軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第201話 ガイルの筆記対策

六月も下旬に近づいていた。

三年Sクラスの空気が、少しずつ変わり始めている。

授業の合間に剣の話をしていた生徒たちも、最近は参考書を開く時間が増えた。

魔法演習の後にすぐ訓練場へ残っていた者も、今日は図書室へ向かっている。

期末試験が近い。

期末試験は一年の頃と変わらない。

筆記。

応用課題。

実戦演習。

そのすべてで評価される。

俺たちは三年Sクラスの中で、少しずつ頭角を現し始めた。

だが、それは期末で結果を出して初めて意味を持つ。

ここで崩れれば、五年への飛び級どころではない。

放課後、俺たち六人はいつものように図書室に集まっていた。

机の上には、教科書、参考書、過去の応用課題、実戦演習の記録が並んでいる。

セレナは魔法理論の確認をしていた。

エドガーは王国制度と戦術論の要点を整理している。

ヴィクトルは、最初こそ面倒そうな顔をしていたが、商会や物流が絡む問題になると急に手が進む。

ナディアは静かに問題を読み込み、分からないところを一つずつ潰していた。

そして、ガイルは。

「……」

問題用紙を前に、完全に止まっていた。

剣を握っている時とはまるで違う。

表情は変わらない。

だが、手が動いていない。

「ガイル、どこで止まってる?」

俺が聞くと、ガイルは問題用紙から顔を上げた。

「言葉が遠い」

「言葉が遠い?」

「何を聞かれているのかは、少し分かる。だが、何を書けばいいのかわからない」

ガイルらしい言い方だった。

セレナが横から問題を覗き込む。

「王国法とギルド管轄の問題ね」

内容自体は、ガイルにも分からない話ではない。

ただ、試験形式になると苦手だ。

ガイルは敵を見れば動ける。

だが、責任範囲、初期対応、管轄、報告義務。

そういう言葉に変わった瞬間、距離ができる。

ナディアが静かに問題用紙を見た。

「ガイルさんは、内容が分からないというより、実際の動きと問題文がつながっていないのだと思います」

ガイルがナディアを見る。

「そうなのか」

「はい。実戦に置き換えれば、分かると思います」

ナディアは問題用紙を指で示した。

「これは、誰が一番強いかを聞いている問題ではありません」

「違うのか」

「違います。誰が最初に責任を持って動くべきか、という問題です」

ガイルは少しだけ眉を寄せた。

ナディアは続ける。

「例えば、小型魔物が一体だけ村の近くに出たとします。

騎士団をすぐ動かすほどではありません。

その場合、まず村や領主側が状況を確認し、必要ならギルドへ依頼を出します」

「騎士団は動かないのか」

「被害が広がる、数が多い、村だけでは対応できない。

そういう状況なら報告します。

でも、最初から騎士団を動かすとは限りません」

ガイルは問題文をもう一度見る。

「つまり、敵の強さで動く者が変わる」

「はい。それに、被害の広がり方でも変わります」

「なるほど」

短い返事だった。

だが、さっきより明らかに目が動いている。

理解し始めている。

ナディアは別の紙を引き寄せ、簡単な図を書いた。

村。

森。

ギルド。

領主。

騎士団。

それぞれを線でつなぎながら説明する。

「村の近くで小型魔物が出た場合、まず危険箇所を確認します。

次に、ギルドへ討伐依頼を出すか、領主側で一時的な警戒を強めるかを決めます。

被害が広がりそうなら、騎士団へ報告します」

「順番か」

「はい。誰が強いかではなく、誰がどの段階で動くかです」

ガイルはペンを持った。

そして、ゆっくりと答えを書き始める。

遅い。

だが、止まってはいない。

しばらくして、ガイルは別の問題でまた止まった。

今度は戦術論だった。

――前衛が正面の敵を押さえている場合、支援役が優先して確認すべき事項を二つ述べよ。

ガイルは少し考えてから言った。

「敵を止める」

セレナが淡々と言う。

「間違いではないけれど、それだけだと点は取れないわね」

ガイルは不満そうではない。

ただ、問題をじっと見ている。

ナディアが少し身を乗り出した。

「ガイルさんが前に出る時、私たちが一番困るのは何だと思いますか?」

「敵が抜けること」

「それもあります。では、もう一つ」

ガイルは少し考えた。

「後ろが詰まることか」

ナディアが微笑む。

「はい。前衛が強くても、後ろに逃げ場がなければ班全体が詰まります。

だから支援役は、前衛の状態だけではなく、後方の退路や横からの妨害も見ます」

「前だけ見ればいいわけではない」

「そうです」

ガイルは小さく頷いた。

そして答えを書き直す。

――前衛の背後に退路があるか。

――横からの妨害が入らないか。

文字は少ない。

だが、要点は押さえている。

「それなら点になります」

ナディアが言うと、ガイルは短く答えた。

「分かった」

俺はその様子を見ながら、少し感心していた。

ナディアは、教えるのがうまい。

ただ答えを言うのではない。

相手がどこで止まっているのかを見る。

そして、その人が理解しやすい形に置き換える。

戦闘でも同じだ。

ナディアは前に出て目立つタイプではない。

だが、崩れそうな場所を見つけ、先に支える。

勉強でも、それは変わらなかった。

人の理解が崩れそうなところを見つけて、そっと支えている。

「ナディア、教え方うまいな」

俺が言うと、ナディアは少しだけ驚いたようにこちらを見た。

「そうでしょうか」

「ああ。ガイルが分かる言葉に変えてる」

「ガイルさんは、実際の動きに置き換えれば理解が早いので」

ナディアはそう言って、また問題用紙に視線を戻した。

ガイルはその横で、黙々と次の問題に取りかかっている。

少し空気が軽くなったところで、ヴィクトルが手を上げた。

「ナディア先生、俺にも分かりやすくお願いします」

ナディアはヴィクトルの問題用紙を見た。

それから、穏やかに言う。

「ヴィクトルさんは、分かっているのに面倒がっている問題が多いです」

「見抜かれてる」

「はい」

セレナが横から言う。

「そこは直した方がいいわね」

「今日は逃げ場がないな」

ヴィクトルは観念したように問題用紙へ向き直った。

エドガーが静かに笑う。

「逃げ道を探すのは得意なのにね」

「そういう逃げ道じゃないんだよ」

ヴィクトルがぼやく。

そのやり取りに、少しだけ笑いが起きた。

試験前の図書室は重くなりがちだ。

だが、この六人でいると、不思議と息苦しくなりすぎない。

勉強は、思ったより長く続いた。

夕方の光が図書室の窓から差し込み、机の上の文字が少し見えにくくなる。

ガイルの問題用紙には、最初よりもかなり多くの文字が埋まっていた。

完璧ではない。

まだ遅い。

言葉選びも固い。

だが、白紙ではない。

「ガイル、前より書けてるな」

俺が言うと、ガイルは問題用紙を見たまま頷いた。

「前より分かる」

「それはよかったです」

ナディアが微笑む。

ガイルは少し間を置いてから、短く言った。

「助かった」

ナディアは一瞬だけ目を丸くした。

それから、柔らかく答える。

「よかったです。焦らずに、実戦に置き換えながら進めましょう」

「ああ」

ガイルは素直に頷いた。

派手なやり取りではない。

だが、二人の間にある信頼が、少しだけ深くなったように見えた。

図書室を出る頃には、外は薄暗くなっていた。

廊下を歩きながら、俺は今日の勉強内容を思い返す。

ガイルの筆記は、まだ万全ではない。

ヴィクトルも油断すれば落とす問題がある。

ナディアはアルスレイン王国特有の制度をもう少し確認する必要がある。

俺自身も、学院式の定義や細かい用語で抜けがある。

セレナとエドガーは安定しているが、それでも油断していない。

俺たちは三年Sクラスで頭角を現し始めた。

だが、期末試験は別だ。

得意なところだけで押し切れるほど甘くない。

五年へ飛ぶつもりなら、苦手なものを残したままではいられない。

期末試験まで、もうあまり時間はない。