軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第17話 これはハル領のものだ

崩れた坑道の前で、土煙がようやく薄れていく。

俺は、助け出した若者の言葉を反芻していた。

「北村の連中は、まだ下の休み場にもいる。今日は上に出てきてねえやつが二人いる。」

まだいる。

しかも、別坑道に。

俺はシュリトラーを見た。

こいつの顔は、青輝石を見つけられた時より、今のほうがよほど悪い。

つまり、本当に隠したいのは――その先だ。

「ノル」

「はい」

「下の休み場まで行く。案内は、この人に頼む」

俺は、さっき助けた若者へ視線を向けた。

痩せてはいるが、目は死んでいない。

刺すような目で俺を見返してくる。

「名前は?」

「……エド」

「エド。歩ける?」

「おう、歩けるぞ」

「じゃあ、案内して」

エドは一瞬ためらった。

でも、横で青白く光る青輝石と、顔色を失っているシュリトラーを見て、短くうなずく。

「こっちだ」

別坑道の入口は、崩れた本坑道から少し離れた岩陰にあった。

木板と布で隠されていて、外から見ればただの資材置き場にしか見えない。

なるほど。これなら、表の採石場だけ見ても気づきにくい。

視界に文字が浮かぶ。

《地下休み場:通行可》

《右側支柱:不安定》

《奥に二名》

《帳簿保管の可能性:高》

よし。

「ミア、外で人数と木箱を見てて。誰も勝手に持ち出させないで」

「は、はい!」

「でも危なくなったらすぐ下がること」

「わかってます!」

ミアはもう、ただ怯えるだけの子じゃない。

帳面を抱えたまま、すぐに木箱のそばへ回り込んだ。

ノルとエドを連れて、俺は狭い通路を下る。

中は冷えていて、空気が悪い。普通の土埃だけじゃない。喉の奥に嫌なざらつきが残る。

少し進むと、薄暗い空間に出た。

そこが休み場だった。

といっても、休めるような場所じゃない。

粗い木の台が二つ、汚れた毛布がいくつか、水瓶が一つ。

そして、壁にもたれて座っている若者が二人。

一人は腕に布を巻いている。

もう一人は咳き込みながら顔を上げた。

「……誰だ」

「ハル家のリオン・ハルだよ」

そう名乗ると、二人とも目を見開いた。

「坊ちゃん……?」

「何でこんなところに……」

エドが短く言う。

「上が崩れた。こいつが止めた」

それだけで十分だったらしい。

二人の顔に、信じきれないものを見る色が浮かぶ。

「立てる?」

腕に怪我をした若者が歯を食いしばる。

「なんとか」

「名前は?」

「カイル」

「俺はロブ……」

ロブは咳をしながら答えた。

視界に浮かぶ。

《青輝石接触による衰弱》

《過労》

《栄養不足》

《至急休養推奨》

やっぱりだ。

ただ働かされているだけじゃない。石のせいでも削られている。

その時、休み場の奥に並んだ木箱が目に入った。

青い光が、布の隙間から漏れている。

その横には、帳面が二冊。

視界が反応した。

《採掘記録》

《人員名簿》

《出荷先記録》

《重要証拠》

当たりだ。

「ノル、その帳面と木箱、押さえて」

「承知」

ノルが帳面を手に取る。

ざっと見ただけで眉が動いた。

「……かなり黒いですな」

「あとで読む。今は出る」

ここで長居したくない。

崩れた本坑道の余震が来れば、この休み場だって安全じゃない。

「エド、カイルを。ノル、ロブを頼める?」

「はい」

「任せろ」

俺は木箱を一つ抱えた。重い。

だが、これを置いていくわけにはいかない。

地上へ戻った時、石切り場の空気は完全に変わっていた。

ミアが木箱の前に立ち、必死に見張っている。

若者たちはこちらを見ている。

見張りの男たちは、もうさっきまでの威圧感を失っていた。

シュリトラーだけが、まだ取り繕おうとしていた。

「勝手に中まで入るとは、ずいぶん乱暴だ」

「乱暴なのはそっちだよ」

俺は木箱を地面へ置いた。

中の青輝石が青く光る。

「地下休み場。負傷者。採掘記録。全部あった」

ノルが帳面を開き、淡々と読み上げる。

「青輝石、一級六箱。二級九箱。出荷先、ベルク商会本店経由、グレイヴ侯爵家家令宛」

周囲がざわめいた。

「侯爵家……?」

「そんな大物が……」

「じゃあ、ずっと本当に……」

シュリトラーの顔から、とうとう余裕が消えた。

「帳面の真偽もわからぬうちから、好き勝手に――」

「真偽はあとで王都に出せばいい」

俺は遮った。

「でも、今この場で一つだけはっきりしてることがある」

俺は青輝石の箱、崩れた坑道、若者たち、そしてシュリトラーを順に見た。

「ここはもう、お前の石切り場じゃない」

静まり返る。

石切り場の全員が、俺を見ている。

「ここはハル領だ。ハル領で出た青輝石だ。なのに領主家への報告はない。国への届け出もない。しかも村の若者を借金で縛って危険な坑道に入れてた」

一歩、前へ出る。

「だから、シュリトラー。お前の管理権は、この場で 剥奪(はくだつ) する」

その言葉は、自分でも驚くほどよく通った。

「ノル」

「はい」

「石切り場の出入りを止めて。青輝石、木箱、帳面、荷札、全部押さえる」

「承知いたしました」

「ミア」

「はい!」

「ここにいる若者の名前、出身の村、怪我の有無を書いて」

「はい!」

ミアは震えながらも、声は強かった。

いい。流れはこっちだ。

シュリトラーが一歩踏み出す。

「待て! そんなことをして、ただで済むと思うな!」

「ただで済まないのはそっちだよ」

俺は言い切った。

「違法採掘、未届け出、強制労働。しかも青輝石だ。国が聞けば、お前の言い逃れのほうが難しい」

シュリトラーは歯を剥いた。

「子どもが……! 商いを何もわからんくせに!」

「わかるよ」

俺は若者たちを見た。

「人を使い潰して儲けるのは、商いじゃない」

エドが、小さく息を呑む。

カイルもロブも、黙ってこっちを見ていた。

「今日から、借金のカタでここに縛るのは終わりだ」

今度は若者たちのほうがざわついた。

「……終わり?」

「じゃあ、帰れるのか……?」

「俺たち、本当に……?」

「帰りたいやつは帰っていい」

はっきり言う。

「村に戻りたいなら戻れ。家族のところへ帰っていい」

誰もすぐには信じられない顔をしている。

そりゃそうだ。

だから、もう一歩踏み込む。

「残りたいなら残ってもいい。でも条件は全部変える」

俺は青輝石の箱を叩いた。

「この石は、父上が王都へ正式に申請する。青輝石の採掘権は、ハル家が正規に持つ」

ざわめきがさらに大きくなる。

「無届けのまま隠して売るのは終わり。採るなら正式に採る。その時は賃金を払う。休みも安全も見直す。借金で縛ることはしない」

これは宣言だ。

まだ全部が確定したわけじゃない。

でも、ここで言うことが大事だった。

ハル領は、奪われた石を取り返すだけじゃない。

この石を、ちゃんと領地の利益に変える。

シュリトラーが吐き捨てる。

「……グレイヴ侯爵家を敵に回す気か」

来た。

俺は少しも引かない。

「違う」

「何?」

「勝手にうちの領地で掘って、うちの人を使って、うちの利益を持っていったやつが敵なんだよ」

シュリトラーの口が歪む。

「後悔するぞ」

「先にするのは、お前のほうだと思う」

ノルがその横で、静かに付け足した。

「石切り場は本日より、ハル子爵家の直轄管理とします。ベルク商会の者は、無断で石一つ持ち出せません」

見張りの男たちは、もう誰も前へ出なかった。

シュリトラーを見ても、俺たちを見ても、どう動けばいいかわからない顔だ。

流れが変わったのを、全員が理解していた。

俺はエドに向き直る。

「北村に帰る?」

エドは少し黙ってから答えた。

「……帰りたい」

「わかった」

次にカイルとロブを見る。

「二人は?」

「俺も帰る」

「……少し休んでから、考えたい」

「それでいい」

どっちでもいいんだ。

大事なのは、自分で決められることだ。

借金に押し流されるんじゃなくて。

その時、石切り場の外から馬の音がした。

屋敷から追加で来た兵たちだ。

ミアがほっとした顔をする。

ノルも、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。

間に合ったな。

俺は最後にもう一度、崩れた坑道と青輝石を見た。

ここはずっと、誰かの金儲けの穴だった。

でも今日で終わりだ。

「まずは全員、飯を食わせて休ませよう」

ミアが顔を上げる。

「ここで、ですか?」

「うん。帰すにしても残るにしても、話はそれからだ」

エドが、今度は少しだけ違う目で俺を見た。

まだ信用ではない。

でも、最初の拒絶とも違う。

それでいい。

石切り場の風は相変わらず乾いていた。

けれど、その空気の中に、ようやく別の匂いが混じり始めている気がした。

奪われていたものを、取り返した時の匂いだ。