軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第84話 神の一手と二日酔いの凱旋

【皇帝の右腕グレン視点】

『アヴァロン帝国暦2年 4月中旬 帝都フェルグラント 晴れ』

帝都フェルグラントの大通りは、割れんばかりの歓声に包まれていた。

沿道には無数の花吹雪が舞い、熱狂する民衆たちが我々アヴァロン帝国軍の凱旋を盛大に出迎えている。

「カール皇帝陛下、万歳!」

「無敵のアヴァロン帝国軍、万歳!」

だが、その華々しい歓声とは裏腹に、行進する我々帝国兵の顔色は、軒並み土気色であった。馬たちも水不足のためか、元気がない。

(……頭が、割れるように痛い)

馬上の俺は、ズキズキと脈打つこめかみを押さえ、必死に吐き気を堪えていた。

無理もない。サジスの町で浴びるように酒を飲んだ俺たちは、全員がかつてないほどの盛大な二日酔いを引きずったまま、この帝都まで帰ってきたのだ。屈強な兵士たちでさえ、民衆に手を振り返す余裕もなく、死んだ魚のような目をしている。

「フハハハハッ! 皆の者、大儀であった! 存分に喜ぶが良い!」

しかし、俺の隣を進む男だけは違った。

真紅の外套をまとったカール皇帝は、あれだけ樽酒を空にしたというのに、顔色一つ変えずにケロッとしている。それどころか、いつも以上に上機嫌で民衆に手を振っていた。

理不尽なまでの体力とカリスマの差に、俺はただただ深い溜め息をこぼすしかなかった。

とりあえず俺たちは、浴びるように井戸水を飲む。

馬たちもたっぷりと水を飲み、ご機嫌そうであった。

◆◇◆

その日の午後。

王城の謁見の間にて、此度の東方遠征における論功行賞が行われた。

玉座に座るカール皇帝の前に歩み出たのは、客将のミュラー元伯爵と、護衛の傭兵ムンドの二人であった。

「ミュラーよ、そしてムンドよ。面を上げい」

カール皇帝の威厳ある声に、ミュラーは緊張でガチガチになりながら顔を上げた。

「此度の戦い、サジスの町での危機を救ったのは、他でもない。貴様ら補給隊の働きによるものだ。敵の包囲を背後から突き崩し、あまつさえ大量の酒を運び込み、我らの渇きを癒した。その功績、第一級の武功に値する!」

「は、ははぁっ! もったきお言葉でございます!」

ミュラーが感極まって涙ぐむ。

ただの輸送任務であっても、戦局を左右した働きは決して見逃さない。身分や出自に関係なく、末端の功績であっても正当に評価する。これこそが、アヴァロン帝国が他国を圧倒する最大の理由なのだ。

「ミュラーには金貨千枚を授ける! 奮戦した傭兵ムンドにも同額の金貨をとらせよ!」

「へへっ、気前がいいねぇ。これだからアンタの雇われは辞められねえや」

ムンドが不敵に笑い、謁見の間に居並ぶ諸将からも、二人を称える温かい拍手が巻き起こった。

◆◇◆

論功行賞が終わり、諸将が退出した後の謁見の間に、一人のみすぼらしい身なりの若者が密かに通された。

東方に潜ませていた草の者の案内で、サジスの町から密かにフェルグラントを訪れたという、リュックと名乗る町民だった。

「カール皇帝陛下……どうか、俺たちを助けてください」

リュックは床に額をこすりつけ、血を吐くような声で訴えた。

「ダリウスの代官が、俺たちの命綱である井戸をすべて毒で潰したのです! 町を焼かずに残してくれたアヴァロン帝国軍の寛大さを知り、俺たちは決意しました。ダリウスを捨て、アヴァロン帝国につきます! 代官に対して暴動を起こすつもりです。どうか、俺たちに戦うための武器を……!」

その悲痛な訴えに、俺は二日酔いの頭を振って思考をクリアにした。

(井戸に毒を入れられ、水がない極限状態……そこでカール皇帝が下した『酒を飲んで撤退する』という決断)

あれはただの豪快なギャグや、ヤケクソなどではなかったのだ。

町を無傷で残し、陽気に去ることで、自国の民の命綱を絶ったダリウス王家の『冷酷さ』を極限まで際立たせたのだ。結果として、剣を交えることなく、敵国の内部崩壊を誘発してみせた。

(このお方は……よもや撤退の時点で、この事態を予測しておられたのか……?)

俺が戦慄を覚えていると、カール皇帝は玉座に深く腰掛けたまま、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「フッ……。愚かなダリウスの若き王は、自らが仕掛けた毒で、自らの首を絞めたというわけだ」

肯定も否定もしない、その底知れぬ笑み。

俺は、この男の神憑り的な軍略に改めて深く平伏し、リュックに向かって口を開いた。

「武器ならば、それがしの配下に運ばせましょう」

俺はすぐさま、ダリオ商会のレオと、東方の商人バルザフの二人を呼び寄せた。

彼らなら、ダリウス軍の目をかいくぐり、サジスの町へ物資を密輸するなど造作もないことだ。

「レオ、バルザフ。この若者の町へ、武器を密かに運び込んでくれ。金は俺が出す」

「承知いたしました、グレン様。荷馬車の底に隠して運びましょう」

「任せな! 右腕殿の頼みとあっちゃ、断れねえやな。それに、暴動に投資するってのも悪くねえ商売だ」

レオが涼しい顔で頷き、バルザフがニヤリと商人らしい笑みを浮かべる。

「ありがとうございます……! これで、俺たちは戦えます!」

リュックは、二人の商人の手を取り、何度も何度も頭を下げた。

ダリウス小王国が仕掛けた空城の計は、今や彼ら自身を焼き尽くす反乱の炎となって、静かに燃え上がろうとしていた。

俺の二日酔いは、武器の手配をするうちにおさまっていった。