作品タイトル不明
第200話 頭角を現す者たち
六月中旬。
三年Sクラスに入ってから、二か月ほどが過ぎた。
最初の頃にあった、飛び級組を見るような視線は、かなり薄れている。
もちろん、完全になくなったわけではない。
俺たちが年下であることに変わりはないし、三年Sクラスに途中から入ってきた六人であることも変わらない。
けれど、教室の空気は少しずつ変わっていた。
「リオン、ちょっと聞きたいんだけど…」
「はい、それについては…」
少し前までは、俺たちに声をかける時も、どこか様子を見るような空気があった。
だが、今は違う。
普通に聞かれる。
普通に意見を求められる様になった。
教室の反対側では、セレナも声をかけられていた。
「セレナ、さっきの魔法制御どうやったの?」
「力を一点に集めすぎないようにしたの。
倒すためではなく、進む方向をずらすために使っただけよ」
セレナはいつも通り淡々と答えている。
だが、聞いている三年生の表情は真剣だった。
ガイルの周りにも、実技系の生徒が集まっている。
「ガイル、次の実戦演習で前衛の入り方を見せてくれないか」
「いい」
「助かる。正面から受けてるように見えるのに、なんであんなに押されないんだ?」
「正面から全部は受けない。少しずらす」
「少しずらす、か……」
説明は相変わらず短い。
だが、ガイルの動きを見ている生徒には、それでも意味が伝わるらしい。
ナディアも、支援役の生徒から声をかけられていた。
「ナディア、さっきの支援の入り方、あれはどこを見て判断したの?」
「前衛の位置より、後ろの空き方を見ていました。前が強くても、後ろに逃げ場がなければ班全体が詰まりますから」
「なるほど……後ろから見てるのに、前の動きに間に合うのがすごいな」
「ありがとうございます。でも、まだ遅れる時もあります」
ナディアは柔らかく答える。
謙遜ではなく、本当にそう思っているのだろう。
ヴィクトルは、机に肘をつきながら、別の生徒に地図のようなものを見せられていた。
「ヴィクトル、この地形ならどっちを通る?」
「全員で行くならこっち。でも荷物を持った人がいるなら遠回りでもこっち」
「なんで?」
「帰りに足を取られるから。行きだけ楽な道は、荷物を持った帰りに面倒になる」
「そういう見方か……」
ヴィクトルは面倒そうに答えているが、嫌そうではない。
エドガーは、クラウスと静かに話していた。
「エドガー、今の班分けなら、どこを優先する?」
「制限時間が短いなら、最初に安全な帰還路を確保します。
全てを取りに行くより、戻れなくなる方が危険です」
「僕も同じ判断だ」
クラウスがそう言うと、周囲にいた生徒たちも頷いていた。
こういう光景を見るたびに、俺は思う。
三年Sクラスに混ざる。
その段階は、少しずつ越えつつあるのかもしれない。
◇
もちろん、楽になったわけではない。
むしろ、忙しさは増している。
授業は相変わらず速い。
応用課題は、答えが一つではないものが多い。
実戦演習では、毎回のように別の課題を突きつけられる。
授業が終われば、俺たち六人は図書室に集まる。
二年の内容でまだ弱い部分を埋め、三年の授業で出た課題を整理し、次の演習で試す動きを話し合う。
休日には、無理のない範囲で冒険者活動にも出る。
以前なら、冒険者活動は気分転換に近かった。
だが、今は違う。
冒険者としての活動と、学院の課題とつながるようになっていた。
学校で学び、図書室で整理し、森で試す。
そしてまた、学校へ戻る。
そうやって少しずつ、自分たちの中に積み上がっていくものがあった。
◇
その日の応用課題は、森沿いの採取地点に関するものだった。
教師が黒板に課題を書き出す。
――王都近郊の森で、薬草採取者が小型魔物に遭遇する事例が増えている。
――騎士団を動かすほどの危険度ではない。
――ギルド、冒険者、採取者、それぞれの負担を考え、被害を減らす対応策を考えよ。
俺は、少し前に森で見た採取地点のことを思い出した。
あの時も、ただ魔物を倒すだけでは足りなかった。
採取者がどこを通るのか。
雨の後に危険な道はどこか。
初心者が迷いやすい場所はどこか。
次に来る人が困らないように、何を報告するべきか。
そういう視点が必要だった。
班ごとに意見をまとめる時間になると、同じ班の三年生が俺を見る。
「リオン、この手の課題は得意そうだな」
「得意というより、似た状況を見たことがあります」
「森で?」
「はい。薬草を採りに行く人が通りそうな道と、魔物の通り道が近い場所がありました。
だから、討伐だけでなく、通る道や注意点を整理することも大事だと思ったんです」
それを聞いて、班の生徒たちが少し考え込む。
「討伐依頼を増やすだけじゃ足りないってことか」
「はい。魔物を倒しても、危ない場所がそのままなら、次に来る人がまた危険に遭うかもしれません」
ヴィクトルが横から口を挟む。
「採取者は帰りに荷物を持ってるからね。
行きは近道でも、帰りは危ない道って結構あるよ」
「確かに……」
別の生徒が頷く。
「じゃあ、対応策としては、討伐だけじゃなくて情報の整理も必要だな」
「はい。依頼書に注意点を書く、初心者向けに安全な道を示す、雨の後は別ルートを推奨する。その方が被害は減らせると思います」
俺が言うと、班の中で自然に意見がまとまり始めた。
討伐。
情報共有。
依頼書の更新。
採取者への注意喚起。
必要なら、一定期間だけギルドが巡回依頼を出す。
単に魔物を倒すだけではない。
目的は、採取者が安全に薬草を持ち帰れるようにすることだ。
発表の時間になると、俺たちの班はその方針を説明した。
教師は黙って聞いていたが、最後に短く頷いた。
「現場を見る目が入っている。悪くない」
その評価に、班の三年生たちが少しだけ嬉しそうな顔をした。
俺一人の案ではない。
ヴィクトルの視点も、他の三年生たちの意見も入っている。
だが、その中心に、学校の外で積み上げてきた経験があったことは、教室の中にも伝わったようだった。
◇
午後の実戦演習では、また違う形で六人の変化が見えた。
訓練場には、ベルンハルト先生の土魔法で作られたゴーレムが並んでいた。
今回の課題は、複数の妨害を受けながら、指定地点まで班全体で到達すること。
単純な突破ではない。
途中で道が塞がれ、横から妨害が入り、時間も限られている。
先生が低い声で言った。
「敵を倒すことだけを考えるな。目的地へ到達することを優先しろ」
演習が始まる。
ガイルが前に出た。
以前のガイルなら、正面の敵を力で押し潰すように進んでいたかもしれない。
だが、今は違う。
正面のゴーレムを受け、少し斜めに流しながら、後ろの者が通る道を作る。
「右を通れ」
ガイルが短く言う。
その一言で、班が動く。
セレナの風が、敵を倒すためではなく、味方が抜ける空間を作るために走った。
ゴーレムの足元に風を当て、わずかに姿勢を崩す。
その隙に、前衛が進む。
「相手を倒すだけが魔法の使い方じゃないんだな」
見ていた三年生が呟く。
セレナは演習中なので答えない。
だが、その魔法の意味は十分に伝わっていた。
ナディアは後方を見ていた。
前が進めば、後ろが空く。
後ろが空けば、横からの妨害が入りやすくなる。
ナディアはそれを見越して、先に位置を変えていた。
「後ろ、来ます」
短い声。
それだけで、班の一人が振り返る。
ゴーレムが横から進路を塞ごうとした瞬間、ナディアの牽制が入った。
止める。
倒すのではない。
崩れを防ぐ。
その判断が、班全体を保たせていた。
ヴィクトルは、進路の先を見ていた。
「あの土壁、右から回るより左の隙間を使った方が早い」
「狭いぞ」
「一人ずつなら通れる。全員で右へ回るより早い」
実際、その判断は当たっていた。
セレナが風で視界を開き、ガイルが先に入り、ナディアが後ろを支える。
俺は綻びの目で周囲を確認しながら、危険な場所を補足する。
《通過余地:左側》
《妨害発生:右後方》
《進路:確保可能》
「右後ろに来ます。先に抜けましょう」
俺が言うと、班は止まらずに動いた。
以前なら、俺が言ってから皆が動く形になっていた。
だが、今は違う。
俺が全部を動かしているわけではない。
ガイルが前を決める。
セレナが進路を作る。
ナディアが崩れを防ぐ。
ヴィクトルが地形を選ぶ。
俺は、異常と危険を拾う。
そしてエドガーは、別の班でリーダーシップを発揮していた。
「そこで止まる必要はありません。目的地への時間を優先しましょう」
エドガーの声が、訓練場の別の場所から聞こえる。
演習が終わると、訓練場の空気が少し変わっていた。
飛び級組が動けることは、もう知られている。
だが、今の動きは、単に個人能力が高いというだけではなかった。
それぞれが、自分の役割を持ち始めている。
そう見えたのだと思う。
◇
演習後、ベルンハルト先生は全員を集めた。
「飛び級組は、もう年下だからという理由で見られる段階ではない」
その言葉に、訓練場が少し静かになる。
「判断も動きも、三年Sクラスの中で通用している」
先生はそこで一度言葉を切った。
褒めて終わる先生ではない。
「だが、頭角を現すことと、上に立つことは違う」
やはり、続きがあった。
「ここから先は、既存の三年生も黙ってはいない。
上に行きたいなら、互いに食らいつけ」
その言葉は、俺たちだけに向けられたものではなかった。
クラウス。
ライオネル。
ミラ。
オルド。
他の三年生たち。
全員に向けられていた。
ベルンハルト先生は、最後に俺たち六人へ視線を向けた。
「五年へ飛びたいなら、三年Sクラスの中で上位に入れ」
教室ではなく、訓練場で聞くその言葉は重かった。
実力を認められ始めた。
だが、それは出発点にすぎない。
◇
演習後、俺が片づけをしていると、ライオネルが近づいてきた。
「リオン」
「はい」
「最近、かなり目立っているな」
「そう見えますか」
「見える」
ライオネルは、訓練場の方を見る。
「だが、まだ上はいる」
その言葉に、嫌味はなかった。
ただの事実だった。
「分かっています」
ライオネルは少しだけ口元を緩めた。
「追いついてきた。だが、抜かせるつもりはない」
俺はまっすぐ答える。
「はい。こちらも、追いかけるだけで終わるつもりはありません」
ライオネルは頷き、そのまま歩いていった。
少し前なら、こんな会話にはならなかった。
認めるかどうか。
受け入れるかどうか。
そういう距離だった。
今は違う。
競う相手として、見られ始めている。
◇
夕方、図書室に集まった俺たちは、いつものようにその日の課題を整理した。
学校で学ぶ。
図書室で整理する。
休日には森へ出る。
その繰り返しの中で、俺たちは少しずつ変わっている。
六月中旬。
ようやく俺たちは、三年Sクラスで本当の勝負を始める位置に立ったのだと思った。