軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

増幅するもの

兄さまと会えた翌朝、私はとても元気であった。

「今日の夜は家族でゆっくり」

と言われても、幼児が流ちょうに話せるわけでもない。ソファで隣に座って、目が合えばにっこりして、膝の上に乗せられて、私がいなかった王都での話をぽつりぽつりと聞かされて。早めに二人でベッドに入って、少しお話していたらいつの間にか二人とも眠っていて、気がついたら朝だった。

目が覚めると、隣に自分のとは違う金髪の頭があった。アリスターは私よりいつも早く起きるし、お屋敷では兄さまとは部屋は別々だったし、誰かが眠っているのを見るのは久しぶりのような気がした。

普段は涼やかな淡紫の瞳は、まぶたの下に隠れていて、そうすると普段はしっかりして見える兄さまも年相応の幼い顔に見えるのだった。まだ11歳なのに、こんな辺境にまで迎えに来てくれた。大変な事もあったけれど、ちゃんと楽しく暮らしていた私を、ずっと心配してくれていた。

私は兄さまの額にかかる髪の毛を、小さい手でそっと払った。それで目が覚めてしまったのか、兄さまのまぶたがぴくりとして、静かに目を開けた。その目が私をとらえると、兄さまは私の手をそっとつかみそのまま額に押し当て、また目をつぶった。

「にーに、おはようごじゃいましゅ」

「おはようございます、リア。なんて素晴らしい朝なんでしょう、リアの手で目が覚めるなんて」

そんなことを言われるとちょっと照れる。私がニコニコして、兄さまがニコニコして、それは温かい朝の目覚めになった。

「そう言えば昨日は聞けませんでしたが、リアは結界が張れるようになったのですか」

「あい」

ふと真顔に戻った兄さまは真面目な顔でそう聞くので、私は正直に答えた。

「私はリアがいなくなった後、魔力や結界について、調べられるだけ調べたのですが、結界を張る力を持つ人の話などひとつもありませんでした」

「そうでしゅか」

私も聞いたことはなかったが、そもそも幼児なので、たいていのことは聞いたことがない。

「よかったらリア、今ここで、結界を張ってみてもらえませんか」

「あい、だいじょぶ」

しばらく使っていなかったが、魔力の訓練は続けていたので大丈夫だと思う。私も兄さまも行儀は悪いが、寝巻のままベッドの上で向かい合って座った。

「ちいしゃいけっかい、しゅる」

兄さまにそう宣言すると、魔力を変質させていき、私と兄さまの周りを覆うだけの結界を張った。

「おお」

兄さまは小さく声を上げると、結界の際に手を伸ばし、結界に手を出し入れしてみている。そう大きくもない結界は維持するのにもそれほど力を使わない。兄さまは夢中になって結界を観察し、その兄さまを私が夢中になって観察する、そんな時間が過ぎていった。

正直なところ、アリスターでさえまだ結界を張ることはできない。それは私と違って魔力が見えないからだと思う。私も結界を目で見ることはできないけれど、魔力を感じ取る力が強いらしいので、結界をどのように展開し、どう魔力が変質しているのかは割とわかる。

そして子どもっぽく目を輝かせて結界を確かめている兄さまを見ていると、兄さまも結界をしっかりと認識していることがわかる。

「魔力を自分で変質させているんだね、リア。兄さまにもできるかなあ」

あ、今。本当に出会ったばかりのころのように兄さまが話してくれた。いつからだろう、兄さまが誰にでも丁寧な言葉遣いをするようになったのは。お父様には最初からだった。でも私がさらわれる前は? 普通に話していたような気がするのだ。

「まりょく、しょとにだしゅ」

「できるよ、リア。私だって、ファーランドに行って修行したんだからね」

「ふぁーらんど」

「そう。虚族もやっつけたんだよ。優秀なハンターになれるって言われたんだ」

どうも兄さまはアリスターに対抗意識を持っているようだ。それなら少し安心させておこう。

「ありしゅた、けっかい、はりぇにゃい」

「そうなんだ。じゃあリア、もうちょっと頑張ってくれる?」

「あい」

兄さまは嬉しそうに笑ったあと、目を半分にして結界に手を伸ばす。

「魔力を、外に出す。リアの結界に合わせて、変質させていく。結界箱を思い出せ。魔石の魔力はどういう向きに変わっていた。魔力の質を曲げていく。リアに近付ける」

ぶつぶつ言いながら身にまとう魔力を変質させていく。私でさえ何週間かかかったのに。兄さまの魔力はどんどん結界に近くなっていく。

と、何かがかちりとはまるように、兄さまの魔力は私の結界と同じものになった。

「できた! え?」

「にゃに?」

兄さまの喜びの声とともに、確かに兄さまも結界を張ることができた。しかし。

その結界は私の結界と共鳴し、爆発的に膨らんだ。

「にーに、とめりゅ!」

「リア、わかった! リアもだ!」

「あい!」

私達はお互いを見てハッとすると、声をかけあって結界を張るのを止めた。なんだ、なんだ今のは。

「リア、結界がどこまでふくらんだかわかりましたか」

「わかりゅ」

「私もだいたいは……おそらくは」

「あい」

正直に言おう。シーベルの町全体を覆ったかもしれない。そして緊急事態のせいか兄さまの言葉はまた丁寧なものに戻っていた。

「まずいですね、魔力の強い者の中にはもしかしたら結界が膨らんだのに気づいた人がいるかもしれません」

「ごまかしゅ」

兄さまは私の言葉にあきれたような顔をした。

「辺境に行って変な事ばかり覚えたのではないですか」

「しょんなことはにゃい」

「まったく。でも、そうですね。どうしようもない」

兄さまは何かをあきらめたように肩をすくめた。

「よし、ごまかしましょう」

「あい」

「そうとなったら」

「あい?」

兄さまはコロンところがると、布団に潜り込んだ。

「寝たふりですよ、寝たふり。夜更かししてまだ起きていなかったことにしましょう」

「りあも」

そうして私も布団に潜り込み、ドアがノックされるまでクスクス笑いながらひそひそとおしゃべりをしていたのだった。

だって、そうでもしないと私も兄さまも震えが止まらなくなりそうだった。兄さまはすぐに気づいたようだが、私は知らなかったのだ。結界箱はその範囲が広くなるにしたがって魔石の数が増えることを。魔石二つは、魔石一つの二倍ではなく、何倍にも増幅するということを。

そしてそれは、人が直接作った結界でも同じであることを、私たちは意図せずに証明してしまったのだった。

「キングダムに戻るまで、しらを切りとおしましょう」

「あい」

そういうことになった。

「なんだか、私たち、やっぱりお父様の子どもなんですね」

「ちかたにゃい」

「そうですね。しぶとくいきましょう」

「あい」

大丈夫、お父様。ごまかしてちゃんと帰るから。