軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第2話 北倉庫の綻び

神殿から屋敷へ戻る馬車の中、父はほとんど口を開かなかった。

母だけが何とか明るく話題をつなごうとしていたが、空気は重いままだった。

俺は窓の外を見ながら、ずっと考えていた。

《保管庫鍵の私的利用》

《利益漏出経路:北倉庫》

もしあれが本当なら、このスキルは単なる人を見る目じゃない。

金の流れ、組織の腐り方まで見えている。

前世で俺が毎日向き合っていたもの、そのものだった。

屋敷に着くなり、父は寝室へ下がった。

母も付き添うと言って去る。

廊下に残った俺へ、バスクが恭しく頭を下げた。

「今日はお疲れでしょう、リオン様。どうぞお部屋でお休みを。北風が強くなっておりますゆえ、屋敷の外など出られませぬよう」

また、文字が浮かぶ。

《虚飾》

《接触制限の意図あり》

《北倉庫への接近を警戒》

確定だな。

「わかった」

素直にうなずき、バスクが去るのを見送る。

それから俺は、自分の部屋とは逆の方向へ歩き出した。

使用人通路の先。倉庫棟。

前世で中小企業を回していた俺は知っている。

帳簿をいじる人間は、現場の痕跡までは消しきれない。

数字は嘘をつく。

だが、物はもっと不器用だ。

北倉庫の前には、若い使用人の少女が一人立っていた。

「あ、リオン様……っ」

茶色い髪を後ろでまとめた、小柄な少女。

たしかミアという名前だ。

慌てて頭を下げる彼女へ、また文字が走る。

《恐怖:強》

《忠誠:安定》

《現職適性:補佐・記録》

《濡れ衣を着せられる可能性:高》

ほう。

「倉庫番か?」

「は、はい。見張りを……命じられております」

「誰に」

ミアは一瞬だけ戸惑い、それから小さな声で答えた。

「……バスク様に」

やっぱりか。

「中を見たい」

「えっ。でも、鍵は……」

「あるんだろ。見張りを命じるなら、開ける役も必要だ」

ミアは困った顔をしたが、やがて震える手で腰の小袋から鍵を出した。

重い扉が開く。

中には麦袋、塩樽、乾燥肉、保存用の豆。

領地を回すための物資が積まれていた。

そして、文字が一斉に浮かぶ。

《在庫に綻び》

《帳簿との差異あり》

《湿気損耗は偽装》

《真因:横流し》

《漏出率:二割超》

《主経路:塩・乾燥肉》

俺は静かに息を吐いた。

すごいな。

見えるだけじゃない。

かなり具体的だ。

だが、過去の《綻びの目》持ちが失敗した理由もわかる。

この表示だけでは足りないのだ。

見えた内容を、現実の証拠に落とし込めなければ意味がない。

俺には、その回路がある。

「ミア。最近、塩樽を運んだのは誰だ?」

「え……と、倉庫係のロドと、それから兵の人が二人……」

「今日じゃなくて、この三日で」

「三日、ですか?」

「そうだ。あと、湿気で傷んだって話は、いつから出てる?」

ミアは少し考えてから答えた。

「五日ほど前からです。でも、変なんです。雨は降っていないのに、急に北倉庫だけ傷みが増えたって……」

「樽を見せて」

俺は一番手前の塩樽にしゃがみ込んだ。

蓋の縄の締め方が、ほんの少しだけ違う。

右回しと左回しが混ざっている。

普通なら気づかない程度だ。

だが、前世で荷物や備品の不正持ち出しを何度も見た俺には覚えがある。開けた人間が違う。

床を見る。

樽を引きずった跡が二筋。片方は古い。もう片方は新しい。だが、新しい方だけが途中で不自然に薄くなっていた。

持ち上げ直したか、積み直してごまかしたか。

隣の乾燥肉の箱も確認する。

釘穴の位置がわずかにずれている。開けて詰め直した跡だ。

ポップアップがなくてもわかる。

いや、正確には逆だ。

ポップアップが「どこを見るべきか」を教えてくれるから、前世の知識で確定まで持っていけるのだ。

これまでの所有者たちは、たぶんここで終わっていた。

違和感を見つける。

口で訴える。

煙たがられて終わる。

だが、俺は違う。

数字を追える。

痕跡を拾える。

嘘のつき方を知っている。

「リオン様……?」

不安そうにミアが俺を見る。

俺は立ち上がり、薄暗い倉庫の中を見回した。

減っている物資。

ごまかされた損耗。

沈みかけの家。

その全部が、前世で一度なくしたものの続きのように見えた。

けれど、今度はまだ間に合う。

まだ綻びの段階だ。

破綻じゃない。

「ミア。このことは誰にも言うな。特にバスクには」

「……わかりました」

うなずく彼女を見ながら、俺ははっきり理解していた。

《綻びの目》がクズスキルと呼ばれてきたのは、間違っていない。

このスキルだけでは、何も変えられない。

見えるだけだ。

見えた綻びの意味を理解し、証拠にし、順番をつけ、切り、組み直す頭がなければ、ただ嫌われて終わる。

だが――俺には、そのための四十五年がある。

裏切りで潰れた会社。

資金繰り。

横流し。

責任逃れ。

笑顔で刺してくる人間。

全部、知っている。

全部、もう一度やれる。

廊下の窓の外には、荒れた畑が見えた。

痩せた土、傾いた柵、風に鳴る痩せ木。

ハル領そのものが、静かに悲鳴を上げているようだった。

その時、視界の端に、今度は領地そのものへ向けた文字が浮かぶ。

《破綻因子:徴税・水路・兵糧》

《利益漏出:大》

《改善余地:高》

《再建可能》

俺は思わず、笑った。

周囲が終わったと思った日に、俺だけが始まったとわかった。

「いいじゃないか」

小さく、誰にも聞こえない声で呟く。

「前の人生では遅すぎた。けど、今度は違う」

拳を握る。

「この目と、俺の知識で――ハル領を立て直す」