軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第105話 グレン、フリードリヒ(フリッツくん)のお相手をする

『アヴァロン帝国暦2年 11月中旬 帝都フェルグラント 皇宮 昼 晴れ』

【皇帝の右腕グレン視点】

十一月も半ばを迎えた、ある秋晴れの日。

俺ことグレンは、カール皇帝陛下からの呼び出しを受け、皇宮へと足を運んでいた。

長い廊下を歩いていると、思いがけない人物が出迎えてくれた。皇后のカタリーナ様である。

「これはカタリーナ様。わざわざ俺を出迎えなくても良いのです」

俺が臣下としての礼をとると、カタリーナ様は優雅に微笑んだ。

「ふふっ、良いのです。あなたの奥方のエレーナは私のお茶飲み友達ですからね。それより、今日はグレン公にお願いしたいことがあって……」

「皇后様、どうぞはっきりとおっしゃって下さい」

俺が促すと、彼女は少し困ったような、それでいて母親らしい優しい顔になった。

「実は、息子のフリッツに剣を教えたくて」

「ああ、なるほど。カール陛下が相手では、強すぎるとか、そのような感じでしょうか?」

「まあ、どうして分かるのかしら?」

俺はカタリーナ様の少し後ろを歩きながら、皇帝の私室へと入った。

「へいか〜、父上〜、剣を教えてください〜!」

扉の向こうから、元気な男の子の声が聞こえてきた。

どうやら、中でじゃれついているようだ。

「おお、我が右腕よ! 困った、実に困った! 息子に剣や槍を教えてやってくれぬか?」

部屋に入ると、俺は思わず吹き出しそうになった。

あの無敵を誇るカール皇帝陛下が、東方より仕入れたという『竹刀』なる軽い練習用の剣で、小さな男の子からポコポコと叩かれていたのだ。

「あら、フリッツ。父上を叩いてはいけません」

カタリーナ様が注意しても、フリッツくんは陛下をポコポコと叩き続けている。

「えいっ、えいっ!」

「最近、特に元気なのだ。だが、俺が剣を交えると、おそらくは……」

カール皇帝が困惑したように俺を見る。

確かに、陛下の剛剣は手加減が難しい。万が一にも、次期皇帝であるフリードリヒ殿下に大ケガをさせては一大事だ。

「フリードリヒ殿下にケガをさせてしまうでしょう。分かりました。このグレンめが、フリードリヒ殿に剣を教えましょう」

俺がそう答えたとたん、フリードリヒ殿下の顔が、パアアッと明るくなった。

「ホント? グレン公がおしえてくれるってホント? 父上とも戦える人だよね?」

「ああ、きっと、俺が教えるより良いだろう。なあ、カタリーナ?」

「はい。お願いしますね、グレン公。あと、息子のことは、気軽にフリッツとお呼びください」

フリッツくんが、俺の前にちょこんと立つと、持っていた竹刀を両手で差し出してきた。

「お願いします、グレン公。あと、僕のことは、フリッツとお呼びください!」

「わかったよ、フリッツくん。さっそく、練兵場へ行こうか」

◇◆◇

『皇宮の練兵場』

俺とフリッツくんは、それぞれ竹刀を持つと、練兵場の中央で向かい合った。

次期皇帝の初稽古とあって、非番や休憩中の兵士たちがぞろぞろと見物に集まってくる。

少し離れた場所では、父親であるカール皇帝と、カタリーナ皇后も心配そうに眺めていた。

「いつでもどうぞ、フリッツくん」

「グレン公! 僕は強いぞ! いつも父上は、叩かれるだけなんだ!」

フリッツくんが、小さな体で竹刀を上段に構えながら、元気よく駆けてくる。

(なるほど、元気だ。だが、基礎がなっていない)

剣を交える必要すらない。

俺は、向かってくるフリッツくんのほうへ進み出ると、すれ違いざまに、ひょいと足を引っかけた。

「うっ!? うわっ!」

ズザザザザーッ!

勢いよく突っ込んできたフリッツくんが、土煙を上げて盛大に転がった。

俺は素早く振り返り、うつ伏せに倒れた彼ののど元に、ピタリと竹刀を突きつける。

「一本! そこまでだ! グレン公の勝利!」

審判役のカール皇帝が、高らかに宣言した。

「汚い! グレン公は卑怯だよ! 剣の試合なのに、足を使うなんて!」

フリッツくんは顔を真っ赤にして抗議した。

よく見ると、膝をすりむいたようで、血がにじんでいる。高級なシャツと半ズボンも、土埃でドロドロに汚れていた。

それでも、痛みに耐えて泣きださないのは立派だ。

「フリッツくん。ここが戦場ならどうなっていた?」

「そ、それは……」

俺が静かに問いかけると、フリッツくんは言葉に詰まった。

敵は正々堂々と剣を合わせてくれるとは限らない。それを幼いうちから叩き込んでおくのも、師範の重要な役目だ。

「まあ、そういうことよ。頼めるか、グレン?」

「ええ、根性はあると思います。時々、お相手しましょう」

こうして、俺は次期皇帝の剣術、槍術、弓術の指南役となったのである。

◇◆◇

それから数日。

俺は毎日、忙しい合間を縫って時間を割き、フリッツくんを鍛え上げていた。

「えいっ、やぁ!」

今日も元気な、男の子特有の甲高い掛け声が、広々とした練兵場に響く。

力任せに振られる竹刀の軌道は単調で、まだ、俺が竹刀を構えるまでもない。

ひょいひょいと、フリッツくんの剣をいなしながら、俺はふと遠くへと思いを馳せた。

(俺とエレーナの息子、カインも、やがてはこうして剣を握るのだろうか……)

自分の息子に剣を教える日が来るのだろうか。

そんな少し先の未来を頭の片隅で思い描きながら、俺は、やんちゃな次期皇帝の相手を続けるのだった。