軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ラグ竜の足音

マークとはおしゃべりしたり、手遊びをしたりして楽しく過ごすことができたから、さっきまでの退屈の虫はどこかに行ってしまった。

そして一時間はあっという間にたち、次の休憩の時間が来た。

「ニコはだいじょうぶだったかな」

「大丈夫だろう。リアと違って落ち着きのある世継ぎの君だぞ」

「リアもおちついたオールバンスの子だけど?」

正直、さっき竜車から飛び出して落ちそうになったことは認めざるを得ないが、基本的には落ち着きのある幼児だと自負している。

なにか言いたそうなマークは無視して、竜車から出てきたニコを見ると、心なしか王子色が色あせて見えるような気がする。

「リア……」

「さすがニコ! 一じかんだいじょうぶだった?」

おそらく大丈夫ではないが、私には少なくともナタリーがいて気を紛らわせてくれた。

なんならうたたねした時に、そっと起こしてくれさえした。

だがニコのお付きの人はそんなことをしてくれない。

つまり、同じ一時間でも、ニコのほうがずっと偉いと私は思っている。

「だいじょうぶではなかった。リアの言うとおり、思っていたよりずっとたいくつだった」

意地っ張りなところも、素直なところもニコのよいところだ。

「あしたはさいしょからいっしょにのろうよ」

「そうだな、それがりんきおうへんということだな」

結局、マールライトの変質はどうだったかって?

聞くまでもない。

二人ともまったく問題はなかった。

退屈問題が解決したところで、やっと本格的にファーランドの旅が始まったような気がする。

「ファーランドをおとずれるのは二どめになるが、かいどうぞいのけしきは、ウェスターとあまりかわらぬ気はするな」

竜車の窓から外を眺めまがら、ニコがつぶやいた。

「リアは二どめ。こっきょうをこえたことはなんかいもあるけど」

「待て待て、ニコの言ってることはわかるけど、リアの話は聞き捨てならないぞ」

「ほら、オールバンスのごえいのくんれんがあったでしょ?」

「それは私がネヴィルに来る前にしたことだろう。ほら、って言われても知っているわけがない」

マークが騒ぐので、私はお父様のことを説明してあげた。

お父様が四侯として背負う責任と、その息苦しさを。

そして、何者にも邪魔されず自由に歩けたファーランドの夜を。

「オールバンス侯が、そんなふうに思っているなんて知らなかったな。私も自分の立場に息苦しさを感じることはあったが、それはあくまでモールゼイの跡継ぎとしてであって、四侯として国を背負うことに疑問を感じることはない、気がする」

モールゼイを継ぐより、四侯として国を背負うことの方がずっと重いはずなのだが、国や民というのは、重すぎて価値が感じられないのかもしれない。

「カルロスとおなじ。いつかは王となることになんのぎもんももたないのに、王がなにをせおっているのかきがついてないの」

「あの王子様と一緒にされるのは我慢がならないね。わざわざ重苦しい気持ちを背負う必要性も感じないが、気に留めてはおくよ。でも問題はそこじゃないよね」

大人のお父様が自分の責任で辺境に出ることは止められないが、幼児がそんな危険なことをするべきではないと叱られることになってしまった。

私は反省した。

余計なことをマークの前で言うべきではないと。

だって叱られるんだもん。

「ばれなきゃいいとか、黙っていればいいみたいな気配を感じるのは、私の気のせいだろうか」

「きのせい、きのせい」

旅の間、午前中も午後も三人一緒。

なんなら、夜でさえ三人一緒だった日もある。

そんな日々は、私たちの間にあった、年の差による遠慮という壁をずいぶん取り除いてくれたと思う。

もともと予定になかったグレイソンへの旅だ。

その攻防の結果、まったく予定のなかった村や町に泊まることもあり、安全のために三人で固まるしかなかったとも言える。

慣れているとはいえ、冬に野営は体を壊しかねないので、狭くても文句の言える筋合いではない。

「まさかニコどころか、リアとまで一緒の部屋で休むことになるとは思わなかったよ」

「ここが一番いい部屋なんだそうです。それに、正直なところ、警備の上でも都合がいいです」

きっぱりとハンスが言い切る。

「リアの護衛は本当に正直だよね」

もちろん、ニコにもマークにも護衛が付いているのだが、相変わらずあまり実用的な役には立たないのである。

兄さまが聞いたら、自分こそ一緒に部屋で過ごしたかったと、歯をぎりぎり言わせそうな案件だが、マークにとってはとても新鮮だったようだ。

「すやすやと眠る幼子が二人いると、邪魔どころか、いつの間にかつられて眠ってしまうのが新発見だったよ。リアでもニコでもいいから、執務のストレスで眠れない時にうちに泊まりにきてくれないかい?」

こんなことまで言い出す始末だ。

「マークにストレスなんてあるの?」

「マークでもねむれないことなどあるのか?」

「二人とも、私のことをなんだと思っているのかな?」

「あにをひゅるー」

二人とも、というなら、引っ張るのはニコのほっぺにしてほしいと思う私である。

私にとってマークは、あまり跡継ぎの自覚のない、四侯一のおぼっちゃまで、堅苦しくなく私たちを楽しませてくれる人という認識だった。その認識が大きく変わったわけではないが、飲食をともにすれば自然と仲も深まる。

兄さまなら、精神年齢が同じなのでしょうと言いかねないが、小さいからと言って私たちを馬鹿にせず、対等に向き合ってくれるマークのそばは居心地もよく、楽しく旅は進んでいった。

ファーランド側の妨害で生じた結果の、唯一よかった点でもある。

冬枯れの荒野が永遠に続くかと思われた頃、街道ですれ違う竜車が増え、いつの間にか草地は整然とした麦畑に代わっていた。

「リア様、ニコラス殿下、マーク様」

竜車がゆっくりと止まり、扉を叩く音と共にハンスの声が聞こえ、私はお昼寝から目が覚めた。

「順番がおかしいよね、本来はニコ、私、リアの順だよね」

「オールバンスは、とにかくリアがいちばんだからな」

ハンスのせいで、大人に向けた五歳児の苦笑という貴重なものを見てしまった。

「ハルフォードが見えてまいりました。リア様なら、御者席から眺めてみたいかと思いまして。もちろん、ニコラス殿下もですが」

「いく!」

気のきく護衛に、私はにっこにこである。

「そのように気をつかわずともよいが、よろこんで行かせてもらう」

「私にはもっと気を遣うべきだと思うよ」

大人な対応のニコと、大人なのに子どもっぽい対応のマークも一緒に外に出ると、竜車は街道の端に寄せて止められていた。

「ほーら」

小さい私たちを、御者台の上に上げてくれたのはマークだった。

「ありがとう! わあ!」

まだ地面に張り付いている背の低い麦畑の向こうに、蜃気楼のように背の高い建物がいくつも浮かんでいる。

「大きい!」

「大きいな」

「ハルフォードはファーランドの西の要ですから。ネヴィルにも引けは取りませんよ」

歓声を上げる私たちに自慢そうに胸を張るのは、カルロスから私たちを託されたファーランドの役人の一人だった。

カルロス王子はほとんど身一つと言ってもいい状態でグレイソンに向かったので、必然的に、残されたファーランド一行は私たちと行動を共にしている。

カルロス王子に、仲のいいお付きの人たちが付いていなかったことからわかるように、ファーランド一行は、おそらくだがほとんど、ファーランド王側の意向をくむ人たちではあるが、一応親切にしてくれる。

私は御御者台の上で背伸びをした。

「あれ?」

「あれはなんだ?」

町の方から煙を巻き上げて何かがやってくる。

「こちらへ!」

ハンスが私とニコを荷物のように御者台から下ろすと、そのまま後ろの護衛へと引き渡した。

その護衛が私たちを乗っていた竜車に押し込め、ドアを閉めるところまではあっという間だった。

「えっと」

「またラグりゅうか?」

ニコも私も、思い出すことは一緒だ。

ウェスターの式典の時の、ラグ竜暴走事件だ。

その考えを証明するかのように、竜車の外から、ドッドッと竜の足音が近づいてくるのが聞こえた。

「けっかいをはっても、いみがないし」

「こうやってみると、われら王ぞくと四こうは、きょぞくいがいにはあまりやくにたたぬな」

「ニコがれいせいすぎる」

そんな冷静な二人組の私たちは、座席のクッションを頭にかぶると、竜車の床に小さくなって竜の暴走に備えた。

だが、竜の足音はちゃんと手前で止まったようだ。

「キングダムの一行とお見受けする! 手助けは必要か! 私はヘイリー・ハルフォード! ハルフォード伯爵の名代である!」

若くて張りのある、男性の声だ。私はクッションを頭にかぶったまま、ニコと目を合わせた。

「どうやらラグりゅうのぼうそうではなさそうだな」

クッションを頭から下ろすと、ニコはほっとしたように体を起こした。