軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第61話 堕落と覚醒、チェーザレの改革

『ヴァルゼン公家暦11年 9月5日 浄火の都 大神殿 夜』

【教皇軍総司令官チェーザレ枢機卿視点】

アウステルを灰燼に帰し、私は『浄火の都』へと帰還した。

豪奢な大神殿の空気が、いつになく重苦しく感じられる。

私は、報告のため教皇の私室を訪れていたが、おそらく、私の顔色は死人のように悪かったに違いない。

「……報告は以上か。アウステルは消滅した、と」

教皇イグナティウスは、寝椅子に寝そべったまま、つまらなそうに言った。

私は、まぶたの裏に焼き付いて離れない光景――業火の中で賛美歌を歌い、恍惚の表情で人を突き殺す信者たちの姿――を振り払うように、小さく頷いた。

「はい。……あのような狂気の集団を、私は他に知りません。彼らは、人間ではない」

私の声は震えていたかもしれない。

すると、教皇は私を見据え、鼻を鳴らした。

「ふん。何を青い顔をしておる。……チェーザレよ、貴様も見たのだろう? あれが『信仰』の正体だ。我々が飯を食うための、便利な道具のな」

「……道具にしては、切れ味が悪く、使い手を狂わせます」

「まあよい。貴様は疲れておるのだ。……ほれ」

教皇は、手元のワインボトルとグラスを私の方へ押しやった。

「飲め。考えすぎるな。思考を麻痺させろ。そうでなければ、聖職者などやってられんぞ」

私は、差し出された赤ワインを、水のように煽った。

強い酒精が胃を焼き、少しだけ体の震えが止まる。

さらに教皇は、部屋の鈴を鳴らした。

現れたのは、まだあどけなさの残る、白百合のような修道女だった。

「その娘を連れて行け。名はルチアという。まだ手つかずだ。……好きに使って、今夜は何もかも忘れることだ」

私は、拒否しなかった。

いや、できなかった。あのアウステルの地獄から逃れるためなら、何にでもすがりたかったのだ。

私はルチアの手を引き、自らの私室へと連れ込んだ。

彼女は怯えていたが、抵抗はしなかった。神に仕える身として、上位者への奉仕もまた務めと教え込まれているのだろう。

私は、その無垢な体を、獣のように貪った。

彼女の柔らかな肌の感触と、熱い吐息だけが、私を現実から切り離してくれた。

罪悪感も、恐怖も、すべて快楽の中に溶けていった。

『翌朝』

鳥のさえずりで目が覚めた時、私は、自分が驚くほど深く眠っていたことに気づいた。

隣では、ルチアが規則正しい寝息を立てている。

頭は澄み渡り、昨夜まで胸に巣食っていた鉛のような重苦しさが、嘘のように消え失せていた。

「……なるほど」

私は、天井を見上げながら、独りごちた。

「これが、親父の気持ちってやつか……。確かに、こうでもしないとやってられんな」

あの腐りきった教皇を軽蔑していた私が、同じ沼に浸かることで救われるとは。

皮肉な話だ。だが、不思議と不快ではなかった。

私はベッドから起き上がり、朝の冷たい空気を吸い込んだ。

――仕事に戻ろう。

感傷に浸る時間は終わった。私の頭の中には、すでに膨大な「やるべきこと」のリストが構築され始めていた。

一つ。教皇軍の再編。

あの狂信者どもは使い物にならん。あれは暴徒だ。金で雇った傭兵や、理性的な職業軍人を中核に据え、命令系統を確立した「マトモ」な軍隊に作り変えねばならない。

二つ。アウステルの再建。

街を焼いたのは私だ。その罪滅ぼし……いや、そんな綺麗な言葉はよそう。これは私の自己満足だろう。だが、焼け野原のままでは利益も生まない。私が責任を持って、あの街を以前よりも豊かに復興させてやる。

三つ。教会の改革。

これが最も重要だ。もっと世俗的で、現実的な組織にする。

具体的には、聖職者の妻帯を許可するのだ。

ふと、隣で眠るルチアを見る。

あどけない寝顔。昨夜、私の激情を受け止めた少女。

……彼女を、日陰の存在にはしたくない。幸せにしなければならない。そのためにも、法を変える。

四つ。政敵の排除。

私の改革に反対する古臭い枢機卿どもや、父の腰巾着たちは邪魔だ。異端審問官セラフィヌスのような危険分子も含め、物理的、あるいは社会的に抹殺する必要がある。

五つ。外交方針の転換。

東のヴァルゼン公、およびその右腕であるオルデンブルク伯爵グレン。彼らとは和解するべきだ。今の教皇軍の弱さでは、戦えば負ける。ならば手を結ぶのが得策だ。

同様に、北のアードラー帝国とも、無益な小競り合いはやめて和睦すべきだろう。

そして、最後。これが最も大切だ。

武力で勝てぬなら、どうするか。

「宗教」を使うのだ。

各勢力の首脳陣や、その民衆を、我々の教義で精神的に絡めとる。文化と信仰による「洗脳」。

剣ではなく言葉で、槍ではなく経典で、彼らの心を支配する。

「……ふっ」

私は、自嘲気味に笑った。

これなら、血を流さずに勝利できる。

アウステルのような地獄を二度と見なくて済む。

私はルチアの肩にそっと布団をかけ直すと、執務机に向かった。

羊皮紙を広げ、羽ペンをインクに浸す。

さあ、忙しくなるぞ。

窓の外では、今日も変わらぬ太陽が昇り始めていたが、私の目に映る世界は、昨日とは全く違う色をしていた。