軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

難所

「ほんとにあんた、敬われてんのか」

「もちろんだ」

バートと王子が朝から不毛な争いをしている。どうやら、宿屋に侵入しようとした人がいたらしい。目的はずばり、私だと思う。

「どんなに実入りがよくたって、王子もいるところを襲うとかありえねえ。しかも夜だぞ。山脈から離れているからめったに出ねえとはいえ、虚族のことを考えたら命がけなのに」

バートが首をひねっている。そして食堂に入ってきた私をつかまえると抱き上げて高く掲げた。私は思わず足をぶらぶらさせ、きゃっきゃっと笑った。

「リアがかわいいのはわかるけど、そんな危険を冒してまで欲しいもんかねえ」

本当にそうだ。魔力はあってもただの幼児なのに。

「何度も失敗しているから、どうしても元を取りたいとかじゃねえの。顔がばれてしまう危険を冒しても、使者に偽装したりしたんだしな」

キャロがめんどくさそうに言う。本当に面倒な話だ。普通に働いていたら、普通に暮らせるのに。バートはそっと私を下ろした。

私は朝起きるなりドリーに連れられ、洗面、着替え、朝食は済ませてある。アリスターは一階でみんなとご飯を食べた。私だってみんなとご飯を食べたいが、アリスターのようすを見たら、旅の間に少し、お互い別の暮らしに慣れたほうがいいと思ったので、文句を言わずにドリーについていったのだ。

ドリーは40過ぎで、姿勢の良いほっそりした姿をしている。ずっと侍女の仕事一筋と言う感じだが、実は子どももいて、その関係で王子の乳母もやっていたのだそうだ。だからこんなところまでついてきたのだろうし、てきぱきと、しかし優しく相手をしてくれる。

それでも、貴族とはこういうものという考えに凝り固まっているので、私が「自分でやる」ということがなかなか難しい。私が庶民の暮らしに慣れているのを見るといちいち信じられないという顔をするので、だんだん面白くなってきたくらいだ。

私にも乳母はいたが本当に乳をくれるだけの人だったし、ハンナは若くて貴族のしきたりなどにうるさくはなかったし。もしお母様が生きていたら、私にもこういう人がつけられたのかなあと思うと、ドリーのことは慕わしいような気もした。

「まあ、お着替えなど自分でなさるものではありません」

「手はお拭きしますから!」

「ああ、スプーンを自分で、ああ、こぼれる!」

やっぱりいなくてもいいような気がする。

今日からは、初日のように朝に無駄な時間を使ってはいられない。いくつも大きな町があるわけではないので、夜までに次の町にたどりつかなければならないのだ。ましてドリーや私のように、一人で竜に乗れない者が一行にいたら、行動を早くしないと遅れてしまうだろう。

王子直々にポケットの中をチェックされ、草笛を取り上げられてしまったが、それでも外に出て旅をするのは楽しいものだった。

お休みのたびに敷物だの椅子だのが用意されるのは面倒だったが、子どもだと思うからか必ずおやつが出たし、水分もちゃんともらえる。快適だった。それに、前回と違って、虚族からなるべく離れるように海側のコースを取っている。直接海に出ることはなかったが、竜のかごから遠くを見ると、海が日をはじいてきらきらしているのが時々見えるのだった。

小さい子供連れのため、余裕を持った日程を立てていたようだが、私が文句も言わず体調も崩さないため、かなり順調に来ているらしい。普通の大人がかかる時間と同じリズムで来ていると護衛の人が教えてくれた。

「リア様がお利口だからですよ。しかし、明日から三日間は、この旅程で最大の難所になります」

「なんちょ」

「難所は難しいか、ええと、ウェリントン山脈が海側まで迫っていて、土地が狭くなっているところがあるんです」

来た時にはそんなところはあっただろうか。私はバートのほうを見た。

「通ったぜ。狭いって言っても、小さい町一つ分の幅はあるから、ちょっとわかりにくかったかもしれねえ」

その話をした時にはもうトレントフォースを出てから二週間近くたっていた。二週間もたつとみんなすっかり慣れて、私にも気軽に話しかけてくるようになった。呼び名もリア様で定着している。

「ここを越えるとケアリーまで一週間。そこからウェスターの王都まで一週間。半分近くは来たなあ」

難所の一つ手前の町で、出発準備をしながらバートが説明してくれた。

「俺たち結界箱を使ってテントに泊っただろ、だからあんまり困らなかったんだが、ここはウェリントン山脈に近すぎて町も作れねえ。正確には作れるが、しょっちゅう虚族がうろうろしているところに住みたくねえだろ。だからここから三日間は町がない。だが、行商の仕事をする人は必ずここを通らなくちゃいけねえ。だから、旅人が自由に使えるように、大きな小屋がところどころに建てられているんだ」

その小屋は町の家と同じように、虚族が入れないようになっているのだという。小屋なのに大きいとはどういうことかなどと気がそれていた私だが、声を低めた次のバートの言葉にハッとした。

「いいか、リア、この二週間、俺たちはずっとつけられてる。どうやら規模は大きくないみたいだが、しょせん護衛は王子しか守らねえ。次にアリスターだ。リアだけをさらわれてしまったら、おそらく数人が捜索に回って、でも土地勘がねえから探しきれなくて、結局何日かであきらめちまうのは目に見えてる」

バートは難所の説明をするふりをして続けた。

「街に泊っている気配はないから、おそらくだが、奴らも結界箱をもってる。そして少人数で移動してる。ここは難所だが、結界箱を持っている奴には自由に動けるチャンスでもあるんだ。それを王子たちは今一つピンと来てねえ」

そうしてしゃがみこむと、私の肩を優しくつかんで覗き込んだ。

「俺たちは虚族専門のハンターだ。ローダライトの剣では、人は斬れない。決して一人にならないよう、注意してくれな」

「あい」

私はしっかりと頷いた。もうさらわれるのはこりごりなのだ。

旅人用の大きな小屋は、ベッドなどなく、雑魚寝専用だ。一つの小屋に、10人ほど泊まれる。それが5つ、どちらかと言うと海よりに設置されていた。

「それが三か所、後は途中にも避難用にいくつか小屋が設置されているが、それだけだ」

「たくしゃん、いどう、どうしゅる?」

「そんなたくさんの人が移動することなんてねえよ」

そうだろうか。

「これらの維持だって大変なんだぞ。その代わり、貸しラグ竜で儲けてるけどな、両側の町は」

この難所のためだけに、寝袋や料理道具を用意したら荷物が多くなりすぎる。そこで、ラグ竜一頭に、寝袋、料理道具、ランプ、そして食料一式を積み込んだものを、手前の町で貸してくれる。難所を越えた町でそれを返却する。そういうシステムなのだが、旅館に泊まれるくらいの費用が掛かる。

それでも通る人はたいてい利用するから、難所の前後の町はそれなりに儲けているらしい。

レンタカーみたいで面白い。それでは余分のラグ竜も増えて、危険な難所に出発だ。