張りがある。

前に来た時は、老人と子どもばかりが目についた。だが今は、石切り場から戻った若者たちが何人か混じっている。

それだけで、村の景色はずいぶん違って見えた。

村長が、少し急ぎ足でこちらへやって来る。

「リオン様」

「こんにちは」

「このたびは、本当に……北村の者を戻していただき、ありがとうございました」

前よりずっと深い礼だった。

「まだこれからだよ」

俺は村の奥を見た。

「戻ってきただけじゃ、また詰まる」

「……はい」

「だから今日は、その先の話をしに来た」

村長が顔を上げる。

俺は水路の脇を指した。

「このあたりに生えてる香草、あるよね」

村長は一瞬ぽかんとしてから、困ったような顔になった。

「香草……ですか?」

「うん。細い葉で、潰すと強い匂いがするやつ」

「ああ……あれですか」

村長だけでなく、近くにいた村人たちまで顔を見合わせた。

「あんな雑草みたいなものが何か?」

「匂いが強いから、家畜もあまり食わん」

「抜いて捨てることはありますが……」

予想通りの反応だった。

俺はうなずく。

「その雑草みたいなやつが、この村を救うかもしれない」

沈黙。

それから、村人の一人が吹き出しかけた。

「いやいや、坊ちゃん。さすがにそれは――」

「じゃあ、試そうか」

俺はノルを見た。

「森の手前で、ウサギ型の魔物って出るよね」

「おりますな」

「一匹、頼める?」

「承知」

それからしばらくして、村の広場には小さな火が起こされていた。

ノルが仕留めてきた灰ウサギの魔物は、思った通り肉の匂いが強い。

食えなくはないが、そのまま焼くと獣臭さが残る。

村人たちもそれを知っているのだろう。

遠巻きに見ながら、半信半疑の顔をしていた。

俺は水路脇から摘んできた香草――青葉草を、石の上で細かく刻む。

葉を潰した瞬間、すっと青くて鋭い香りが立った。

「……あれ、こんなに匂い強かったか?」

「普段は気にしたこともねえ」

ざわめく声を聞きながら、刻んだ青葉草を肉にまぶし、少しだけ塩と一緒に揉み込む。

それを串に刺して火へかざすと、じゅっと脂が落ちた。

やがて、広場の空気が変わる。

さっきまでの獣臭さが、青い香りに押し流されていく。

脂の匂いに、草の爽やかさが混ざる。

村長が目を見開いた。

「……なんだ、この匂いは」

「食べればもっとわかるよ」

焼き上がった肉を切り分け、村長へ渡す。

村長は恐る恐る口へ運び、一度だけ咀嚼し――そのまま止まった。

「……うまい」

小さな声だった。

でも、それで十分だった。

「臭みが消えてる……」

「さっきの草か?」

「嘘だろ、こんなに違うのか」

村人たちが次々に手を伸ばす。

食べた者から、表情が変わっていく。

「やわらかい」

「いつもの魔物肉じゃないみてえだ」

「これなら売れるぞ……!」

俺はその反応を見てから、ゆっくり言った。

「この香草は青葉草って呼ぶことにしよう」

「青葉草……」

「他の領ではあまり育たない。でも北村なら育つ」

水路の方へ視線を向ける。

「この村の冷たい水と、湿った土だから香りが強くなるんだ。だから価値が出る」

村長がまだ肉を見つめたまま言う。

「これが……そんなに」

「王都の料理屋なら欲しがる。臭み消しにもなるし、焼き物にも煮込みにも使える」

ミアが横で、はっとした顔をした。

「じゃあ、北村で作って、それを王都へ売れば……」

「小麦より高く売れる可能性がある」

はっきり言う。

「しかも一年中育てられる。もちろん、いきなり全部をこれにする必要はない。でも、水路沿いの一角から始めるにはちょうどいい」

村人たちは、もうさっきまでみたいな顔をしていなかった。

雑草を見る目じゃない。

食える。

しかも、うまい。

そして売れるかもしれない。

その三つが揃えば、人は動く。

「まずは試そう」

俺は村長を見る。

「水路沿いの区画を少しだけ使って、青葉草を育てる。うまくいったら広げればいい」

村長はしばらく黙っていた。

それから、広場の向こう、水路の脇に群れて生えている青葉草を見て、ゆっくりとうなずいた。

「……やりましょう」

その声は、もう迷っていなかった。

「若い者も戻ってきました。水路も前よりましです。試すだけの価値はあります」

周りの村人たちも、口々に言い始める。

「なら、あの一角を使うか」

「抜いて捨てるより、育てて売れたほうがいい」

「水路の脇なら世話もしやすい」

いい。

動いた。

俺は青葉草の香りが残る指先を見下ろした。

石切り場で取り返したものが、ようやく村へ返り始めている。

まだ小さい。

でも、こういう小さな一歩が大事なんだ。

北村は、水と香りで稼ぐ村になる。

そう思えた。