軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第113話 迫り来る試練の時と徹夜の軍議

『アヴァロン帝国暦2年 12月中旬 帝都フェルグラント 夕刻 晴れのち雪』

【皇帝の右腕オルデンブルク公爵グレン視点】

帝都フェルグラントの冷たい冬の風が、窓ガラスをガタガタと揺らしていた。

夕日が差し込む薄暗い部屋のベッドで、東方の異国商人バルザフが、ようやく重い 瞼(まぶた) を開いた。

かつて俺の御用商人として、都市オルデンブルクの復興に尽力してくれた彼の顔色は、まるで死人のように青白い。

いつもの陽気で胡散臭い笑顔は、どこにもなかった。

「バルザフ、さっそくで悪いんだが、ハーグで何があった?」

俺は、ベッドの脇に身を乗り出し、焦る気持ちを抑えながら問いかけた。

バルザフは、焦点の合わない目で宙を見つめ、ひび割れた唇をわずかに震わせた。

「……北方の王と、ランベール王国から来た騎士風の娘が結ばれたらしい。そして正室にすると……」

バルザフは、力を振り絞ってそれだけを言うと、糸が切れたように再び深い眠りに落ちていった。

静かな寝息を立てる彼に毛布を掛け直し、俺は背後に控えていた側近のユーディルへと視線を向けた。

「そうなると、北方と南方が縁戚関係になりますな」

ユーディルが、深刻な面持ちで顎に手を当てながら、静かに呟く。

(……最悪の事態だ)

北方の強大な勢力と、南方のランベール王国。

それが縁戚関係となり手を結ぶということは、この広大な大陸において、我がアヴァロン帝国が完全に挟み撃ちにされることを意味する。

背筋を、冬の寒さとは違う、冷たい汗が伝い落ちるのを感じた。

「まずい、これは確かにマズいぞ。冬の間に軍備を整えねば!」

俺は、思わず声を荒げていた。

これまでは、春になれば軍を動かし、計画通りに東方への遠征を進めるつもりだった。

だが、もはや東方遠征どころではない。

そんな余裕は、一瞬にして吹き飛んでしまった。

アヴァロン帝国に、試練の時が訪れようとしていた。

◇◆◇

俺はバルザフの部屋を飛び出すと、冷え込みが厳しくなり、雪がちらつき始めた帝都の街を駆け抜け、カール皇帝陛下のもとへ急行した。

皇城の作戦会議室に飛び込むと、すでにそこには主要な将たちが顔を揃えていた。

「――というわけなのです、陛下。北方と南方が結びつけば、我が帝国は完全に挟撃されます」

俺の報告を聞き、円卓の上座に座るカール皇帝は、腕を組んだまま深く唸った。

「うむ……。春の東方遠征を前に、厄介な火種が持ち上がったものだ」

カール皇帝の鋭い眼光が、円卓を囲む将たちを見渡す。

そこには、かつての臆病さを微塵も感じさせない客将ミュラーや、相変わらず野獣のような威圧感を放つ傭兵団長ムンド、そして旧アードラー帝国の第一師団長であるカリストの姿があった。

「さて、どう動くべきか。皆の意見を聞こうではないか」

カール皇帝の言葉を皮切りに、にぎやかな、しかしヒリヒリとした軍議が幕を開けた。

「俺としては、軍を二手に分けるのが筋だと思うぜ」

真っ先に口を開いたのは、ムンドだった。

「北と南、同時に攻め込まれりゃ、どちらかの国境が破られる。なら、こっちも軍を二つに分けて、それぞれで迎え撃ち、打ち破るまでよ」

ムンドは、腰の『シャムシール』の柄を叩きながら、好戦的な笑みを浮かべる。

「だが、それは危険すぎるのではないか」

すぐに反論したのは、第一師団長のカリストだった。

「戦力を二分すれば、こちらの強みである圧倒的な突破力が失われる。各戦線での兵力差が生まれれば、各個撃破されるのは我々の方だぞ」

「なんだと? 俺たちの戦いが劣るとでも言うのか」

「現実を見ろと言っているのだ、傭兵」

火花を散らす二人の間に、ミュラーが静かに割って入った。

「お二方とも、落ち着きなされ。……カリスト殿の言う通り、戦力の分散は下策。私としては、軍を一つにまとめ、南北どちらかを最初に全軍で叩き、撃破する案を推します」

「うむ。各個撃破の定石だな」

カール皇帝が、ミュラーの案に頷く。

「ならば、先に叩くのは北方か、それとも南方か?」

「……どちらを先に攻めるにせよ、容易な戦いにはなりますまい」

俺は、重い口を開いた。

頭をよぎるのは、先日辛くも勝利を収めたばかりの、ダリウス小王国との激戦だ。

「先のダリウス小王国の戦いも、一歩間違えれば、我がアヴァロン帝国が負けていたかもしれません。北方王の武力も、ランベール王国の底力も、決して侮れるものではない」

俺の言葉に、円卓の空気が一段と重くなった。

ムンドもカリストも、渋い顔をして口をつぐむ。

あの大乱戦を生き抜いた俺たちだからこそ、誰も楽観的な意見を口にすることはできなかった。

「……確かに、今の我々に慢心は許されんな」

カール皇帝は、大きく息を吐き出した。

「二正面作戦か、全軍での各個撃破か。どちらも一長一短、リスクが大きすぎる」

それから、軍議は白熱した。

軍の配置、兵糧の備蓄、同盟国への根回し。

あらゆる可能性と最悪の事態を想定し、議論は堂々巡りを繰り返した。

誰もが血走った目で地図を睨みつけ、声を枯らして意見をぶつけ合う。

結論が出ないまま、時間は無情にも過ぎていった。

◇◆◇

「……陛下、夜が明けましたな」

ミュラーが、疲労の滲む声で呟いた。

窓の外を見ると、昨夜から降り続いていた雪はすでにあがり、帝都フェルグラントの街並みが、白み始めた朝日に照らされて輝いていた。

徹夜の軍議で、俺たちの顔は一様に疲れ切っていた。

「……ああ。だが、まだ決定的な一手が見つからん」

カール皇帝は、円卓の上の乱雑に置かれた駒を見つめたまま、静かに首を振った。

「まずは、敵の正確な動きを知る必要があります」

俺は、冷たい水で喉を潤し、皇帝に進言した。

「北方と南方が本当に結びついたのか。軍を動かす準備を進めているのか。……憶測だけで軍を動かすのは危険です」

「うむ。グレンの言う通りだな。まずは情報収集からだ」

カール皇帝は、力強く立ち上がった。

「すぐに手配せよ! 北方と南方へ、腕利きの密偵を放て! 敵の動向、兵力、そして内部の不満分子に至るまで、徹底的に調べ上げるのだ!」

「「「ははっ!」」」

俺たちは一斉に立ち上がり、深く頭を下げた。

静かな雪上がりの朝。

帝都フェルグラントの城門から、目立たぬ旅装束に身を包んだ数人の影が、北方と南方へ向けて、音もなく放たれていった。

アヴァロン帝国の存亡を懸けた情報戦が、今、静かに幕を開けたのである。