軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6 デートを邪魔するなんて野暮すぎる

エリックとの食事を終えるとマリアナは預けていたジャケットを店員の手を借りて羽織る。

「君はその茜色のワンピースがよく似合うね」

エリックは自然に褒めた。

「こちらはモリーのお店で働くナッティという男の子が選んでくれましたの。こんな色は今まで着たことありませんでしたが意外と私も好きでした」

「モリーの店はセンスが良いからね。彼女は多才だよ。今度良かったら今日付き合ってくれたお礼に服をプレゼントさせてくれないか?」

初めての食事を奢ってくれ、プレゼントしたいという申し出……まるでデートではないか!

とマリアナの頬は思いっきり緩む。

だが、自分の立場を忘れきれるほど浮かれられないのがマリアナだ。

フワリと微笑んだまま眉尻を下げた。

「嬉しいですけど遠慮しておきます。甘えられない性分で恥ずかしいんですけど、私はまだ……そういうことはキチンとしておきたくて」

そう言うとエリックは分かっているよ、と言った感じでニコッと微笑んだ。

「君はやっぱりキチンとしているんだ。

そうだね、今からいくらでもその機会は巡ってくると期待して今は保留にしておこう。気持ちも落ち着かないだろうし。外にその原因の彼も居るみたいだし……」

エリックが向けた指先は外の通りに向いている。

「え?」

そう言って振り返ると表通りから二十歩離れた場所にヴァレンタインが立っていた。

騎士団の外套を肩からかけ、下は私服のシャツとスラックス姿のまま無言でエリックを睨みつけている。

(こ、怖っ!!)

マリアナがヴァレンタインを正面から見たのは一か月半振りだろうか?

ほんの少しだが、頬も痩けたように見える。

2人は馬丁に待機するように頼み、エリックは表通りのヴァレンタインの近くへと歩み寄った。

「こんばんは。ヴァレンタイン・ブラックホルム殿……かな?私は王宮で法務部に所属しているエリック・レジロンティです」

エリックがマリアナの肩を少しだけ自分に寄せて声を掛けた。

ヴァレンタインは自分の名前が呼ばれたことに驚いて瞠目する。

「な、なんで俺の、私の名前をご存知なのですか?」

「貴方は有名ですからね。昔から社交クラブの女性にいつも騒がれていたので…

私も王宮に勤めていますからあのクラブには何度か足は運んでいたんです。酒場の女性たちは貴方がくるとキャアキャア騒ぐから自然に覚えました」

ヴァレンタインは苦虫を噛み潰したような顔を真っ赤に染めた。

『君は酒場の女の子たちといつも騒いでいたから有名人なんだよ』と暗に揶揄しているのだ。

ヴァレンタインはマリアナの前で自分が遊び歩いていた日があることを言われ怒りで目の前がチカチカとした。

エリックもデートを邪魔された苛立ちから意識的に小さな報復の言葉を投げつけたのだが、それは覿面に利いたようだ。

「マリアナ話がある」

ヴァレンタインは気不味さを誤魔化すようにエリックを無視してマリアナに目線を合わせた。

(この人は私との約束を忘れているのかしら?心が落ち着くまでお互い話をしないって決めたのに…やっと一月過ぎたくらいよ?それとも婚約の解消を決断できたのかしら?)

マリアナが逡巡しているとヴァレンタインが距離を詰めてくる。

「君が他の男と食事に行ったことは咎めないよ。だけどこれから一緒にどこかに行くのは許せないよ。もうそろそろ機嫌を直してくれ。レイチェルも居なくなったし俺も十分反省した。俺が責められたのを見てマリアナも気が済んだだろ?お願いだから少し話そう」

伸ばした手に何処となく触れられたくなくて瞬間的に避けた。

「なぜ?時間をちょうだいと言ったでしょう?話すことはまだないわ」

その言葉を聞いた瞬間、エリックがサッと体を滑り込ませてヴァレンタインに壁を作った。

背の高いエリックが前に立ちはだかると、彼より一〇センチ低いヴァレンタインはマリアナの視界から消えてしまう。

「残念だけどマリアナ嬢にその気持ちはないみたいだ。話は聞いていたんだけど……君は少し考えてから行動したほうが良さそうだ。他の女性に懸想していた婚約者を許す女性は少ないよ。君が思うほど事態は簡単じゃない」

ヴァレンタインはエリックに事情を知られていることがショックで思わず表情が厳しくなる。

「他人に言われる筋合いはない。彼女は俺の婚約者だ。誤解を解くために話し合わないといけないから、そこを退いてくれ」

ヴァレンタインは今度は強い口調で懇願するようにマリアナの腕を掴もうとした。

「マリアナ話をしよう!!もう時間は十分あげただろう?」

ヴァレンタインは前髪を乱したままマリアナに訴えた。必死さを隠しもせずに。

いつものように自分から折れるという態度で臨めば自分のお願いを彼女は必ず聞いてくれる!そう信じて疑わない態度であった。

しかし再び背の高いエリックがマリアナの視界を遮るように立ちはだかりヴァレンタインに鋭い球を打ち返す。

「君と私は他人だが、私はマリアナ嬢の友人だ。しかも親しい。彼女の保護者からも頼まれているから、無体を働くなら相応の対応を取るよ。今日私は許可を取って食事に出たし、了承を得て家に連れて帰るんだ。貴方は一体誰の許可を得たのかな?女性に対して、いや、貴族の令嬢でキチンとした家の女性を話があるからと勝手に連れ去ろうなんてとんでも無いことだ。それとも今まで君が付き合ってきた女性はそれで良かったのかな?」

的確な指摘にヴァレンタインの頬が真っ赤に染まる。細身のエリックが急に頼もしい存在に変わりマリアナは若干狼狽えてしまったほどだ。

「でもそれはマリアナ嬢には相応しくない。他人だから敢えて言ってあげるよ」エリックの視線が一気に冷たいものへと変化する。

「政略結婚じゃなかったんだよ?君たちは。だから君は婚約者にしたマリアナ嬢を大切にするべきだった。

控えめで我慢強い女性だからと、マリアナ嬢を軽視したのは君だよ。僕たちは君の行いを聞いて本当に辛くなった。

幸せになるはずの女性の心を傷つけるなんてするべきじゃなかった。何故なら貴族女性は結婚に向かっていく過程で『嫌』と言えなくなるからだ。

結婚って誠実であるべきなんだよ、男も女もね。マリアナ嬢は君に話し合おうと何度も訴えただろう?それを簡単な言葉で片付けたのは君だ。君は自分の行ったことを反省し少し冷静になられた方がいい」

(全…ぶ…全部言ってくれた………)

マリアナはエリックに庇われながら自分が心の中で燻っていた言葉を一気に吐き出してくれた男を見上げた。

流石だ………

流石婚約を解消した経歴を持っているエリックである。

黒歴史を持っているだけあって的確にマリアナの気持ちを汲んで言いたいことを全て言ってくれた。

「さあ、マリアナも言いたいことは言った方がいい」

と促された。

だが今の言葉に全て集約されているので、もうヴァレンタインにこれ以上話すことなど何も思い浮かばなかった。

「婚約解消の決心がついたのではないですよね?」

マリアナはエリックの背中から声を出す。

横から覗き込むとヴァレンタインの顔色は青かった。

「俺は………別れたいわけじゃない……

君のことが好きなんだ。本当だよ。大切に出来ていなかったことも認める。だけど戻ってきてほしい…」

ヴァレンタインの瞳には薄らと涙の膜が張っているようだ。騎士団で切込隊長と言われるほど度胸の据わった男であるヴァレンタインの涙はマリアナを驚かせた。

男の涙を見ると流石のマリアナも動揺する。

いつも自信満々で、高圧的で、俺様で、強気な発言の目立っていたヴァレンタインから発せられた言葉だとは俄かに信じられなかった。

だがそこで甘い顔をするにはマリアナはヴァレンタインに対して疲れ過ぎていた。

「今日は私もお酒が入っていてとても話せる気はしないんです。明日以降どこか時間をとりましょう」

マリアナの態度が硬いままであることに傷付いた顔をし、ヴァレンタインは弱々しいお願いを更に口にする。

「レジロンティ子爵様と一緒に帰らないでほしい。頼む………」

マリアナが今まで夜会からひとりで帰るのをまったく咎めなかった人がレジロンティ子爵と一緒にいることを厭う。

それはマリアナの心を揺らす一言だった。

ヴァレンタインはマリアナが婚約者となった後、帰宅の途に就く時は簡単な見送りしかしてくれていなかった。

騎士団の面々は夜会などの後に男同士で飲むのが習慣化している。酒に強い彼らは非番の時の機会を逃したく無いのだ。

だから婚約者や、エスコートした女性を家まで送り届けた後は本人が紳士クラブや遊戯室に蜻蛉返りするのが常である。

ヴァレンタインはその見送る時間を飲みの時間に当てたいが為に、マリアナの見送りは[馬車乗り場まで]と最低限で終わらせていた。

今思えば彼の婚約者としての役割は最低だ。

しかし、男女の交際に疎いマリアナは騎士達の事情を分かっており、帰り着く先が厳格な女子寮であったことから受け入れていた。

エリックが『屋敷に招くよ』と声を掛けたことで今まで呑み込んでいた杜撰なエスコートに今更ながら気が付いた。

恋愛偏差値が低い故にいつの間にかヴァレンタインが基準となっていたが、本来ならば一緒に帰宅してイチャイチャしても良かったのかも知れない。

いや、話には聞いていたのだ。

友人たちは夜会の後

『昨日の夜は彼のお邸に帰宅してから義理の母たちとお茶を飲んでね……』

『夜会の帰り道に月が美しかったから遠回りして帰ったわ』

などと耳にする話はいくつも上がっていたのだ。

友人は友人。私は私……と誤魔化していたが、結局蔑ろにされている己の境遇を認めたくなかっただけだったのだと気がつくと、力が抜ける。

この国のルールから考えてマリアナが彼の実家のブラックホルム子爵家に夜会の後泊めてもらったり、馬車で送られる道をデートしたりは本来なら幾度もあって良かったのだ。

ヴァレンタインは自分の酒席を優先して、女子寮というお堅い貞操帯に守られているマリアナの送迎を怠った。真面目で浮気の心配がいらないマリアナに対し、実家での交流も放っぽり、婚約者を安心して放置していたのだと気がついた。

家に送り届けたり、男性側の実家に婚約者を託すことは貞操を守ったり変な噂が立つのを防ぐ意味合いもある。

マリアナは真面目で浮気などしそうにない地味な女だ。だからと言ってヴァレンタインがそれに甘んじていて良いわけはない。

(いつから自分は餌を貰えない池の魚になったのだろうか…)

気がついてしまうとその気持ちは重くマリアナにのし掛かった。

「やっぱり今日は話し合いは無理そうです。エリック様の家に行くことも出来ませんから私はモリー様にお願いして泊めてもらいます」

宿を取っても良いがヴァレンタインが押しかけてきたら一人になったとき対処しきれない。

だが、エリックの屋敷に行こうものなら間違いなくヴァレンタインはついてくるだろうし、屋敷の前で一悶着起こすのは目に見えていた。まだ見ぬレジロンティ子爵家の皆様に迷惑をかける訳にはいかない。

モリーの屋敷はここからそう遠くない。

西の大通りから馬車で10分といったところだ。

「折角の時間が台無しになってしまい申し訳ありません」

マリアナは深く頭を下げる。

「なんでマリーが謝るんだよ!」

ヴァレンタインがエリックを睨みつけるがエリックは飄々とした雰囲気でヴァレンタインを手で制す。

「楽しい時間を過ごしたことに変わりはないですよ。マリアナ嬢、気にしないで下さい。男って愚かでしょう?自分がしたことには『許せ、気にするな』というのに、自分が立場が逆転するとこんなにみっともない」

小馬鹿にしたようにフフンと笑ってくれたことでマリアナの気持ちが幾分軽くなった。

自分の状況を知ってくれているからこその当て付けをヴァレンタインに聴かせてくれているのだ。

「本当に……今夜は楽しかったですわ。おやすみなさい」

マリアナはエリックの馬車には乗らず、レストランで待機させている辻馬車に乗り込むとモリー邸の住所を告げた。

エリックは分かっているかのようにヴァレンタインをキチンと足止めする。

「まさか後をつけようなんて真似なさらないでしょうけれど、見張らせてもらいますよ。彼女が不安になったら困りますからね。

あぁ、でも今から後を追って大騒ぎして下されば、彼女も愛想をつかすかもしれないなぁ……私としては歓迎するべきことだね」

飄々と肩を竦めるエリックにヴァレンタインは思考を読まれて赤面し、怨みがましい視線を向ける。

「マリアナに手を出すな」

「出していませんよ。私たちはルールを守るんだ。時が来るまでキチンと順番を守りますよ。誰かさんと違ってね」

『私たち』という言葉を敢えてエリックは使った。

不義理なヴァレンタインとレイチェル嬢とを一括りにし、マリアナと自分は世間的に見てもクリーンな状態から話を進めるのだ!と貴族らしく言い回したのだ。

ヴァレンタインは年の変わらぬ賢い男にスッカリやり込められたと頭に血が昇る。

思わず拳を握り締め振りかぶろうとした瞬間ガシッと手首を掴まれた。

「ヴァレンタイン、止めろ!見苦しいぞ」

兄のレオンがいつの間にか背後に立っていた。

「使いの者に見張らせていたんだ。お前は頭に血が上るのが早いから……」

驚いて目を見開くヴァレンタインの腕を下へ下ろすとレオンはエリックに深々と頭を下げた。

「この度はご迷惑をお掛けして誠に申し訳ない。このお詫びは必ず致します」

「ブラックホルム子爵は少しは常識があるようで安心しましたよ。

私としてはことを荒立てるつもりはありませんから。だが弟君とはよく話し合われた方がいい。私としてはマリアナ嬢を解放して下さるとありがたいし、彼女の将来は引き受けるつもりでいますから、それをお二人には知っておいて欲しい」

エリックは先程マリアナに向けていたような人の良さげな笑みとは違い、腹の底の暗さが窺える笑いを溢した。

(コイツ!マリアナのことを!)

ヴァレンタインは強烈な焦燥感に駆られた。

「私は運命しか感じていませんよ。ヴァレンタイン殿。彼女の良さを分かっていながら他の女性に現を抜かした貴方は実に愚かだ。だが私はそんな貴方だから感謝しています。

私は彼女に出会ってまだ数回ですが結婚に対して生まれて初めて前向きなんです。私のような捻くれた男は一生独り身だと諦めていました。なのに柔らかく心に響く相性の良い女性が居るなんて奇跡のようで」

エリックは、自分の胸の辺りを優しく手で覆うと愛おしそうな表情をする。

レオンはそれを眺めながら(なんと厄介な相手だ)と顔を顰めた。

弟のヴァレンタインとは真逆の男だ。

レオンとしてはマリアナには是非嫁いで欲しいが、以前から粗忽な弟の態度に不安はあった。

元々顔が良く愛想も良い。

女が学生の頃から常に周囲におり、母親からチヤホヤと育てられたヴァレンタインはレオンから見ても脇が甘いところが多々あった。

勉強は褒められた結果は残せず、いつもふざけたり、問題から目を逸らす癖が抜けなかった。

家の中で一番厳しい兄には偶に拗ねた態度を見せる弟。

騎士団であの甘ちゃんがやっていけるのか?と思った時もあったが、持ち前の気の短さが逆に作用し、勢いで突進するということを繰り返していると、やがて斬り込み隊長として名をあげた。(母は『ほら!ヴァルはやればできる子なのよ!』と絶賛)

だが本能のままに動くところも目立つ故に、マリアナ嬢についに愛想を尽かされようとしている。

いや、もう無理なのだと今の態度で判断を下した。

(今までの態度が悪すぎた)

レオンはマリアナが冷静に対処してくれたことを心から感謝すると共に、やはりブラックホルムの家には嫁いでくれないのかと肩を落とした。

(妻のシャロンとも仲が良かったからな……きっとシャロンが悲しむだろう)

希望は捨てたくないがライバルが悪すぎるとレオンはため息を再び吐く。法務部のエリートで穏やかな性格。きっとデートのエスコートも完璧だったのだろう。

粗忽者の弟がしたこともないようなデートはマリアナの気持ちをガッチリと掴み、素晴らしい夜だったに違いない。

(なんと言って諦めさせたら良いのか皆目見当もつかない……)

ヴァレンタインを家族として大切に思う気持ちと、余りにも馬鹿な行動に当主として呆れる気持ちとレオンは複雑な思いで弟を見つめた。

「帰ろう。一度話そう」

レオンは項垂れたままのヴァレンタインの肩を叩き馬車に押し込んだ。

◆◆◆

ブラックホルム家では母親のヤスミンが玄関ホールに慌てた様子で現れたが二人の息子しかいないことがわかると、ガックリと肩を落とした。レオンの妻、シャロンは困ったように微笑み二人を出迎えた。

二人ともマリアナを連れて帰ってくるのではないかと期待していたからだ。

「マリアナ嬢は法務局の男性と食事に行ってたんだよ」

紅茶が運ばれるとレオンが重い口を開いた。

「そんな!は、はしたないわ。それはヴァルを裏切っているってことじゃないの」

ヤスミンが慌てたように立ち上がったがヴァレンタインはそんな母親に虚ろな瞳を向けた。

「俺はレイチェル嬢の家に仕事終わりに何度も立ち寄ったよ。元気がないと聞けば菓子を差し入れたりお茶を飲んで帰ることもあった。や……休みの日に会ったりもした。その回数はマリアナと付き合っている時から何回も。だから彼女のことは責められない……」

それを聞いてヤスミンは絶句した。

自分の時と時代が違うのかしらと、良い方に考えようと思ったがそれは都合の良い話。

兄弟の沈痛な表情を見れば自分の言葉がブーメランで戻ってきたのであると感じた。

「彼女を責められない。ノビーパーク伯爵家からは最初から一日でも早く婚約を解消してほしいと言われているのはこちらだ。それにマリアナは食事は共にしていたが執事が馬車には乗っていたようだし、食事処でも適切な距離を……友人としての距離を保っていた……」

ヴァレンタインが切なそうに話したあと数秒の沈黙が訪れた。

妻のシャロンが大きく息を吐き出す。

「マリアナさんが気が多いタイプでないのは私たち家族が一番知っていますものね。誠実で浮気なんかする子じゃないのは知っていますわ」

そう聞くとヤスミンは気不味くなり俯いた。

「ヴァルが離れたことで沢山の方からアプローチを受けているだけでしょう。一月はそのままだったことでも奇跡ですわ」

仲が良かったシャロンはマリアナに会えなくなって目に見えて元気がなくなった。

「お義母様。マリアナさんみたいな女性は結婚相手として大変人気なのですよ。王女付きの侍女という経歴は優秀ですし、勤続年数も長かった。家柄も経済状態も問題なし。それを王家が全部下調べしてくださっているようなお人です。他家が狙わないわけがございません。マリアナさんは特に性格も良かったですから」

シャロンも良家の貴族から嫁いできた。

過去、ヴァルの付き合った女性たちが家に来るたびに『どうしましょう……仲良くなれそうにないわ』と本気で悩んでいることが多かった。

その彼女がマリアナとは本物の姉妹のように仲良くなった。

育ちの良さ、会話の運び、性格。全てがシャロンにとって理想の女性であったそうだ。

マリアナは誰が見ても『良い子』であったのは間違いない。

(親が安心する娘にしたい女性……本当に価値があるな)

レオンは改めて思った。

馬車の中でヴァレンタインは男泣きしていた。

大切なものを手放してしまったと気がついたのだとレオンに追い縋った。

『どうにかしてもらえないか!これからは誠実に彼女だけしか見ないし、浮ついたことだって何一つしない。だからなんとかして欲しい!マリアナしか愛せないんだ!』

ヴァレンタインが自分に頼み事をしてくるのは初めてのことであった。

いつも飄々として、家族が女性関係で咎めても平気な顔をして、笑って無視するような男であった。

次男坊の気楽さと、家を継がないことから少しの引け目と複雑な感情に素直になれない兄弟関係であったと思う。

それをマリアナは変えてくれた。

『私のような選ばれなかった女に自信を持たせてくれたんです。彼は女性に優しくて夢を見させてくれるんです。それがどれほど私の気持ちを救ってくれたか……感謝しているのです』

そう熱のある瞳でマリアナは誠実に語ってくれた。

ヴァレンタインの良いところを素直に母親とシャロン、レオンに伝えてくれることで家族関係の改善を促してくれていたのだ。

レオンの嫡男としての大変さを言葉にして夕食の席で語ってくれ、ヴァレンタインに『兄貴に今まで迷惑をかけたけど頑張るよ』と優しい一言を引き出したりもした。

何気ない言葉の一つ一つが、家族関係に潤滑油を与え、スムーズに回り始めた。

ヤスミンはそれを嫌というほど感じていただろう。

家族が揉めそうになっている時、必ずマリアナは『感謝しています』と素直に伝え、『もしかしたらその考えは外から見るとこういう考えかもしれません』と視点を変えた意見を言い気付かせてくれていたのだ。

ブラックホルム子爵家族はそれをこの一月で嫌というほど思い知った。

ヴァレンタインの先ほどの言葉をレオンは馬車の中で咎めた。

泣いている弟に、自分の考えが根本から変わらないと奇跡は起きないのだと滾々と伝えた。

「先ほどヴァルはマリアナに上からの目線で話していた。あれでは彼女に謝罪しようとしているとはとても思えない」そう言うと愕然としていた。

傲慢な態度を取るつもりはない!と反発していたヴァレンタインもレオンが一つ一つ先ほど放っていた言葉を正すと段々と静かになった。

レオンはマリアナが指定した『三ヶ月間』が流石に長すぎると考えていた。話す機会はもちろん、会ってもくれないとはどういうことだろうか?とさっぱり分からなかった。婚約している女性の季節一つはとても大事な期間であるからだ。

だが、先ほどのヴァレンタインの態度や言葉で理解した。

マリアナは単純な謝罪を求めているのではなく『考えを変えてほしい、さもなくば終わらせてほしい』と考えているのだと。