軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第31話 さびれたミュラーブルクと異国の商人

『ヴァルゼン公家暦11年 2月上旬 ミュラーブルク 曇り』

【異国の商人バルザフ視点】

俺、バルザフは、荷馬車の幌を叩くみぞれ混じりの風に舌打ちしながら、重くよどんだ空を見上げた。

(チッ、こりゃあ本格的に降ってきやがるな)

このまま街道で立ち往生するのはごめんだ。一番近かったのが、このミュラーブルクだった。

さびれているとは聞いていたから来るつもりじゃなかったんだが、仕方ねえ。

だが、重い城門をくぐった瞬間、俺は自分の判断ミスを呪った。

(思ったよりひでぇな……。俺もヤキが回ったか?)

いくら冬の終わりとはいえ、活気がなさすぎる。

大通りだというのに、人っ子一人歩いていやしねえ。ほとんどの店が、固く扉を閉ざしている。

そして、最悪なのは門で待ち構えていた役人だった。

「入城税だ。荷の五割を置いていけ」

「……は? ご、五割だと!?」

聞き間違いかと思った。どこの世界に、売り上げの五割じゃなく、持ち込む荷そのものの五割なんぞを要求する領主がいる。

これでは強盗と変わらねえ。

「ふざけるな! これじゃ商売にならん! やはり街へ入るのはやめ――」

「問答無用だ!」

俺が引き返そうとしたのを遮り、役人たちは槍の柄で俺を突き飛ばすと、ひったくるように荷馬車から積荷の箱をいくつか奪い取っていった。

「こ、この野郎……!」

これでは誰も近寄らなくなるのは当たり前だ。

噂のグレンフィルトとやらへ、無理してでも急げばよかったか。

あそこは税が無いとか、一割だとか、いろいろな噂が飛び交っており、どれが本当か分からなかったが……。

(まあ、さすがに税がないってことはないだろうよ。だが、噂になるぐれぇだ。よっぽど安いんだろうぜ)

今さら後悔しても始まらねえ。

俺は、開いている宿屋をやっとのことで見つけ出し、その扉を蹴るように開けた。

だが、ここでもぼったくられた。

見るからに高級そうでもねえ薄汚れた宿だというのに、一泊で銀貨を何枚もとられたのだ。

「チクショウ……。おい、水をもらおうか」

機嫌が悪くなる一方の俺に、宿の主人が持ってきた水差しと杯。

それにまで、銀貨を一枚要求してきた。

「水だぞ!? 井戸から汲んだ水に、銀貨だと!? どうなってやがるんだ、この街は!」

俺が怒鳴りつけた、まさにその時だった。

宿の扉が開き、城の紋章をつけた兵士が二人、ずかずかと入ってきた。

「ミュラー伯爵がお呼びです。異国の商人とお見受けするが、城までお越しいただけませんでしょうか?」

(伯爵、だと? 何の用だ……)

どうせ、また何かふんだくるつもりだろう。

だが、領主の呼び出しを断れば、命が危ねえ。

俺は、重い足取りで薄ら寒い城へと向かった。

通されたのは、謁見の間ではなく、薄暗い寝室だった。

ひどい酒の匂いが、鼻を突く。

城の主であるミュラー伯爵は、玉座ではなく、ベッドに寝込んでいた。

「……うう、最近、どうにも気分がすぐれんのだ……」

顔は青白くむくみ、手は小刻みに震えている。

部屋の隅には、高級そうな酒瓶が何本も転がっていた。

(こりゃあ、ただの酒の飲みすぎだな。……よし、アレを売るか)

俺は、商人としての笑みを顔に貼り付け、恭しく頭を下げた。

「伯爵様。それはおつらいでしょう。実は、そのようなお方を楽にさせる薬が、ちょうど私の荷にございます。ただし、一度に取りすぎると危ないので、気をつけていただかねばなりませんが」

俺が荷袋から取り出したのは、小さな包みと、一本の細い管。

東方から仕入れた、特別な麻薬だ。

とても治せないような病の痛みを和らげるために、王侯貴族がこっそり使うような代物だ。

あの旧王都のレグナリア王にも、俺はこの薬を定期的に卸している。

「おお、おお、それは気が利くな! どれ、さっそく……」

「お待ちを。この管に、ほんの少量だけ入れて火をつけ、その煙を吸うのです。こうやって……」

俺が吸わないように気を付けて手本を見せると、伯爵はひったくるように管を奪い、深く煙を吸い込んだ。

途端に、伯爵の強張っていた顔が、だらしなく緩んでいく。

「おお……! おお、確かに楽になるな! これは良い! よし、商人よ、望みのものをとらせよう!」

(よし、食いついた)

俺は、すかさず本題に入った。

「ははっ、ありがたき幸せ。では、金品には及びません。ただ、商売柄、情報が必要でして……この城におられるという、人質の方がどうなっているか、とか、教えていただければ……」

商人仲間から、この情報をグレンフィルトの連中が高く買う、という話を聞いていたのだ。

だが、ミュラー伯爵の答えは、俺の予想を超えていた。

伯爵は、薬で緩んだ頭で、面倒くさそうに鼻を鳴らした。

「ふんっ、ああ、シュタイン子爵のことか。ヤツなら、もう死んだぞ」

「……え?」

「うるさくわめくから地下牢に放り込んでおいたら、いつの間にな。壁に『これ以上、迷惑はかけられない』とか、血で書き残していたわ。まったく、面倒な男よ」

(なんということだ……)

俺は、さすがに言葉を失った。

金になる情報だとは思ったが、これほどむごい結末だったとは。

「……そ、それは……。伯爵様、よろしければ、この東方の珍しい酒もおつけしましょう! 薬と合わせれば、さぞ気分がよろしいかと」

俺は、懐から小さな酒瓶を取り出して差し出した。

伯爵は、子供のようにはしゃいでそれを受け取る。

「おお、おお、お前は実に気が利くな! よし、特別だ! お前から取ったあの忌々しい税は、全て返してやる! もう行ってよいぞ!」

「ははっ! ありがたき幸せにございます!」

俺は、奪われた荷物と金を取り返し、足早に城を退出した。

宿に戻り、荷馬車を引かせると、すぐに街の門へ向かう。

外は、ついに本格的な雪が降り始めていた。

だが、もう天候などどうでもよかった。

この凶報を、一刻も早くグレンフィルトへ届けねばならない。

それが金になるから、というだけではない。

あの死にかけの街から、一秒でも早く離れたかった。

俺は、雪でぬかるむ街道を、グレンフィルトへと急いだ。

グレンフィルトが、この報せをどう受け止めるのか。

それを考えると、どうにも、心が重苦しかった。