作品タイトル不明
第64話 選帝侯会議、そしてアヴァロン帝国の誕生【第一部 完】
『ヴァルゼン公家暦11年 9月上旬 帝都フェルグラント 玉座の間 晴れ』
【オルデンブルク伯爵グレン視点】
帝都フェルグラントの皇城は、主を失って久しく、静寂と埃に支配されていた。
その最奥、「虚空の玉座」の前。
大陸の運命を決めるため、五人の『選帝侯』が集結していた。
賢者、レグナリア王。
覇者、ヴァルゼン公。
名門カレドン家名代、ゲルハルト伯。
教皇庁名代、チェーザレ枢機卿。
そして、新興都市オルデンブルクの主、グレン。
高い天井から差し込む秋の陽光が、舞い上がる塵を黄金色に照らし出す中、厳粛な投票が始まった。
武器はない。あるのは、それぞれの名を刻んだ木札のみ。
最初に動いたのは、輿に乗ったレグナリア王だった。
王は、震える手で木札を掲げ、静かに、しかしよく通る声で告げた。
「余は、力と知恵を併せ持つ者を推す。――ヴァルゼン公に一票」
どよめきはない。だが、空気が張り詰める。
続いて、ヴァルゼン公が不敵な笑みと共に進み出た。
「俺は、俺自身を信じる。この乱世を鎮めるのは、この俺の力だ。――ヴァルゼン公に一票!」
これで二票。
次に進み出たのは、東のゲルハルト伯だ。彼は、亡き先代と幼き主君への忠誠をその背に負い、厳格に告げた。
「カレドン家の誇りにかけて。我らが主君、カレドン侯に一票」
そして、深紅の法衣をまとったチェーザレ枢機卿。彼は憑き物が落ちたような涼やかな目で、淡々と木札を置いた。
「神の代理人として。教皇イグナティウス猊下に一票」
票は割れた。
ヴァルゼン公が二票。カレドン侯が一票。教皇が一票。
そして、最後の一人が残された。
俺だ。
元雑兵、グレン。
かつて泥まみれで槍を振るっていた俺が、今、皇帝を決める最後の一票を握っている。
俺は、ヴァルゼン公を見た。
雷鳴のような男。俺を取り立て、信じ、背中を預けてくれた主君。
俺の心に、迷いはなかった。
「……俺は、民と共に歩み、民を守る力を示した方を推す。――ヴァルゼン公に、一票!」
俺の声が、玉座の間に響き渡った。
決定した。
三票を獲得したヴァルゼン公が、新皇帝に選出されたのだ。
「……決まりだな」
レグナリア王が、満足げに頷いた。
王は、従者に支えられながら輿から降り、ヴァルゼン公の前で膝をつこうとした。公が慌ててそれを支える。
「よせ、王よ! 貴殿は年長者だ!」
「いいや、今日からはそなたが皇帝だ。……新皇帝よ、国号はどうする? アードラーの名は、もう地に落ちた」
王は、まるで孫を見るような慈愛に満ちた目で、公に提案した。
「『アヴァロン帝国』……というのは、どうかな? 古き伝承にある、永遠の繁栄と安寧が約束された理想郷の名だ」
ヴァルゼン公は、その名を口の中で転がし、やがてニヤリと笑った。
「アヴァロン、か。悪くない。理想郷を作るために、俺たちは戦ってきたのだからな。……良かろう! これより我が国は、アヴァロン帝国と名乗る!」
さらに、レグナリア王は衝撃的な言葉を続けた。
「そして陛下。余は、病を理由に王位を退く。跡継ぎはおらん。よって、我がレグナリア王領の全てを……アヴァロン皇帝へ献上し、併合を願いたい」
「なっ……!?」
その場にいた全員が息を呑んだ。
大陸で最も豊かな土地が、戦わずして皇帝の直轄地となる。これにより、新皇帝の権力は盤石なものとなった。ゲルハルト伯も、チェーザレ枢機卿も、その圧倒的な「正統性」と「国力」の前に、静かに膝を屈した。
即位の儀が終わり、誰もいなくなった玉座の間。
新皇帝となったヴァルゼン公――いや、ヴァルゼン皇帝と、俺だけが残っていた。
「……グレンよ」
皇帝は、慣れない玉座の背もたれを撫でながら、俺を呼んだ。
「俺は皇帝になった。もはや一地方の領主ではない。……よって、『公』の名と、その旧領土は不要となった」
皇帝は、俺の目の前に歩み寄ると、かつて雑兵だった俺の肩を叩いた。
「グレン。公の地位はお前が継げ。今日からお前が、『オルデンブルク公爵』だ」
「……え?」
俺は、言葉を失った。
公の右腕だった俺が、公そのものになる?
「断るとは言わせんぞ。お前の街オルデンブルクと、俺の旧領土アイゼンブルクを合わせれば、一大公爵領だ。……これからも、俺の右腕として、この巨大な帝国を支えてくれ」
俺は、溢れ出てくる熱いものをこらえ、その場に跪いた。
「……ははっ! 謹んで、お受けいたします! 我が命ある限り、アヴァロン帝国と皇帝陛下に、この身を捧げます!」
窓の外には、どこまでも広がる青空が見えた。
かつて黒雲が立ち込め、絶望的な戦いから始まった俺の運命。
黒死の病が招いた長い戦乱の夜は明け、今ここに、新たな帝国の朝日が昇ろうとしていた。
俺は、グレン・フォン・オルデンブルク。
雑兵から始まり、英雄となり、そして今、帝国の筆頭公爵となった男。
俺たちの戦いは、まだ終わらない。
だが、今はただ、この平和な陽光を、愛する妻や仲間たちと分かち合いたい。
(帰ったら、エレーナと……それにイリアやソフィアとも、盛大に祝杯を上げるとしよう)
俺は立ち上がり、皇帝と並んで、新しい時代を見下ろした。
【劣勢の戦場で敵将を討ち取った俺、気づけば公の右腕にされた件 ~第一部 完~】