作品タイトル不明
第47話 ムンドとミュラー伯爵のエルロー地方奪還作戦
『ヴァルゼン公家暦11年 4月下旬 ミュラーブルク 昼 晴れ』
【傭兵団団長ムンド視点】
俺たち『ムンド傭兵団』が、この陰気なミュラーブルクの城に来てから、十日ほどが過ぎた。
兵士どもの不満は、ひとまず消え失せていた。
約束通り、腹一杯のメシを食わせてもらい、夜は酒を浴びるほど飲んだ。城下の、かろうじて開いていた娼館も、今や俺たちの貸し切りだ。
士気は高い。
(……それにしても、貧しい街だ)
俺は、城壁の上から、活気のない城下町を見下ろしていた。
春だというのに、往来を歩く人間の数はまばらだ。これでは、税収もクソもあるまい。
(このままでは、次の報酬が支払われるか怪しいもんだ)
傭兵は、金が尽きれば裏切る。いや、去る。
雇い主が破産する前に、次の手を打たねばなるまい。
俺は、雇い主であるミュラー伯爵の執務室の扉を、ノックもせずに開けた。
「伯爵。アンタの領地が、どうしてこんなに貧乏か分かったぞ」
「……騒々しいぞ、ムンド。入る時はノックをしろ」
机に向かっていたミュラー伯爵は、忌々しそうに顔を上げた。
だが、そこに酒瓶も、あの甘ったるい匂いのするパイプもない。
あの日、俺が叩き割って以来、少なくとも俺の前では、酒と薬を断っていた。
おかげで、死人のようだった顔色も、ずいぶんとマシになっている。
「分かっている。領地が減ったからだろう。あの忌々しいグレンに、エルロー地方を奪われたからだ……!」
伯爵は、そう言うと、急にカタカタと小刻みに震えだした。
持っていた羽ペンが、カチカチと机を叩く。
「くっ……う……」
(始まったか。禁断症状だ)
俺は、近くにあった水差しから杯に水を注ぐと、ヤツの口元に突きつけた。
「飲め。落ち着くまで、ゆっくりだ。水で薬を薄めるんだ」
伯爵は、震える手で杯を受け取ると、子供のようにこくこくと水を飲み干し、ぜぇぜぇと荒い息を整えた。
「……す、すまん。もう大丈夫だ」
「まったく、手のかかる雇い主だ。で、話の続きだが。貧乏なら、取り返せばいい」
「取り返すだと!? エルロー地方のことか? だが、あそこは、あのグレンのヤツが……!」
伯爵は、あの雑兵上がりの名を聞いただけで、怯えた目をしている。
俺は、雑に広げられた地図の上を、愛用のシャムシールの切っ先でトントンと叩いた。
「ああ、だからどうした」
「……何か策でもあるのか?」
「あの雑兵上がり、なかなか面白いことをする。力攻めじゃない。『巡回』と称して、村々を回り、実効支配をすることで、いつの間にか自分の領地にしちまった。領民に安全を提供してるワケさ」
「……!」
「簡単な話だ。こっちも同じことをやる」
伯爵が、目を見開いた。
「グレンが『巡回』するなら、俺たちは『統治の再開』とでも名乗ればいい。アンタが、あの地方の本来の領主だろうが。アンタの旗を掲げて、俺たち『ムンド傭兵団』がエルロー地方を『巡回』する。文句を言うヤツがいたら、斬る。まず、最初は優しく話しかけてみるか。そんな感じだ」
ミュラー伯爵は、震えが止まった手で、ゴクリと唾を飲んだ。
こいつは、まだあの『グレン』という名前に怯えている。まあ無理もない。一度はこの街を落とされたのだ。だが、俺という武力を手に入れた。
そして何より、この貧乏から抜け出したいはずだ。
「……お前が、やってくれるのか」
「金のためだ。アンタが金持ちになれば、俺たちも儲かる。違うか?」
伯爵は、しばらく俺の目を睨みつけていたが、やがて、覚悟を決めた顔で頷いた。
「……わかった。よかろう! お前に任せる。エルロー地方の統治権を、一時的にムンドに委ねる! よいか? 失敗したら次は私のクビが危ない。頼んだぞ!」
ようやく、領主らしい顔で追認した。
そういう話なら、やってやろう。
かくして、俺たちムンド傭兵団による、エルロー地方の『実効支配』作戦が開始された。
グレンフィルトの連中が、どんな顔で俺たちを迎えるか。
久々に、戦場の匂いがして、楽しみでならなかった。