軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第52話 グレン、ミュラーブルクへ入城す

『ヴァルゼン公家暦11年 6月下旬 ミュラーブルク 昼 晴れ』

【公の右腕グレン視点】

ロッカ村での激戦から数日後。

俺たちグレンフィルト軍は、ついにミュラーブルクの城門をくぐった。

ムンド傭兵団とミュラー伯爵が、全ての財産と共に東のカレドン侯領へ逃げ去ったと斥候から報告があったのは、昨日のことだ。

城は、もぬけの殻だった。

だが、城下町は違った。

俺がイリアやソフィアと共に馬を進めても、誰一人として歓迎の声を上げる者はいない。

道は静まり返り、家々の窓は固く閉ざされている。

時折、物陰からこちらを覗う視線を感じるが、その全てに、怯えと、そしてハッキリとした憎悪がこもっていた。

(……まあ、そうだろうな)

こいつらにとって、俺は故郷を奪った侵略者でしかない。

あのムンドとかいう傭兵が、どんな統治をしていたかは知らんが、少なくともミュラー伯爵よりはマシだったのかもしれない。

俺は、城の中央広場に、かろうじて残っていた街の役人や、商人ギルドの長らしき者たちを集めさせた。

彼らは皆、死刑判決を待つ罪人のように、青ざめた顔で俺の前に整列している。

「俺が、この地を預かることになったグレン伯爵だ。……単刀直入に聞く。ミュラー伯爵が定めていた税率は、いくらだった?」

俺の問いに、代表らしき老人が、震える声で答えた。

「は……。ろ、六公四民……にございました」

(六公四民……六割だと!?)

俺は思わず目眩がした。

収穫の六割を領主が奪い取り、民は残りの四割で生き延びろというのか。

あの強欲商人ダリオでさえ、「世間では四公六民(四割)が普通」と言っていたぞ。

これでは街が死ぬわけだ。

俺は、広場に集まった全員に聞こえるよう、腹の底から叫んだ。

「――その税、本日ただ今をもって改める! これより、このミュラーブルクの税は、『四公六民』とする!」

広場が、シン……と静まり返った。

誰もが、俺が何を言ったのか理解できない、という顔をしている。

「……え? し、四公……? 我らが、六を……?」

老人が、信じられないという顔で聞き返す。

「そうだ! 領主が四割、民が六割だ! これが、ヴァルゼン公が治める土地の、普通の税率だ!」

俺がそう宣言した瞬間だった。

「「「う、うおおおおおおおっ!!!」」」

誰かが上げた叫びが、爆発するように伝播した。

さっきまで憎悪の目を向けていた住民たちが、泣きながら、叫びながら、俺の元へと殺到してきたのだ。

「か、神様だ!」

「我らも、生きていける!」

「グレン伯爵様、万歳!」

「うおっ!? やめろ、押すな!」

俺は、馬の上で、歓喜に狂った住民たちにもみくちゃにされた。

まるで、収穫祭の時のグレンフィルトのようだが、熱気がまるで違う。

これは、絶望の淵から生還した者たちの、爆発的なエネルギーだった。

俺が、その熱狂の渦からどうやって逃げ出そうかと本気で悩んでいた、まさにその時。

その群衆を、まるで神の奇跡のように、いともたやすく割って入ってくる、見慣れた豪奢な馬車があった。

「――ほっほっほ。いやはや、素晴らしいご人望ですな、グレン伯爵」

馬車から降りてきたのは、この世のどこよりも早く、金の匂いを嗅ぎつける男。

大商人、ダリオ・ボラーニその人だった。

「ダリオ殿!? 早すぎるだろ! なぜ、もうミュラーブルクに!?」

俺が、住民たちに揉まれながら叫ぶと、ダリオ殿は、その狐のような目を細めて笑った。

「戦が終われば、商売が始まる。当然のことですな。……して、伯爵。本日は、その熱狂ぶりに水を差すようで恐縮ですが、一つ、ご相談が」

「相談? この街の復興資金でも貸してくれるのか!」

「いえいえ、滅相もない。そのような小さな話ではございません」

ダリオ殿は、俺の耳元にそっと顔を近づけると、とんでもないことを、ささやいた。

「――つきましては、あの『グレンフィルト』を、このダリオ商会に、売っていただけませんかな?」

俺の頭は、一瞬、思考を停止した。

売る? 何を? グレンフィルトを?

「えっ……? ええええええええ~っ!?」

俺の絶叫が、住民たちの歓声よりも高く、ミュラーブルクの空に響き渡った。

「な、何を言い出すんだ、あんたは! あ、あそこは俺の街だぞ! 売れるわけが……!」

「ほっほっほ。ご謙遜を。伯爵は、街を『興す』天才です。ですが、それを『回す』のは、我ら商人の仕事。このミュラーブルクも復興せねばならぬのでしょう? グレンフィルトを手放せば、莫大な資金が手に入りますぞ?」

「そ、そんなこと、俺の一存で決められるか! ヴァルゼン公に! 公に聞かないと、分かるわけがないだろう!」

俺の必死の叫びと、ダリオ殿の「ほっほっほ」という、どこまでも愉快そうな笑い声だけが、解放されたばかりのミュラーブルクに、高らかに響き渡るのであった。