作品タイトル不明
第128話 勝つための役目
翌朝のホームルームで、ローヴェン先生は文化祭についてさらに細かい説明をした。
「昨日も言った通り、文化祭は学院の年間行事の中でも最大級のイベントだ。前に言い忘れたが、今回は各クラスの出し物に対して、来場者投票、売上、運営の安定度、その三つを総合して評価が出る」
教室の空気が、ぴんと張る。
ただ店を出すだけではない。
勝敗がつく。
「最優秀クラスには学院長賞が与えられる。利益は寄付に回るが、だからといって勝負にならないわけではない。どうせやるなら、胸を張れる形にしろ」
そこまで聞いた瞬間、クラスの空気が変わった。
「学院長賞か」
「どうせなら取りたいな」
「Sクラスで負けたくはないよな」
そんな声が小さく上がる。
俺も窓際から教室を見回した。
昨日までは「何を出すか」の話だった。
でも今日からは違う。
どう勝つか。
そこまで考えなければならない。
◇
昼休み、食堂へ向かう途中だった。
廊下の曲がり角で、見覚えのある大きな影が道を塞ぐように立っていた。
ガレス・グレイヴだ。
取り巻きが二人、その後ろにいる。
「聞いたぞ」
ガレスが口の端を吊り上げる。
「Sクラス、文化祭は芋屋らしいな」
後ろの取り巻きが、わかりやすく吹き出した。
「芋屋、ねえ」
「文化祭でやることにしては地味すぎないか?」
ヴィクトルが隣で露骨に顔をしかめる。
「面倒なのが来たな」
俺は立ち止まった。
「何か用か」
「別に?」
ガレスは肩をすくめる。
「ただ、学院長賞を狙うって話なら、少し現実を教えてやろうと思ってな」
ガレスが一歩だけ近づく。
「文化祭ってのは、目を引いた方が勝つんだよ。派手さも見栄えもない芋屋が、来場者投票で勝てると思うのか?」
その口ぶりで、だいたい察しがつく。
向こうも飲食で来るのだろう。
「そちらのクラスは、もう決まっているの?」
セレナが冷たく聞く。
ガレスが鼻で笑う。
「もちろんだ。うちは肉を使った料理でいく。香りも見た目も強い。来た客が最初に足を止めるのは、間違いなくうちだ」
なるほど。
わかりやすく強い案だ。
たしかに、文化祭の客受けだけで見れば悪くない。
「せいぜい頑張れよ」
ガレスは最後に俺を見た。
「文化祭でまで、まぐれが通じるとは思わないことだ」
そう言って去っていく背中を見送りながら、クラスの何人かが顔を曇らせた。
「……肉料理、強そうだな」
「正直、見た目では負けるかもしれない」
「芋だけで本当にいけるのか?」
その空気を感じながら、俺は歩き出した。
ガレスの言い方は気に入らない。
だが、言っている内容の一部は現実だ。
芋とバターは強い。
けれど、強い商品と勝てる店は同じじゃない。
◇
その日の放課後。
俺たちは再び文化祭準備のために調理室へ集まっていた。
昨日の試食で、芋とバターを主役にすることは決まった。
だが、まだ何も完成していない。
「一回、実際に回してみよう」
ガイルが言った。
「口で言っていてもわからない。店として出した時にどこで詰まるか見た方が早い」
「模擬営業ってこと?」
ナディアが聞く。
「そうだ」
ガイルは頷く。
「半分が客役、半分が店側。注文から受け渡しまで一度流してみる」
異論は出なかった。
むしろ、やるべきだと皆わかっていたのだと思う。
机を並べ替え、簡単なカウンターを作る。
じゃがいもは用意済みだ。
昨日と同じように、芋を温め、割り、バターと塩、青葉草を乗せる。
最初の客役が並ぶ。
「じゃあ、始めるぞ」
ガイルの声で、模擬営業が始まった。
――そして、すぐに崩れた。
「えっと、注文は……」
「先に会計?」
「いや、受け渡しが先じゃないのか?」
「バターが足りない!」
「青葉草、どこだ?」
「ちょっと待って、包む紙が――」
芋を割る役が遅れる。
仕上げる役が重なる。
会計と受け渡しが同じ場所でぶつかる。
客役がどこに並べばいいのかわからず、入口で詰まる。
「遅いな」
「これ、本番なら列が伸びるぞ」
「次、まだ?」
客役の生徒たちからも遠慮のない声が飛ぶ。
調理室の中は、あっという間にぎくしゃくした。
商品そのものは強い。
だが、店としては話にならない。
十分も経たないうちに、全員がそれを思い知った。
「……だめだな」
ヴィクトルが額を押さえる。
「味はいい。でもこのままだと絶対に回らない」
「包み方も時間がかかりすぎるわ」
セレナが言う。
「見栄えを気にしすぎると止まる」
「呼び込みも弱い」
ガイルが周囲を見る。
「客がどこへ並ぶのかも曖昧だ」
調理台の前に沈黙が落ちた。
そこで誰かが、小さく言った。
「やっぱり、芋屋じゃ地味なんじゃないか」
別の誰かも続く。
「味はよかったけど、勝てる感じはしない」
「ガレスの言う通り、派手さで押されるかも」
空気が、少しだけ下がる。
そこにあるのは、じゃがいもへの失望ではない。
このままでは勝てないという実感だった。
俺はその様子を見ながら、小さく息を吐いた。
そうだ。
問題は芋じゃない。
問題は――。
「違う」
自分でも思ったよりはっきりした声が出た。
全員の視線が集まる。
「芋が弱いんじゃない」
俺は言う。
「俺たちが、まだ店になってない」
調理室が静まる。
「商品はもう見えてる。問題は、どこで止まるかを潰せてないことだ」
俺はさっきまでの流れを頭の中で並べ直す。
「会計が詰まった。受け渡しも詰まった。仕上げも一か所に集まりすぎた。客がどこに並べばいいかも曖昧だった」
一つずつ指を折っていく。
「つまり、前に立つ役ばかり見ていて、店を止めない役が軽かったんだ」
「……それはあるな」
ヴィクトルが腕を組む。
「会計が遅いと全部死ぬ。そこを甘く見てた」
「列整理も必要だ」
ガイルがすぐに続く。
「客が迷った時点で、入口が詰まる」
「包み方も変えた方がいいわね」
セレナが言う。
「きれいに見せたいけど、飾りを足すほど遅くなる。簡潔で、でも雑に見えない形にしないと」
「最初にお声がけする方も必要です」
ナディアが静かに言う。
「何があるのか、どこへ並べばよいのか、それがすぐに伝わるだけで、お客様はずっと安心できます」
エドガーが壁際から一歩だけ前に出た。
「前に立つ者が偉いわけじゃない」
静かな声だった。
「店を止めない者を優先するべきだ」
その一言で、空気が変わった。
目立つ役。
かっこよく見える役。
前で客と話す役。
そういうものに目が向いていたのは確かだ。
でも、勝つために必要なのはそこだけじゃない。
「役割を決め直そう」
俺は言った。
「今度は“目立つかどうか”じゃなく、“どこが止まるか”で考える」
◇
そこからは早かった。
誰が何に向いているかは、実際に一度やってみたからこそ見えた。
「リオンは調理場」
ヴィクトルが即答する。
「味のぶれを抑えられるの、やっぱりそこだろ」
「異論なしね」
セレナが頷く。
「リオンは作る側にいた方がいい」
「セレナは受け渡しと見せ方だ」
ガイルが言う。
「包み方と出し方を最終的に整える場所にいてほしい」
「ええ、それは私もそう思う」
セレナはすぐに受けた。
「雑に見せるつもりはないわ」
「ヴィクトルは会計だな」
俺が言う。
「値段の見せ方も、客の回し方もわかってる」
「妥当だな」
ヴィクトルが笑う。
「そこは任せろ」
「ガイルは列整理と全体の流れ」
エドガーが短く言う。
「人の動きを一番見ていた」
「了解」
「ナディアさんは案内と接客」
俺が言うと、ナディアは少しだけ驚いてから頷いた。
「来た人が安心して買える空気を作ってほしい」
「わかりました」
ナディアはやわらかく微笑む。
「頑張ります」
「エドガーは?」
誰かが聞いた。
そこで一瞬、全員の視線が集まる。
エドガーは少しだけ考えてから言った。
「全体を見る」
それだけだった。
だが、それで十分だった。
現場のどこかが詰まれば入る。
足りないところへ動く。
騒ぎが起きれば締める。
たしかに、それが一番合っている。
残りの生徒たちも、芋の準備、補充、包装、飲み物、交代要員と、細かく役割を振り直していく。
二十人全員が同時に表へ立つ必要はない。
午前、昼のピーク、午後でシフトを組めばいい。
そこもすぐにまとまった。
「もう一回やるぞ」
ガイルが言う。
今度は、さっきより全員の声がはっきりしていた。
◇
二回目の模擬営業は、明らかに違った。
「こちらへどうぞ」
ナディアがやわらかく客役を迎える。
「定番と香草多め、塩強めの三種類があります」
客役の生徒が迷う前に説明が入る。
それだけで入口の空気が変わる。
「注文こっち! 会計済んだら右ね」
ヴィクトルが声を張る。
「銅貨3枚、次どうぞ!」
速い。
しかも、妙に気持ちがいい。
「列、壁沿いで頼む! 受け取りは前を空けろ!」
ガイルが店の外側で流れを整える。
調理台のこちら側では、俺が芋を割り、バターを乗せる。
横では補助役が塩と青葉草を渡してくる。
セレナが最終の包みを整え、受け渡す。
「はい、熱いので気をつけて」
その一言だけで、素っ気なさが消える。
さっきまで詰まっていた場所が、今度は不思議なくらい流れた。
「……全然違うな」
客役だった生徒が思わず言う。
「さっきよりずっと店っぽい」
「店だからな」
ヴィクトルが笑う。
数巡したところで、ガイルが手を上げた。
「止める。十分だ」
全員の動きが止まる。
調理室の空気は、最初の模擬営業の時とはもう別物だった。
「いけるな」
ガイルが短く言う。
「ええ」
セレナも頷いた。
「まだ詰めるところはあるけど、これならちゃんと勝負になるわ」
「味で負けないだけじゃなく、回り方でも負けない」
ヴィクトルが言う。
「これなら張り合える」
ナディアはほっとしたように息をついた。
「最初に比べると、本当に違います」
エドガーが最後に全体を見て、静かに言う。
「これでようやく、戦える形になった」
その言葉が、いちばんしっくりきた。
芋とバターは、昨日すでに強かった。
でも今日はじめて、勝負に出せる店になったのだ。
◇
調理室を出ようとした時だった。
扉の向こう、廊下の先にガレスの姿が見えた。
どうやら途中から見ていたらしい。
目が合う。
ガレスはいつものように鼻で笑おうとして、だが少しだけ口元を止めた。
「……ずいぶん楽しそうじゃないか」
「そっちこそ」
ヴィクトルが言い返す。
「見学でもしてたのか?」
「勘違いするな」
ガレスはすぐに顔を歪めた。
「芋屋がどれだけ必死に工夫しても、所詮は芋屋だ」
そう言い捨てる。
だが、その声にはさっきまでほどの余裕はなかった。
俺は静かに答えた。
「文化祭当日に見ればわかるよ」
ガレスの目が細くなる。
数秒、沈黙。
やがて、ガレスは小さく舌打ちして背を向けた。
「……せいぜい、足掻くんだな」
去っていく背中を見送りながら、調理室の中にいた何人かが小さく息を吐いた。
「今の、ちょっと効いてたんじゃないか?」
ヴィクトルが笑う。
「少なくとも余裕はなかったわね」
セレナが言う。
俺は何も言わず、さっきまでの台をもう一度見た。
芋。
バター。
青葉草。
素朴なものだ。
でも、役目が噛み合えば、店になる。
店になったなら、勝負になる。
文化祭はまだ先だ。
けれど、勝負そのものは、もう始まっていた