軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第128話 勝つための役目

翌朝のホームルームで、ローヴェン先生は文化祭についてさらに細かい説明をした。

「昨日も言った通り、文化祭は学院の年間行事の中でも最大級のイベントだ。前に言い忘れたが、今回は各クラスの出し物に対して、来場者投票、売上、運営の安定度、その三つを総合して評価が出る」

教室の空気が、ぴんと張る。

ただ店を出すだけではない。

勝敗がつく。

「最優秀クラスには学院長賞が与えられる。利益は寄付に回るが、だからといって勝負にならないわけではない。どうせやるなら、胸を張れる形にしろ」

そこまで聞いた瞬間、クラスの空気が変わった。

「学院長賞か」

「どうせなら取りたいな」

「Sクラスで負けたくはないよな」

そんな声が小さく上がる。

俺も窓際から教室を見回した。

昨日までは「何を出すか」の話だった。

でも今日からは違う。

どう勝つか。

そこまで考えなければならない。

昼休み、食堂へ向かう途中だった。

廊下の曲がり角で、見覚えのある大きな影が道を塞ぐように立っていた。

ガレス・グレイヴだ。

取り巻きが二人、その後ろにいる。

「聞いたぞ」

ガレスが口の端を吊り上げる。

「Sクラス、文化祭は芋屋らしいな」

後ろの取り巻きが、わかりやすく吹き出した。

「芋屋、ねえ」

「文化祭でやることにしては地味すぎないか?」

ヴィクトルが隣で露骨に顔をしかめる。

「面倒なのが来たな」

俺は立ち止まった。

「何か用か」

「別に?」

ガレスは肩をすくめる。

「ただ、学院長賞を狙うって話なら、少し現実を教えてやろうと思ってな」

ガレスが一歩だけ近づく。

「文化祭ってのは、目を引いた方が勝つんだよ。派手さも見栄えもない芋屋が、来場者投票で勝てると思うのか?」

その口ぶりで、だいたい察しがつく。

向こうも飲食で来るのだろう。

「そちらのクラスは、もう決まっているの?」

セレナが冷たく聞く。

ガレスが鼻で笑う。

「もちろんだ。うちは肉を使った料理でいく。香りも見た目も強い。来た客が最初に足を止めるのは、間違いなくうちだ」

なるほど。

わかりやすく強い案だ。

たしかに、文化祭の客受けだけで見れば悪くない。

「せいぜい頑張れよ」

ガレスは最後に俺を見た。

「文化祭でまで、まぐれが通じるとは思わないことだ」

そう言って去っていく背中を見送りながら、クラスの何人かが顔を曇らせた。

「……肉料理、強そうだな」

「正直、見た目では負けるかもしれない」

「芋だけで本当にいけるのか?」

その空気を感じながら、俺は歩き出した。

ガレスの言い方は気に入らない。

だが、言っている内容の一部は現実だ。

芋とバターは強い。

けれど、強い商品と勝てる店は同じじゃない。

その日の放課後。

俺たちは再び文化祭準備のために調理室へ集まっていた。

昨日の試食で、芋とバターを主役にすることは決まった。

だが、まだ何も完成していない。

「一回、実際に回してみよう」

ガイルが言った。

「口で言っていてもわからない。店として出した時にどこで詰まるか見た方が早い」

「模擬営業ってこと?」

ナディアが聞く。

「そうだ」

ガイルは頷く。

「半分が客役、半分が店側。注文から受け渡しまで一度流してみる」

異論は出なかった。

むしろ、やるべきだと皆わかっていたのだと思う。

机を並べ替え、簡単なカウンターを作る。

じゃがいもは用意済みだ。

昨日と同じように、芋を温め、割り、バターと塩、青葉草を乗せる。

最初の客役が並ぶ。

「じゃあ、始めるぞ」

ガイルの声で、模擬営業が始まった。

――そして、すぐに崩れた。

「えっと、注文は……」

「先に会計?」

「いや、受け渡しが先じゃないのか?」

「バターが足りない!」

「青葉草、どこだ?」

「ちょっと待って、包む紙が――」

芋を割る役が遅れる。

仕上げる役が重なる。

会計と受け渡しが同じ場所でぶつかる。

客役がどこに並べばいいのかわからず、入口で詰まる。

「遅いな」

「これ、本番なら列が伸びるぞ」

「次、まだ?」

客役の生徒たちからも遠慮のない声が飛ぶ。

調理室の中は、あっという間にぎくしゃくした。

商品そのものは強い。

だが、店としては話にならない。

十分も経たないうちに、全員がそれを思い知った。

「……だめだな」

ヴィクトルが額を押さえる。

「味はいい。でもこのままだと絶対に回らない」

「包み方も時間がかかりすぎるわ」

セレナが言う。

「見栄えを気にしすぎると止まる」

「呼び込みも弱い」

ガイルが周囲を見る。

「客がどこへ並ぶのかも曖昧だ」

調理台の前に沈黙が落ちた。

そこで誰かが、小さく言った。

「やっぱり、芋屋じゃ地味なんじゃないか」

別の誰かも続く。

「味はよかったけど、勝てる感じはしない」

「ガレスの言う通り、派手さで押されるかも」

空気が、少しだけ下がる。

そこにあるのは、じゃがいもへの失望ではない。

このままでは勝てないという実感だった。

俺はその様子を見ながら、小さく息を吐いた。

そうだ。

問題は芋じゃない。

問題は――。

「違う」

自分でも思ったよりはっきりした声が出た。

全員の視線が集まる。

「芋が弱いんじゃない」

俺は言う。

「俺たちが、まだ店になってない」

調理室が静まる。

「商品はもう見えてる。問題は、どこで止まるかを潰せてないことだ」

俺はさっきまでの流れを頭の中で並べ直す。

「会計が詰まった。受け渡しも詰まった。仕上げも一か所に集まりすぎた。客がどこに並べばいいかも曖昧だった」

一つずつ指を折っていく。

「つまり、前に立つ役ばかり見ていて、店を止めない役が軽かったんだ」

「……それはあるな」

ヴィクトルが腕を組む。

「会計が遅いと全部死ぬ。そこを甘く見てた」

「列整理も必要だ」

ガイルがすぐに続く。

「客が迷った時点で、入口が詰まる」

「包み方も変えた方がいいわね」

セレナが言う。

「きれいに見せたいけど、飾りを足すほど遅くなる。簡潔で、でも雑に見えない形にしないと」

「最初にお声がけする方も必要です」

ナディアが静かに言う。

「何があるのか、どこへ並べばよいのか、それがすぐに伝わるだけで、お客様はずっと安心できます」

エドガーが壁際から一歩だけ前に出た。

「前に立つ者が偉いわけじゃない」

静かな声だった。

「店を止めない者を優先するべきだ」

その一言で、空気が変わった。

目立つ役。

かっこよく見える役。

前で客と話す役。

そういうものに目が向いていたのは確かだ。

でも、勝つために必要なのはそこだけじゃない。

「役割を決め直そう」

俺は言った。

「今度は“目立つかどうか”じゃなく、“どこが止まるか”で考える」

そこからは早かった。

誰が何に向いているかは、実際に一度やってみたからこそ見えた。

「リオンは調理場」

ヴィクトルが即答する。

「味のぶれを抑えられるの、やっぱりそこだろ」

「異論なしね」

セレナが頷く。

「リオンは作る側にいた方がいい」

「セレナは受け渡しと見せ方だ」

ガイルが言う。

「包み方と出し方を最終的に整える場所にいてほしい」

「ええ、それは私もそう思う」

セレナはすぐに受けた。

「雑に見せるつもりはないわ」

「ヴィクトルは会計だな」

俺が言う。

「値段の見せ方も、客の回し方もわかってる」

「妥当だな」

ヴィクトルが笑う。

「そこは任せろ」

「ガイルは列整理と全体の流れ」

エドガーが短く言う。

「人の動きを一番見ていた」

「了解」

「ナディアさんは案内と接客」

俺が言うと、ナディアは少しだけ驚いてから頷いた。

「来た人が安心して買える空気を作ってほしい」

「わかりました」

ナディアはやわらかく微笑む。

「頑張ります」

「エドガーは?」

誰かが聞いた。

そこで一瞬、全員の視線が集まる。

エドガーは少しだけ考えてから言った。

「全体を見る」

それだけだった。

だが、それで十分だった。

現場のどこかが詰まれば入る。

足りないところへ動く。

騒ぎが起きれば締める。

たしかに、それが一番合っている。

残りの生徒たちも、芋の準備、補充、包装、飲み物、交代要員と、細かく役割を振り直していく。

二十人全員が同時に表へ立つ必要はない。

午前、昼のピーク、午後でシフトを組めばいい。

そこもすぐにまとまった。

「もう一回やるぞ」

ガイルが言う。

今度は、さっきより全員の声がはっきりしていた。

二回目の模擬営業は、明らかに違った。

「こちらへどうぞ」

ナディアがやわらかく客役を迎える。

「定番と香草多め、塩強めの三種類があります」

客役の生徒が迷う前に説明が入る。

それだけで入口の空気が変わる。

「注文こっち! 会計済んだら右ね」

ヴィクトルが声を張る。

「銅貨3枚、次どうぞ!」

速い。

しかも、妙に気持ちがいい。

「列、壁沿いで頼む! 受け取りは前を空けろ!」

ガイルが店の外側で流れを整える。

調理台のこちら側では、俺が芋を割り、バターを乗せる。

横では補助役が塩と青葉草を渡してくる。

セレナが最終の包みを整え、受け渡す。

「はい、熱いので気をつけて」

その一言だけで、素っ気なさが消える。

さっきまで詰まっていた場所が、今度は不思議なくらい流れた。

「……全然違うな」

客役だった生徒が思わず言う。

「さっきよりずっと店っぽい」

「店だからな」

ヴィクトルが笑う。

数巡したところで、ガイルが手を上げた。

「止める。十分だ」

全員の動きが止まる。

調理室の空気は、最初の模擬営業の時とはもう別物だった。

「いけるな」

ガイルが短く言う。

「ええ」

セレナも頷いた。

「まだ詰めるところはあるけど、これならちゃんと勝負になるわ」

「味で負けないだけじゃなく、回り方でも負けない」

ヴィクトルが言う。

「これなら張り合える」

ナディアはほっとしたように息をついた。

「最初に比べると、本当に違います」

エドガーが最後に全体を見て、静かに言う。

「これでようやく、戦える形になった」

その言葉が、いちばんしっくりきた。

芋とバターは、昨日すでに強かった。

でも今日はじめて、勝負に出せる店になったのだ。

調理室を出ようとした時だった。

扉の向こう、廊下の先にガレスの姿が見えた。

どうやら途中から見ていたらしい。

目が合う。

ガレスはいつものように鼻で笑おうとして、だが少しだけ口元を止めた。

「……ずいぶん楽しそうじゃないか」

「そっちこそ」

ヴィクトルが言い返す。

「見学でもしてたのか?」

「勘違いするな」

ガレスはすぐに顔を歪めた。

「芋屋がどれだけ必死に工夫しても、所詮は芋屋だ」

そう言い捨てる。

だが、その声にはさっきまでほどの余裕はなかった。

俺は静かに答えた。

「文化祭当日に見ればわかるよ」

ガレスの目が細くなる。

数秒、沈黙。

やがて、ガレスは小さく舌打ちして背を向けた。

「……せいぜい、足掻くんだな」

去っていく背中を見送りながら、調理室の中にいた何人かが小さく息を吐いた。

「今の、ちょっと効いてたんじゃないか?」

ヴィクトルが笑う。

「少なくとも余裕はなかったわね」

セレナが言う。

俺は何も言わず、さっきまでの台をもう一度見た。

芋。

バター。

青葉草。

素朴なものだ。

でも、役目が噛み合えば、店になる。

店になったなら、勝負になる。

文化祭はまだ先だ。

けれど、勝負そのものは、もう始まっていた