作品タイトル不明
これも一つのピクニック
そうしてカークの執務室から出ると、ホールにはお父様やアルバート王子やギルバート王子がいて、立ったまま話をしている。
下手な式典より身分の高い人たちがうじゃうじゃいて、王子様の価値が下落しそうな勢いである。
その横で真面目な顔で話を聞いていたギルがこちらに気づき、こちらに寄ってきた。
「リア、ニコ殿下、放っておいてごめんな」
子供にも気遣いができるギルはみんなのお兄さん的存在と言っていい。
「だいじょうぶよ」
「なに、きにするな」
そして私たちも気遣いのできる子どもなのである。
「ギル。少し相談したいことがあるので、ちょっと抜けられますか」
「ああ。どうせ俺も、ただそこにいてもっともらしく頷いているだけしかしてないからな」
ちょっと苦い顔のギルを見れば、さっきの兄さまと同じように、急に自分が役に立たない者になったかのような思いがあるのだろうと感じる。
「客室に戻るか?」
「いえ、歩きながら話しましょう。まず厨房へ」
兄さまはさも用事があるかのような空気を醸し出しながらギルと並んで歩き始めた。
「これから私はニコ殿下とリアと一緒に食堂のテーブルの下に隠れる予定です」
私は慌てて左右の様子をうかがった。そんなことを誰かに聞かれでもしたら困るからだ。だが、誰もが忙しく、私たちの言うことなど気にもしていなかった。
「ルークもかくれるのか?」
兄さまとギルの後ろにくっついて私と並んで歩いていたニコがキラキラした目で見上げている。
「ええ。どうせ黙って参加しているだけなら、殿下とリアのかわいい顔を眺めているほうがましですから」
「にいさま、おとうさまみたい」
私の言葉に兄さまは微妙な表情だが、ギルは思わず噴き出していた。
「プハッ。確かにディーンおじさまならそう言いそうだよ。というか本当はそうしたいと思っているんだろうな」
しかし状況が許さないといったところだろうか。
「ですから、ギルには私がいないということをうまくごまかすことと、それから会議の前に私たちが隠れる手伝いをしてほしいのです」
「いいぜ。俺も隠れるほうがよかったが、仕方がない」
ギルは楽しそうに協力を申し出てくれた。
そのまま厨房に顔を出すと、兄さまは退屈な子どもたちのためにおやつと飲み物を分けてくれないかと頼み込んだ。
「もちろんでさあ! 正直なところ、突然やってきてあれこれ注文を出すお偉いさんより、いっつもニコニコご飯を食べてくれる坊ちゃん嬢ちゃんたちに作ってこそやりがいがあるってもんですよ」
厨房の気のいい料理人は胸をばんと叩いた。とはいえ、私たちのために何かを新しく作っている時間などない。
大人のために用意してあったものを少しずつ、大きなバスケットに詰めてくれた。
なぜこんなに良くしてくれるのかというと、厨房の皆さんは私とニコの友だちだからである。退屈のあまりしょっちゅうお邪魔しておやつをねだっていたら、いつの間にか仲良くなっていたというわけなのだ。
兄さまもそれを知っているから、こんな忙しい時でも無茶なお願いができるのだろう。
軽食でパンパンのバスケットはギルが持ってくれるから私たちは手ぶらでいい。
そうして誰にも興味をもたれずに、私たちは会議の場となる食堂へ移動することができた。だが会議はお茶の時間にやる予定のため、軽食や菓子類が食堂の一角に用意されている。
「いちおう秘密の会議だから、飲食物を用意したら、あとはアルバート殿下の連れてきた侍従がお茶や何かは用意するらしいぞ。だからほら」
ギルが顎で指し示したのは、その軽食の置いてあるテーブルだ。
「あそこなら、テーブルクロスが足元までかかっているから、隠れられるだろ」
「いい感じですね」
そうしてまるで軽食をバスケットで運んできたみたいな顔をして、人の出入りが途切れたところで素早くテーブルの下に潜り込んだ私たちである。
「あー、会議が始まるまではもうすこし時間がかかるなー」
というギルの声が遠ざかっていくと、私たちは顔を見合わせてクスクスと笑い、それから口を閉じた。
ニコがさっそくバスケットを開けているが、なんということか。
くいしんぼうの私だが、テーブルクロスに覆われた空間は薄暗くもあり温かくもあって、食べ物に手が伸びる前についうとうとしてしまいそうになる。
「そうか、リアはおひるねのじかんだったな」
ニコがもっともらしく頷いた。
「ねむくないもん」
この言葉が口から出た時は眠さの限界が来ているということは自分でもわかっている。だがなぜかこう言わずにはいられないのだ。
「リア、寝なくてもいいから、ほんの少し横になってはどうですか?」
「リアの分はちゃんととっておくから」
兄さまとニコの優しさに素直に甘えることにした私が、次に気が付いたのはまぶしさからだ。
「まぶしい、む」
しーっという兄さまの小さな声に、私は素直に口を閉じて眩しさをこらえて目を開けた。
「ぐっ」
カエルのつぶれたような声とはこういうことを言うのだろう。そして寝起きで目に入ってきたのは、しゃがみこんであきれたような表情を浮かべている無精ひげの男であった。
「なにをなさってるんですか、リア様とニコ殿下はともかく、ルーク様まで」
警備の最終点検があることを考えておくべきだったと私は後悔した。だが、テーブルクロスの下をチェックしに来たのは私の護衛のハンスである。
「見逃しておくれ」
いたずらっぽい顔をしてねだる兄さまという、貴重なものを見たせいか、ハンスはゴホンと咳払いして立ち上がった。
「危険なものはなかった、と。危険なものは」
愉快なものはあったがなという小さな声と共に、テーブルクロスの布は元に戻された。
「そんなところまでチェックする必要はないだろう。俺たちに対する嫌味か?」
そんな声が聞こえてきたが、国境警備隊の人だと思われた。今はオールバンスに勤めているとはいえ、元は護衛隊のどこかの部隊の隊長まで務めたハンスに、よくそんな口がきけると思う。
「俺はあんたたちと違って、常に誘拐の危険のあるリーリア様の護衛だからな。壁際にのんきに立っていればいいだけの仕事は楽だよなあ?」
「なんだと?」
「おっと、警戒すべきは俺じゃないだろ」
珍しくハンスが煽っていてハラハラするが、おかげで部屋には既に護衛がいて壁際で警備をしているということがわかった。
寝起きだというのに既にいろいろな情報が入ってきて目まぐるしいことだ。
「リアも思ったより早く起きましたね。人が増えて賑やかになってきたせいかもしれませんね」
「あーい」
私はくわっと大きなあくびをしたあと兄さまに返事をすると、すんすんと鼻からおいしそうな匂いを吸いこんだ。
「ちゃんとのこしておいたぞ」
ニコがまずカップに入れた飲み物を出してくれる。
おしゃれなカップに入っているが、幼児だから中身は水である。厨房の人もちゃんと体のことを考えてくれるからありがたい。早くお茶がおいしいと思える年になりたいものだ。
準備でガヤガヤしている間に、私たちは軽食を食べ、残ったものを静かにバスケットに片付けた。
おやつが目の前にあるのはいいのだが、いかんせんテーブルの下は狭い。飽きっぽくてじっとしていられない幼児には少しは動ける空間が必要なのだ。その空間に私とニコは遠慮せずに寝転び、それを見て兄さまは笑いをこらえている。
その間に部屋は一度静まり返り、やがて力強く床を踏む足音、そして静かに椅子を引きドスリと座り込む音が次々と聞こえてくる。一番軽快な足音がきっとギルのものか、あるいはジャスパーのものかと想像するとわくわくする。
「なるほど、見えないと音に敏感になりますね」
兄さまがテーブルクロスを透かし見るようにして音を追い、耳を澄ませているが楽しそうだ。
私とニコは、寝転がっているのでテーブルクロスの下からたまに歩いてくる人の足が見えていて、それがとても面白い。