作品タイトル不明
われらもさんかするが?
もっとも、アル殿下がありがたいと思うくらい大きな作戦があるのかと思うと、さっきまでののんびりした空気と違いすぎて戸惑いが先に立つ私である。
知らせを受けたのか、もともとの予定だったのか、そこに普段より一層陰気な顔をしたヒューが戻ってきてこれまたひと騒ぎあり、町長の屋敷は本人蟄居にもかかわらず、大賑わいであった。
どうやら集合すべき人はすべて揃ったようで、私たち子ども組がぽかんとしている間に、作戦会議とやらが開かれることになったようだ。
まだお父様との再会をじっくり味わえていないのに、気ぜわしいことである。私は不満で、ちょっとばかり頬が膨れてしまっていたかもしれない。
「思いがけずおじ上とあうことができた。きょうはよい日だな」
だからこそこのニコの言葉には脱帽である。
「リア、いまとてもはんせいした。じぶんかってだったとおもう」
「どういうことだ」
ニコが不思議そうだ。
「ずっとおとうさまといっしょにいたかったから、いそがしそうでつまらなかったの」
「それはしかたがなかろう。わたしもきたのが母上ならリアとおなじようにおもっただろうが、おじうえだからな」
その言い方はアル殿下には少々気の毒なような気もするが、そもそも普段もそんなに会えないから、顔を見られただけで嬉しいのだとニコは笑った。本当にいい子である。しかも、こんな提案をしてくれた。
「それに、ずっといっしょにいてもいいのではないか」
「いいの?」
大人組だけで話し合っているから、てっきり子どもは来るなということだと思っていた。まして兄さまとギルならともかく、私とニコは静かにできるとはいえ邪魔なだけである。
「来るなともいわれていないだろう?」
「ほんとだ」
ニヤリと笑うニコを、私は感心して見つめた。
キングダムの王都から出発してからは兄さまとギルが、そして領都からはヒューが私たちの面倒を見てくれていたわけだが、三人共、私とニコが幼児だからといって決してないがしろにすることはなかった。何をするにもちゃんと意思を確認されたし、幼児だからやってはいけないこともきちんと説明された。
だが、この状況で指揮を執っているのは、お父様とアルバート殿下である。やるべきことが国家レベルであり、大きすぎるため、いちいち幼児に意思を確認したりはしない。というか、存在を忘れられている気配さえある。
「つまり、リアたちは、じゆう?」
「そうだな。どこにいろともいわれていないぞ」
私の脳裏には、お父様の膝に抱えられて会議に参加する自分の姿が浮かんだが、慌てて首を横に振ってその姿を消した。私は楽しくても、お父様の威厳がなくなるではないか。
「はなしあいにはしょくどうをつかうといっていたぞ」
「しょくどう……。あ」
シルベスター・ケアリーはウェスター中央部の拠点となる大きな町の町長である。つまり、屋敷も屋敷のホールも食堂もやたら広い。最初に屋敷の隅々まで見たのでよく知っている。
そして広い食堂には長いテーブルの他に小さいテーブルがあるが、いつもパリッとした白いテーブルクロスがかかっているのだ。もちろん、クレスト産のレースが縁についているやつだ。
「テーブルのしたなら、いてもじゃまにならないかも」
我ながらうまいことを言ったと思う。本当の意味は、最初からテーブルの下に隠れていればバレずに一緒にいられるよねということだ。
「おじ上のみあいのときも、同じようなことをしたな」
ずいぶん前のことなのに、よく覚えていてすごいと思う。
ちなみに、この会話はカークの執務室でしている。ここから猫用のドアを使って抜け出したことが今回の騒動のきっかけだったわけだが、猫用のドアは封鎖されてしまったので、私たちがいてももう心配ない。客室では遊ぶのに狭いからということで、私たちにも開放してくれているのである。だが、ドアは開け放してあり、使用人が慌ただしく行き来するのがよく見える。
そこにふらっと兄さまがやってきた。
「にいさま!」
「リア」
兄さまはニコッと笑って、絵本を抱えている私たちの向かいにすとんと腰を下ろした。そうすると三人で床に丸を描いているみたいになる。兄さまが側にいるのはいついかなる時でも、いや叱られる時以外はいつでも嬉しいが、皆が忙しそうにしている時に、こんなにのんきにしていていいのか気になってしまう。
「にいさまは、さくせんかいぎ、でないの?」
「もちろん、出ますよ」
ではなぜここにいるのかという目で見上げると、兄さまはまたニコッと笑って、でも少しつまらないとでもいうかのように膝を抱えた。
「でも、会議とはいっても、どうせ決まったことの報告ですから。王都が決定して、既にウェスターにもファーランドにも通達ずみ。私たちは決定されたことをどう実行するのか聞き、それに従って行動するだけです」
その先は言わなかったが、それなら私が参加する意味があるでしょうかと続くような気がした。
「お父様が国境を越えてまで来てくれたのは私たちを守るためです。それがとてもとても嬉しいのと同時に、私たちだけの旅が、もう私たちだけのものじゃなくなった気がして、なんとなく、こう」
兄さまは言いよどんだ。
「つまらない?」
「うん。そうですね、つまらなくて、ちょっと拗ねてたんですね、私は。ギルを放り出してきてしまいました」
兄さまはそんな自分が情けないという表情である。
「この旅では、なにをどうするのか、友と相談しながらすべて自分たちで決めてきましたからね。いきなり他の人の指示に従えと言われても。ですが、サイラスを捕まえることはそんな私の気持ちとは比べ物にならないほど大切です」
私はそれに乗っかってとても楽しく過ごさせてもらったので、まったく不満はない。それどころか、自分で決めなくて済んでよかったと思っているくらいなのに、兄さまはすごいと思う。
「ニコ殿下やリアは参加さえできないというのに、自分だけわがままを言ってしまいました」
どうやら兄さまはここに、少しだけ愚痴を言いに来たらしい。
しかし、ニコは兄さまに、何を言っているのだという顔を向けた。
「われらもさんかするが?」
兄さまはぽかんとしている。
「いえ、しかし、参加するように言われてはいないですよね?」
「するなともいわれてはいないぞ」
「その言い方、まるでリアのようですね」
なんとなく失礼なことを言われているような気がする。
「なに、テーブルクロスの下にでもかくれていようかとそうだんしていたところだったのだ」
「やっぱりこっそり忍び込む気だったんじゃないですか」
今度は、はっきりとあきれのにじむ兄様に、私はニコの代わりにてへっと笑ってみせた。
「ですが、人の出入りが多すぎて、現実的には忍び込むのは難しいですよ」
駄目だとは言わず、実現できるかどうか考えてしまっていることそのものが、私とニコに毒されてしまっているということに兄さまは気が付いているだろうか。
「リア、せっかくおとうさまがいるのに、そばにいられないのがつまらないだけなの」
特に会議に参加したいわけではないということを強調しておく。
「そうですよね。バタバタしてすぐにいなくなってしまいましたからね、お父様は」
「うん」
私はしょんぼりと頷いた。せめて会議の様子を見て、お父様すごい、ってしたいだけなのだ。そう、つまり職場見学のようなものである。
「よし」
兄さまは何か決心した顔で立ち上がった。
「私が言えば、ニコ殿下とリアの席も用意してくれるでしょうが、それではつまらないですからね。私が二人の手引きをしましょう」
「てびき?」
まるで犯罪者のような言葉の響きに、ドキドキがとまらない。
「まずは現場の下見をしなくては」
立ち上がった兄さまはすっかり元気になっている。
「さあ、一緒に行きましょう」
「こっそり行かなくていいのか?」
真面目な王子にこっそりという概念を植え付けたのは私に違いない。王子らしくないニコの質問に私はちょっとだけ反省した。
「どうせ誰も私たちを気に留めてはいませんよ」
屋敷は今、予想もしなかった客の対応におおわらわで、子どもにかまっている暇などないはずだと兄さまは言う。
「じゃあ、いく」
私はふんと鼻息を吐き、気合いを入れた。
「気合はいりませんよ。普通に、いつも通りいきましょう」