軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第198話 王立研究所からの連絡

三年Sクラスに入ってから、しばらく経った。

座学、応用課題、実戦演習。

その繰り返しの日々は、思っていた以上に忙しい。

三年の授業は、やはり一年Sクラスとは違う。

それでも、少しずつ慣れてきた。

最初は距離のあった三年生たちとも、今では自然に言葉を交わすことが増えている。

ライオネルも、以前ほど硬い表情でこちらを見ることは少なくなった。

完全に認められた、とはまだ言えない。

だが、同じ課題をこなし、同じ演習で動く中で、少しずつ三年Sクラスの空気の中に入っていけている。

そう感じていた。

その休日。

俺はセレナ、ガイル、ナディアと一緒に、冒険者ギルドへ向かった。

久しぶりの四人での冒険者活動だった。

「今日も森の手前だけにしよう」

俺が言うと、ガイルは短く頷いた。

「分かっている」

「本当に?」

セレナが少しだけ疑うように見る。

ガイルは真顔のまま答えた。

「分かっている」

その言い方に、ナディアが小さく笑った。

以前なら、ガイルはもう少し奥へ行きたそうにしていたかもしれない。

だが、今は違う。

三年Sクラスでの演習を通じて、目的を見失わないことの大切さは、ガイルにもかなり染み込んできている。

今日の目的は、あくまで軽い討伐依頼だ。

王都西南の森の手前に出る小型魔物の討伐。

以前、黒い魔石片を持った死んだ魔物が現れた森でもある。

森へ向かう馬車の中で、そのことを少し思い出した。

あの時は、ただの異常事態だと思った。

だが、今でも何となく引っかかっている。

誰かが、死んだ魔物を動かしていた。

それが偶然のはずはない。

森での討伐は、特に大きな問題なく終わった。

小型魔物が数体。

依頼書にあった範囲内だ。

ガイルが前に出て、セレナが動きを抑える。

ナディアは周囲を見ながら、抜けてくる魔物に備えていた。

俺も綻びの目で周囲を確認する。

今回は、妙な表示はない。

死んだ魔物が動いている様子もない。

午後、王都へ戻り冒険者ギルドで依頼の報告を済ませる。

受付の職員は討伐証明を確認し、いつものように報酬の処理を始めた。

だが、途中で少しだけ表情を変えた。

「リオンさん、少しお時間をいただけますか」

俺はセレナたちと顔を見合わせた。

「何かありましたか」

職員は声を少し落とした。

「以前提出していただいた黒い魔石片の件です」

その一言で、空気が変わった。

セレナの表情が引き締まる。

ガイルも黙って受付を見る。

ナディアも、わずかに背筋を伸ばした。

「こちらへお願いします」

職員に案内され、俺たちはギルド内の応接室へ向かった。

応接室には、すでに二人の大人が待っていた。

一人は、ギルドの幹部。

もう一人は、見覚えのない女性だった。

年齢は三十代くらいだろうか。

整えられた髪に、無駄のない服装。

机の上には、数枚の書類と小さな封筒が置かれている。

彼女は俺たちを見ると、静かに立ち上がった。

「王立研究所のリディア・フォルンです」

「リオン・ハルです」

俺たちも順に名乗る。

リディアは、机の上の封筒へ視線を落とした。

「以前、あなた方が王都西南の森で回収した黒い魔石片について、解析結果の一部がまとまりました」

ギルド幹部が続ける。

「完全な解析ではない。だが、冒険者ギルドとしても無視できない内容だったため、発見者である君たちにも共有することにした」

リディアは封筒から紙を取り出し、俺たちの前へ置いた。

表題には、こう書かれていた。

黒色魔石片に刻まれた死骸駆動術式について。

死骸駆動。

その言葉だけで、嫌な感じがした。

リディアが説明を始める。

「まず、あの魔石片は、魔物の体内で自然にできたものではありません」

セレナが小さく頷く。

「やはり、外から埋め込まれたものですか」

「はい。胸部付近に外部から埋め込まれていたと見て間違いありません」

俺は、あの中型魔物の胸を思い出す。

綻びの目が示した、異物。

あれは、間違っていなかった。

「魔石片の表面には、ごく小さな術式が刻まれていました。

かなり粗いものですが、目的ははっきりしています」

リディアは一度言葉を切った。

「死んだ魔物の肉体を、一時的に動かすための術式です」

部屋の中が静かになった。

ガイルが低く呟く。

「死んだ魔物を、動かす……」

「はい」

リディアは冷静に頷いた。

「生き返らせているわけではありません。

肉体に残った筋肉と骨格を、魔石片を核にして強引に動かしている。

そう考えるのが近いです」

ナディアの表情が少し曇る。

「だから、痛みに反応しなかったのですね」

「おそらく。すでに生命活動は停止していたのでしょう。

痛覚も、恐怖も、通常の反応もない。ただ、与えられた術式に従って動いていただけです」

セレナが書類を見る。

「胸部を破壊した瞬間に止まったのは、術式核が壊れたからですか」

「その通りです」

リディアは、俺たちを見る。

「あなた方が胸部を狙って止めた判断は、結果的に正しかったと言えます」

俺は少しだけ息を吐いた。

あの時は綻びの目で見えたから判断できた。

普通に戦っていたら、かなり厄介だったはずだ。

ギルド幹部が口を開く。

「問題は、これを誰が何のために森へ放ったのかだ」

重い声だった。

「王都西南の森の手前。街道にも近く、冒険者の出入りもある場所だ。

偶然そこへ出てきたとは考えにくい」

「試していた、ということですか」

俺が聞くと、ギルド幹部は頷いた。

「その可能性はある」

リディアも言った。

「魔石片の術式は、完成度が高いとは言えません。

長時間の駆動にも向かない。むしろ、試験的に動かしたものと見るべきです」

試験。

その言葉に、胸の奥が冷える。

あの森で、誰かが死んだ魔物を動かす実験をしていた。

そういうことになる。

「この術式は、王立研究所でも知られているものなんですか」

俺が聞くと、リディアは首を振った。

「少なくとも、一般的に共有されている術式ではありません。

死骸を動かすという発想自体は、古い禁術や軍事研究の記録に断片的に出てくることはあります。

ですが、今回の術式はそれらとも完全には一致しません」

「作れる人間は限られますか」

「はい。冒険者や一般的な魔法使いが、その場の思いつきで作れるものではありません」

セレナの表情が険しくなる。

「相応の魔法知識を持つ人物、ということですね」

「そう見ています」

リディアさんは書類を一枚めくった。

「今後、同じような魔物に遭遇した場合、可能であれば魔石片を破壊せず回収していただきたい。

ただし、無理はしないでください。危険を冒してまで回収する必要はありません」

ギルド幹部も続ける。

「君たちは学生でもある。異常な魔物を見つけたら、まずは戻って報告。

それで十分だ。追跡も独自調査も不要だ」

「分かりました」

俺は頷いた。

セレナが尋ねる。

「この件は学院にも共有されるのですか」

「はい」

リディアが答えた。

「王立学院にも報告を入れます」

説明の後、リディアは簡易レポートの写しを俺たちに渡した。

本来なら学生に渡すものではないらしい。

だが、俺たちは発見者であり、報告者でもある。

セレナが紙面に目を通す。

「死骸駆動術式……」

その言葉を、静かに読み上げた。

便利な魔法ではない。

人を助けるための魔法でもない。

死んだ魔物を、もう一度動かす術式。

それが王都近くの森で試されていた。

俺は、福嶋亮太の本のことを一瞬だけ思い出した。

あの本に載っていた魔法とは違う。

亜空間収納や転移のような、理論の方向とも違う。

だが、学院で学んできた普通の魔法とも違う。

この世界には、俺がまだ知らない術式がいくつもある。

その中には、明らかに悪用を前提にしたものもあるのだ。

ギルド幹部が最後に言った。

「今回は王都西南の森だった。だが、同じようなものが別の森に現れないとは限らない」

その言葉に、俺はハル領の西に広がる森を思い浮かべた。

もし、あそこにこんなものが放たれたら。

村や街道に、死んだ魔物が現れたら。

想像しただけで、嫌な汗が出る。

応接室を出た後、俺たちはギルドの食堂の端に座った。

誰もすぐには口を開かなかった。

最初に言ったのは、ガイルだった。

「死んだ魔物を動かす、か」

低い声だった。

「普通の魔物より、ずっと気味が悪いですね」

ナディアが静かに言う。

セレナはレポートを見ながら、眉を寄せていた。

「便利な魔法ではないわね。明らかに、誰かを傷つけるための術式だと思う」

「ああ」

俺も頷いた。

誰が。

何のために。

王都西南の森で、死んだ魔物を動かす実験をしていたのか。

まだ分からない。

だが、ただの異常な魔物ではなかった。

黒い魔石片。

死骸駆動術式。

胸の奥に、冷たいものが残った。