作品タイトル不明
疲れ
同行するまでにちょっともめたりはしたが、どうやらマークはシエナのことを憎からず思っている様子。きっと楽しい道中になるだろうと思ったが、雲行きが怪しい。
「ニコ、リア。私はシエナ殿をもてなさねばならないから、今日は二人だけで大丈夫かい?」
「もちろん、だいじょうぶだ」
「だいじょうぶだよ」
遊びたくても、グレイソンへの移動の日でも、マールライトの変質は続けなければならない。
マールライトを一時間、変質させ続けるのは大変だから、話し相手がいてほしい。
マークがいたら、より楽しいけれど、ニコと二人でも十分退屈はしのげるから大丈夫だ。
だが、もてなされようとしている本人からクレームが来た。
「待ってください、マーカス様。まさか小さいお子を二人だけで竜車に乗せようというのですか」
「二人だけではありません。侍女も護衛もいますよ」
「それは二人だけなのと一緒です。マーカス様が付き添わないなら、私がご一緒いたしましょう」
「それは、困ります!」
私が魔道具を作れることを、カルロス王子には知らせた。
だが、シエナに教えるかどうかはまだ決めていないから、私たちが竜車で何をやっているか、まだ知らせるのは早すぎる。
秘密が多すぎて、マークが言い返せないのが哀れである。
ここは私の出番である。
「シエナ。リアとニコは、ごぜんちゅうはきほん、おべんきょうなの。マークがいるのにはなれているけど、シエナがいると、たのしくって、おべんきょうができないとおもうの」
「まあ。それなら仕方がないのかしら。でも、寂しくなったり困ったりしたら、シエナに声をかけてくださいね」
「うん!」
ほっとしたマークが、竜車にエスコートしようとしたら、シエナはぷんと横を向いた。
「殿下とリア様が問題ないなら、私は自分の竜に乗りますのでご心配なく」
同乗を断られたからといって、いまさら私たちの竜車に乗れるわけもなく、寒い中ラグ竜に乗る体力もないマークは一人寂しく竜車に乗ることになった。
「シエナはなぜあんなにプンプンおこってばかりなのだ?」
魔石を手にした私に、ニコが疑問をぶつけてきた。
「はっきりといけんを言うことはだいじだが、どうもマークにたいしてあたりがきついように思うのだが」
ニコにさえ感じ取られているシエナ、ちょっと減点だなと私も思う。
「アルでんかには、うまくねこをかぶれていたのにね」
「ねこをかぶるとは、どういうことだ?」
「ええとね」
私はちょっと考えた。
「ほんとうのじぶんをかくして、おとなしくみせること」
「りかいした。わたしはおとなしいごふじんより、げんきなほうがこのましいが、人それぞれだからな」
「それならリアは、ニコのこのみじゃないねえ、ナタリー」
「ざんねんですが、そういうことになりますね」
頷くナタリーとわたしに、ニコがあきれた目を向けた気がしたが、気のせいだったかもしれない。
グレイソンまでは、竜車だと一週間ほどかかる。その間に年が代わり、[友関5.1]ついにグレイソン領に入るところまでやってきた。
シエナは、宣言通り午前中はラグ竜に乗り、午後になると、私たちの竜車に移り、遊び相手になってくれる。
マークがいると、すぐにケンカ腰になるので、マークは午前も午後も一人別になることが多い。
あと三日、夜を過ぎたら目的地に着くというところまで来ても、シエナはマークにつんけんしたままであった。
「さすがにこたえるね……。ご婦人に冷たくされたことなんてないからさ」
宿の部屋のソファに座り込んで愚痴を言うのはマークだが、既にその言葉に配慮がない。
同世代の男子どころか、女子にも不評だろう。
だが、不満があるのは私も同じだ。
ハルフォードまでの道中で、ニコとマークで三人で過ごす時間はとても楽しかった。
毎日、シエナは工夫して遊んでくれる。
わたしたちを楽しませようとしてくれるのはわかるが、どんなに工夫されても、そもそも遊びたくない気持ちが沸き上がってくるのが抑えられない。
それにシエナは、私とニコを子ども扱いしすぎる。
「シエナはやさしいし、すきだけど、リアはもっとマークといっしょにいたかったな」
「リア! 本当はかわいい子どもだって、私は最初から知っていたよ!」
感動して抱き上げようとするマークをひらりとかわす私である。
「そういうところだぞ、マーク」
積み木を手にしていたニコが、憐れむようにマークを見ている。
「どういうところだ?」
「しつげんがおおいところ」
ニコの代わりに私が答えてあげた。
「ほんとうはかわいい子だって思っていた、ということは、かわいくないと思うこともあると、きこえるのだぞ」
「え、子どもらしくないところもあるから、いつもかわいいとは言えないけど、本当はかわいい子だってこと、ちゃんと知ってるって意味なんだけど」
「はあ。いつもかわいいとは言えない、と、いうひとことがよけいなのだ」
ニコは持っていた積み木をぴしっとマークに突き付けた。
「父上でさえ、口をすべらせて、母上をおこらせることがあるのだぞ。ごふじんに言うことばは、とても大切にしなければならぬ」
ニコは今すぐ、王様になっても、うまくやっていけるのではないだろうか。
私は心から感心してニコを眺めた。
とはいえ、ニコにだけ任せるのも申し訳ないので、私からも説明しておこう。
「リアは、マークがかんがえなしにものをいうことをしってるから、ぜんぜんおこらないけど、ほかの人は、おこることもあるとおもうよ。ただ、ふつうの人は四こうにはなにもいえないから」
「うう」
ソファで天井を見て愚痴を言っていたマークは、膝を抱えてうつむいてしまっている。
「ニコの言葉を聞くと、私の未熟さを思い知らされるけど、リアの言葉は、私の心を的確にえぐってくるんだよ」
「しんじつだからだとおもう」
「ううっ!」
ニコは、ますます丸まってしまったマークに近づくと、肩をポンポンと叩いた。
「マークは今のリアみたいな言いかたをしてしまっているということだな。だが、しんじつをそのまま口にしていいのは、子どもだけだということをわすれないほうがいい」
「うう」
「うう」
そして私にも流れ矢が飛んできたのだった。
グレイソンの領地に入ると、枯れた草原には、解け残った雪が見られるようになり、いっそう寒さが厳しくなってきた。
私は隙間時間で、あったかラグ竜用のマールライトを変質させ、その間にナタリーに簡易なポシェットを縫い上げてもらった。ラグ竜の形はそれなりに複雑で面倒なので、単純な四角にひもを付けた、作りやすいものだ。
そして、シエナだけでなく、増えたハルフォード一行に配り、身に着けてもらった。
「ジェシカがいただいたラグ竜のことが気になっていましたが、こんなにあったかいものなんですね。この寒風の中、本当に助かります」
既にネヴィルでは製法を公開しているし、あったか四角いポシェットを分解研究してみたところで、ファーランドの技術で模倣できるわけがない。
オールバンスでは利益を採ることは考えていないので、模倣されたとしても困りもしない。
それよりも、私にとっては、マークとシエナの間に吹く冷たい風のほうがよほど大問題だった。
いくら優しい思い出があるからといっても、今の私は、シエナのことを面倒だと思う気持ちのほうが強くなってきていたからだ。
だから、グレイソンまでこの空気でいるのは嫌だ。
グレイソンの領地に入ったことで、その気持ちははっきりしたものとなった。
何とかしなければいけないと思った私は、マークとシエナを強制的に一緒に過ごさせることにした。
「マーク、リアね、きょうのごごは、マークともいっしょのりゅうしゃにのりたいの」
朝ご飯の時にそう宣言すると、シエナは案の定同席を拒否した。
「では、私は今日は遠慮いたしますね」
だが今日はもう、シエナのわがままは聞かない。
「だめ」
「ええと」
「だめ。シエナもいっしょのりゅうしゃにのって」
確かにマークの発言は配慮に欠けるものも多いが、だからといって、他国の重鎮にこのような態度を取り続けるシエナには、ちょっと反省してもらいたい。
それに、いろいろなことを隠し続けるのにも疲れてしまった。
結界箱に関しては、秘密を守るのは大切かもしれないが、あったかラグ竜については大丈夫なはずだ。
私が魔道具師の卵であることとか、ニコも私も、賢い子であることとか、これからグレイソンに行ったら隠し切れるものではない。
なにより、私が何を話しても、マークなら普通に受け止めてくれるのに、シエナには変に思われないように気を付けようと思うことに、疲れてしまった。