作品タイトル不明
第198話 王立研究所からの連絡
三年Sクラスに入ってから、しばらく経った。
座学、応用課題、実戦演習。
その繰り返しの日々は、思っていた以上に忙しい。
三年の授業は、やはり一年Sクラスとは違う。
それでも、少しずつ慣れてきた。
最初は距離のあった三年生たちとも、今では自然に言葉を交わすことが増えている。
ライオネルも、以前ほど硬い表情でこちらを見ることは少なくなった。
完全に認められた、とはまだ言えない。
だが、同じ課題をこなし、同じ演習で動く中で、少しずつ三年Sクラスの空気の中に入っていけている。
そう感じていた。
◇
その休日。
俺はセレナ、ガイル、ナディアと一緒に、冒険者ギルドへ向かった。
久しぶりの四人での冒険者活動だった。
「今日も森の手前だけにしよう」
俺が言うと、ガイルは短く頷いた。
「分かっている」
「本当に?」
セレナが少しだけ疑うように見る。
ガイルは真顔のまま答えた。
「分かっている」
その言い方に、ナディアが小さく笑った。
以前なら、ガイルはもう少し奥へ行きたそうにしていたかもしれない。
だが、今は違う。
三年Sクラスでの演習を通じて、目的を見失わないことの大切さは、ガイルにもかなり染み込んできている。
今日の目的は、あくまで軽い討伐依頼だ。
王都西南の森の手前に出る小型魔物の討伐。
以前、黒い魔石片を持った死んだ魔物が現れた森でもある。
森へ向かう馬車の中で、そのことを少し思い出した。
あの時は、ただの異常事態だと思った。
だが、今でも何となく引っかかっている。
誰かが、死んだ魔物を動かしていた。
それが偶然のはずはない。
◇
森での討伐は、特に大きな問題なく終わった。
小型魔物が数体。
依頼書にあった範囲内だ。
ガイルが前に出て、セレナが動きを抑える。
ナディアは周囲を見ながら、抜けてくる魔物に備えていた。
俺も綻びの目で周囲を確認する。
今回は、妙な表示はない。
死んだ魔物が動いている様子もない。
◇
午後、王都へ戻り冒険者ギルドで依頼の報告を済ませる。
受付の職員は討伐証明を確認し、いつものように報酬の処理を始めた。
だが、途中で少しだけ表情を変えた。
「リオンさん、少しお時間をいただけますか」
俺はセレナたちと顔を見合わせた。
「何かありましたか」
職員は声を少し落とした。
「以前提出していただいた黒い魔石片の件です」
その一言で、空気が変わった。
セレナの表情が引き締まる。
ガイルも黙って受付を見る。
ナディアも、わずかに背筋を伸ばした。
「こちらへお願いします」
職員に案内され、俺たちはギルド内の応接室へ向かった。
◇
応接室には、すでに二人の大人が待っていた。
一人は、ギルドの幹部。
もう一人は、見覚えのない女性だった。
年齢は三十代くらいだろうか。
整えられた髪に、無駄のない服装。
机の上には、数枚の書類と小さな封筒が置かれている。
彼女は俺たちを見ると、静かに立ち上がった。
「王立研究所のリディア・フォルンです」
「リオン・ハルです」
俺たちも順に名乗る。
リディアは、机の上の封筒へ視線を落とした。
「以前、あなた方が王都西南の森で回収した黒い魔石片について、解析結果の一部がまとまりました」
ギルド幹部が続ける。
「完全な解析ではない。だが、冒険者ギルドとしても無視できない内容だったため、発見者である君たちにも共有することにした」
リディアは封筒から紙を取り出し、俺たちの前へ置いた。
表題には、こう書かれていた。
黒色魔石片に刻まれた死骸駆動術式について。
死骸駆動。
その言葉だけで、嫌な感じがした。
リディアが説明を始める。
「まず、あの魔石片は、魔物の体内で自然にできたものではありません」
セレナが小さく頷く。
「やはり、外から埋め込まれたものですか」
「はい。胸部付近に外部から埋め込まれていたと見て間違いありません」
俺は、あの中型魔物の胸を思い出す。
綻びの目が示した、異物。
あれは、間違っていなかった。
「魔石片の表面には、ごく小さな術式が刻まれていました。
かなり粗いものですが、目的ははっきりしています」
リディアは一度言葉を切った。
「死んだ魔物の肉体を、一時的に動かすための術式です」
部屋の中が静かになった。
ガイルが低く呟く。
「死んだ魔物を、動かす……」
「はい」
リディアは冷静に頷いた。
「生き返らせているわけではありません。
肉体に残った筋肉と骨格を、魔石片を核にして強引に動かしている。
そう考えるのが近いです」
ナディアの表情が少し曇る。
「だから、痛みに反応しなかったのですね」
「おそらく。すでに生命活動は停止していたのでしょう。
痛覚も、恐怖も、通常の反応もない。ただ、与えられた術式に従って動いていただけです」
セレナが書類を見る。
「胸部を破壊した瞬間に止まったのは、術式核が壊れたからですか」
「その通りです」
リディアは、俺たちを見る。
「あなた方が胸部を狙って止めた判断は、結果的に正しかったと言えます」
俺は少しだけ息を吐いた。
あの時は綻びの目で見えたから判断できた。
普通に戦っていたら、かなり厄介だったはずだ。
ギルド幹部が口を開く。
「問題は、これを誰が何のために森へ放ったのかだ」
重い声だった。
「王都西南の森の手前。街道にも近く、冒険者の出入りもある場所だ。
偶然そこへ出てきたとは考えにくい」
「試していた、ということですか」
俺が聞くと、ギルド幹部は頷いた。
「その可能性はある」
リディアも言った。
「魔石片の術式は、完成度が高いとは言えません。
長時間の駆動にも向かない。むしろ、試験的に動かしたものと見るべきです」
試験。
その言葉に、胸の奥が冷える。
あの森で、誰かが死んだ魔物を動かす実験をしていた。
そういうことになる。
「この術式は、王立研究所でも知られているものなんですか」
俺が聞くと、リディアは首を振った。
「少なくとも、一般的に共有されている術式ではありません。
死骸を動かすという発想自体は、古い禁術や軍事研究の記録に断片的に出てくることはあります。
ですが、今回の術式はそれらとも完全には一致しません」
「作れる人間は限られますか」
「はい。冒険者や一般的な魔法使いが、その場の思いつきで作れるものではありません」
セレナの表情が険しくなる。
「相応の魔法知識を持つ人物、ということですね」
「そう見ています」
リディアさんは書類を一枚めくった。
「今後、同じような魔物に遭遇した場合、可能であれば魔石片を破壊せず回収していただきたい。
ただし、無理はしないでください。危険を冒してまで回収する必要はありません」
ギルド幹部も続ける。
「君たちは学生でもある。異常な魔物を見つけたら、まずは戻って報告。
それで十分だ。追跡も独自調査も不要だ」
「分かりました」
俺は頷いた。
セレナが尋ねる。
「この件は学院にも共有されるのですか」
「はい」
リディアが答えた。
「王立学院にも報告を入れます」
◇
説明の後、リディアは簡易レポートの写しを俺たちに渡した。
本来なら学生に渡すものではないらしい。
だが、俺たちは発見者であり、報告者でもある。
セレナが紙面に目を通す。
「死骸駆動術式……」
その言葉を、静かに読み上げた。
便利な魔法ではない。
人を助けるための魔法でもない。
死んだ魔物を、もう一度動かす術式。
それが王都近くの森で試されていた。
俺は、福嶋亮太の本のことを一瞬だけ思い出した。
あの本に載っていた魔法とは違う。
亜空間収納や転移のような、理論の方向とも違う。
だが、学院で学んできた普通の魔法とも違う。
この世界には、俺がまだ知らない術式がいくつもある。
その中には、明らかに悪用を前提にしたものもあるのだ。
ギルド幹部が最後に言った。
「今回は王都西南の森だった。だが、同じようなものが別の森に現れないとは限らない」
その言葉に、俺はハル領の西に広がる森を思い浮かべた。
もし、あそこにこんなものが放たれたら。
村や街道に、死んだ魔物が現れたら。
想像しただけで、嫌な汗が出る。
◇
応接室を出た後、俺たちはギルドの食堂の端に座った。
誰もすぐには口を開かなかった。
最初に言ったのは、ガイルだった。
「死んだ魔物を動かす、か」
低い声だった。
「普通の魔物より、ずっと気味が悪いですね」
ナディアが静かに言う。
セレナはレポートを見ながら、眉を寄せていた。
「便利な魔法ではないわね。明らかに、誰かを傷つけるための術式だと思う」
「ああ」
俺も頷いた。
誰が。
何のために。
王都西南の森で、死んだ魔物を動かす実験をしていたのか。
まだ分からない。
だが、ただの異常な魔物ではなかった。
黒い魔石片。
死骸駆動術式。
胸の奥に、冷たいものが残った。