軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第48話 帝都フェルグラント第一師団とユニテス教会聖槍軍

『ヴァルゼン公家暦11年 5月上旬 帝都フェルグラント近郊 昼 晴れ』

【第一師団長カリスト・グラディウス視点】

(なんと、皮肉なほど穏やかな空だ)

俺、カリスト・グラディウスは、眼下に広がる二つの巨大な軍営を、丘の上にある崩れかけた古い監視塔から見下ろしていた。

一つは、西日を浴びて鈍く輝く『アードラー帝国』の鷲獅子の旗。我が第一師団の陣営だ。

そしてもう一つは、南西に陣取る、純白の地に槍の紋章を掲げた『ユニテス教会・聖槍軍』の陣営。

帝国の崩壊後、その骸に群がるハイエナどもだ。

そして、その二つの陣営が睨み合う先には、大陸の古き中心、帝都フェルグラントが、まるで老いさらばえた巨人のように沈黙している。

春だというのに、あの都からは活気というものが一切感じられなかった。

「……遅いぞ、セラフィオン枢機卿。神への祈りが長すぎたか」

俺が皮肉を呟くと、背後の階段から、俺と同じように鎧を隠す分厚いマントを羽織った男が姿を現した。

「祈りで戦に勝てるなら、我ら聖職者は無敵だ。……残念ながら、神は多忙でな、カリスト師団長」

その男、セラフィオン・マルケド枢機卿は、厳格な聖職者の仮面を脱ぎ捨て、ただの疲れた中年男の顔で、俺の隣に無造作に腰を下ろした。

彼こそが、対峙する『聖槍軍』の総司令官だ。

俺たちは、立場をわきまえない悪友だった。

セラフィオン枢機卿は、懐から取り出した安物の皮袋を俺に放り投げる。中身はもちろん、安物のきつい葡萄酒だ。

こうして、敵軍の総大将同士が、誰にも知られず酒盛りを始めるのが、ここ数週間の日課になっていた。

「それで、お前のところの『神の子』どもは、今日も元気に祈っていたか?」

「ああ、うるさいほどにな。ついでに、セラフィヌスがヴァルゼン公とかいう地方豪族に無様に敗れただの、南ではチェーザレとかいう若造が、反乱鎮圧より先に味方の兵站長を吊るしただの……」

セラフィオン枢機卿は、まるで他人事のようにぼやきながら、酒を呷る。

「……まったく、ろくでもない。どいつもこいつも『神の統一』だの『浄化』だのと、威勢の良い言葉を並べる。お前こそどうだ、師団長。滅びゆく帝国の幽霊に仕える気分は」

「最悪だ」

俺は即答した。

「帝都の連中は、まだ自分たちが大陸の支配者だと本気で信じている。だが、兵糧一つまともに送ってこない。俺たちは、実権のない皇帝陛下の名の下で、お前たちユニテス教会と睨み合っているだけだ」

酒が、喉に染みる。

俺たちは、互いの陣営への文句を肴に、しばらく無言で酒を酌み交わした。

「……統一、か」

セラフィオン枢機卿が、ぽつりと呟いた。

「聞こえはいい。だがな、カリスト師団長。その『統一』とやらのために、これからどれほどの血が流れるのか、あいつらは分かっていない。ヴァルゼン公、グレン伯爵、南の反乱軍、レグナリア王、カレドン侯爵、ミュラー伯爵、そして俺たち聖槍軍だ」

「正義、などという言葉遊びだな、セラフィオン枢機卿」

「そうだ。そこに正義はあるのか? 神の名の下に全てを焼き尽くすのが正義か? 古き権威にしがみつくだけのお前たちアードラー帝国が正義か?」

「さあな。俺の師団長としての正義は、部下たちを無駄死にさせないことだけだ」

俺たちは、また黙り込んだ。

この戦いに、大義などない。

あるのは、帝国の利権を死守したい者たちと、教会の名の下に新たな利権を奪いたい者たちの、醜い欲望だけだ。

「……なあ、カリスト師団長。いっそ、このままで良いのではないかと思う時がある」

「何がだ」

「このまま、バラバラでも、だ。先日、斥候に出した聖槍軍の兵が、名も知らぬ村の話をしていた。戦火を逃れ、ささやかながらも豊かに、自分たちの法で暮らしていると。……大陸が統一されずとも、民はそうやって生きていけるのではないか、と」

その言葉は、あまりにも聖職者らしからぬ、危険な響きを持っていた。

だが、俺も、その考えを否定することはできなかった。

「……感傷的だな、セラフィオン枢機卿。そんなことを言っているのがバレたら、次はお前が吊るされるぞ」

「違いない、忠告ありがたく受け取る、師団長」

セラフィオンは、皮袋に残っていた最後の一滴を飲み干すと、ゆっくりと立ち上がった。

その顔は、もう「友」の顔ではなく、「枢機卿」の仮面に戻っていた。

「酒が尽きた。……戻るとしよう」

「そうだな」

俺たちも立ち上がる。

夕日が、帝都フェルグラントを血のように赤く染めていた。

「明日は、どうする。またここで酒を飲むか?」

「さあな。あるいは明日、俺は『聖槍軍』に総攻撃を命じるかもしれん。……死ぬなよ、カリスト」

「お前もな、セラフィオン」

セラフィオンは、マントを翻し、己の陣営へと戻っていく。

俺は、その背中を見送りながら、手の中の空になった皮袋を握りしめた。

(結局、俺たちは踊るしかないピエロだ)

互いに信じてもいない「正義」のために、明日、殺し合わねばならないかもしれぬ。

それが、この群雄割拠の時代、ということらしかった。

語り合ってスッキリしたのか、その日は、なぜか良く眠れた。