軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

町長の秘密

私は感心してニコを眺めた。

「では、つうろはむこうだ。行こう」

「いこう!」

とてとてと屋敷につながっていそうな通路に向かう。竜車を出ると、屋根はあるものの吹き抜けの路地になっていた。先を見ると、にぎやかに人や竜車が行きかっているのが見えた。

「よし、このままあっちに行こう。おや」

二人で町のほうに向かおうとしたら、通りから路地のほうに二人組がふいっと入ってきた。フードの付いたローブを着ており、顔は見えない。しかし、うつむいて歩いていた二人組が顔を上げてこちらに気づいた。

「まずい」

「うん」

私とニコは向きを変えた。すれ違ったら絶対、なぜここにいるのか聞かれるだろう。それは嫌だったのだ。

「おい!」

声に聞き覚えがあるような気がしたが、その人がどうやら隣の人に止められている隙に、私たちは竜舎ではなく、隣の建物に入った。幸い、誰もいない。

「こうなったら、どうどうと、いえのけんがくをさせてもらおうか」

この旅に出てから、ニコの神経がどんどん太くなっている気がする。

「う、うん」

私たちは何食わぬ顔で通路から顔を出すと、そこは倉庫になっており、ここにいったん荷物を運びこむようだ。通路を歩きだすと、すぐに使用人とすれ違った。

「お、おい。お前たち」

私たちは手をつないでにっこり笑った。

「こんにちは!」

「こんにちは!」

そしてスタスタとそのまま歩き出す。

「客か?」

そう思わせるのが目的である。コツは堂々としていることだ。

「大きいやしきだな」

「うん。りゅうしゃ、そうこ、おおきいだいどころ、あるいてもあるいてもつうろ、あ」

そんなことを言っていたら、階段があった。これはもう、上がるしかない。おそらくこれは使用人用の通路で、掃除や荷物を運ぶのに使うに違いない。階段を上がり切ると、そこは二階の突き当りだった。

「ろうかのじゅうたん、あかーい」

「てんじょうにそうしょくがあるな」

せっかく来たので、あちこち眺めながら歩いていると、また使用人らしき人に出会ってしまった。ちょっと執事っぽいので、そろそろ年貢の納め時だろうかと思いつつ、

「こんにちは!」

「こんにちは!」

とにこやかに通り過ぎようとした。うまくいけば儲けものである。

「いや、待ちなさい。親御さんはどこかな。今日は客の予定はないはずだが」

さすが執事っぽい人だ。鋭い指摘である。困って見上げたら、その人の目が大きく見開いた。

「本宅の、あ」

何か言いかけて慌てて口を閉じると、動揺しているのか目が泳いでいる。どうやら私たちの正体を知ってしまったようだ。こんなにかわいい幼児二人組もそういないだろうから、仕方がない。

私は執事がなにか口にする前にと大急ぎで口を開いた。

「アデル、どこ?」

「アデル様にご用でしたか!」

執事の頭の中で、今この瞬間、勝手に話ができあがったのを感じた。本宅、つまりケアリーの町長の家にいるはずのキングダムの王子と四侯の娘がなぜここにいるのかと不審に思ったら、この屋敷の主であるアデル様の名前を知っていた。親がいないのもそれなら頷ける。すなわち、本宅のお館様が、アデル様に会わせようと連れてきたに違いないと。

「ではご案内いたします」

なぜ誰にも気づかれずに二階にいたのかとか、お付きの者はいないのかとか、アデル様に会わせるわけがないとか、そもそもケアリーの町長がいないとか、もっと気にするべきところがあるだろうと私はちょっとあきれてしまった。

「リア」

「はい。ごめんなさい」

あきれたようにニコに名前を呼ばれて、私はすぐに謝った。

よく考えたら、せっかく執事に見つかったのだから、うっかり迷子になって困っていますと助けを求めればよかっただけなのだ。口だけ回る幼児が自ら余計な事態を引き起こした、今はそういう状況であった。

執事はそのまま二階の廊下を進み、広い吹き抜けの少し手前で立ち止まると、ドアをトントンと叩いた。

「アデル様、クレメンスです。本宅からお客様がお見えです」

「まあ、入ってもらって」

若い女性の声がする。私たちはドアを開けてもらったので、中に入らざるを得なかった。

「いらっしゃい、シルベスター。あら?」

中にいたのは、珍しい赤毛に宝石のような緑の瞳のきれいなお姉さんだった。ほっそりとした女性で、落ち着いた色だが、高級そうなドレスを着ていて、年の頃はフェリシアよりは何歳か年上という感じだ。私がぽかんと口を開けてその女性を見ていると、ニコがすかさず挨拶した。

「しつれいする。わたしはニコラス・キングダム」

私もぽかんと口を開けている場合ではない。すかさずきりっとした。

「リーリア・オールバンスでしゅ」

きりっとしきれなかったようだ。

「ええ、いったいなにが」

焦るアデルに、部屋の隅に立っていた人が両手を広げて見せた。挨拶をしろと、そういう仕草だろう。さっき通路で会った人のような気がするが、フードを深くかぶったままのため定かではない。私たちとは別の通路から来たのだろう。それを見てハッとしたアデルは、ぎこちないながらも淑女の礼をした。

「アデルと申します。殿下、姫」

「うむ。くるしゅうない」

私はごほっと噴き出すところだった。くるしゅうないなんて初めて聞いた。それも自分の友だちの口から出るなんて、衝撃的すぎる。

「もうしわけないのだが、みちにまよってしまった。むかえが来るまで、ほごをたのみたい」

「迷ったのですか。なぜ、いえ、どうぞおくつろぎくださいませ」

なぜ道に迷った者がこの部屋に案内されているのか、いろいろ思うところはあったかもしれないが、アデルは素直に頷いてくれた。

私はニコの機転に感心するしかない。行き当たりばったりの自分に反省だ。

その時、部屋の隅に控えていた二人組が、頭を下げたまま部屋を出て行こうとした。私は邪魔にならないように一歩よけて、何気なくその人たちを見上げた。

フードから見えた口元が、なぜか記憶の片隅を刺激する。

「だいさんおうじ?」

ぽろりとこぼれ出た言葉に、口元がニヤリと上がったように見えた。私がそれ以上何を言う暇もなく、その二人はさっと部屋から出て行ってしまった。

「ニコ、いま」

私が慌ててニコに声をかけようとした途端、今閉じたドアがバタンと開いた。

「リア!」

「にいさま」

気がつくと私は兄さまに抱きしめられていた。

「殿下。ご無事ですか」

「うむ。もんだいない」

隣ではニコがギルに無事を確認されている。その後ろから焦った顔でヒューが入ってきて、私たちを見てほっと胸を撫でおろしたようすだ。

部屋の入り口にはハンスが鋭い瞳で控え、私とニコを守るようにニコの警備の者たちが壁を作っている。だが私は兄さまの腕の中で必死にもがいた。

「にいさま、いま、サイラスが! サイラスがいた!」

「まさか」

兄さまは抱きしめていた私を体から離すと、確かめるように私の目を覗き込んだ。

おそらくいつもと違う、動揺した顔をしていたのだと思う。兄さまはキュッと唇を引き締めた。

そこにギルが冷静に声をかけてくれた、

「もしかしてさっきすれ違ったフードをかぶった二人組か? 怪しい気配がぷんぷんしていたが」

「それ!」

兄さまは瞬時にくるっと振り返った。

「ハンス! 行け!」

「はっ!」

いつもなら、俺はリア様の護衛だからと言って離れないハンスが、一瞬の間もなく飛び出していった。時間の勝負だと知っているからだ。

ヒューもその後指示を出して、何人もの人をあちこちにやっていた。

「ご婦人。今出て行った二人組について何か知っているか?」

「は、はい。サイラスとシーブスと言って、出入りの商人です。顔に傷があるからといつも深くフードをかぶっていますが、お話が面白くて。商売のついでにこうしてよってくれるのですが、あの、なにか」

「偽名ですらないのか。なめやがって」

いきなり幼児が迷子だとやってきて、そのすぐ後にノックもなくたくさんの人がなだれ込み、よくわからないことを追及されたアデルは、どうしていいかわからず戸惑いを隠せない。

「なんですかな。いきなり竜で飛び出したかと思えば、なぜここに。ニコラス殿下の捜索はどうなったんです」

「ああ、シルベスター!」

やっと頼れる人が来たと思ったアデルが、迷うことなく階段を上ってきたケアリーの町長の胸に縋りついた。

「アデル! 皆様方、いったいこの部屋で何をなさっているのですか!」

浮気相手の部屋に全員集合したら、そりゃ焦るし怒るよねと一瞬思ったが、ここ数日かぶっていた、温厚な町長の仮面がはがれたなとも思ってしまった。

兄さまは立ち上がると、私の背中に手を当て、静かに、前に押し出した。ギルも同じで、守るようにニコの後ろに立つ。

「この部屋に、殿下とリアがいたからですが、なにか」

兄さまの声が低く地に響いた。

「そんな、なぜここに……」

「わたしたちのほうが知りたいとは思いませんか、シルベスター・ケアリー。あなたの胸にすがるその女性の部屋に、なぜリアがいたのか」

ニコもですよと兄さまに言いたかったが、兄さまの目は完全に据わっていて、口を挟める状況ではない。

「それに、サイラスと名乗る怪しい男が逃げていきましたが、それについてはどう思いますか?」

「サイラス……? ああ、ラグ竜の商人か」

町長の顔には、なぜそのことを聞くのかわからないという表情が浮かんでいたが、兄さまは皮肉を交えて追及し続けた。

「おやおや、商人ですか。くしくも、キングダムを襲い、リアとニコラス殿下を監禁した、イースターの第三王子と同じ名前ですねえ」

「違う! いや、名前が同じだけの商人だろう」

「リアが見覚えがあると言っていましたが、つまり襲われたリアが間違っていると、そう言いたのですか、ケアリー」

兄さまが何か言い募ろうとした町長に手のひらを向けた。それだけで町長の口は止まってしまった。

「そのような幼い者が覚えているわけがない? そうですね、リアはまだ一歳の頃の、あなたの無礼な態度を忘れませんでしたよ?」

町長の目が兄さまから私に下がった。私は胸を張って静かに町長を見返した。

「父さん! リーリア様と殿下は見つかったかい!」

その時、アデルの部屋にはまた客人がやってきた。

カークは、私とニコの顔を見ると杖を投げ捨て、ほっとしたように両膝をついた。

「俺が君たちを放っておいたばかりに、怖い思いをさせた。見つかってよかった、本当によかった」

「ごめんなさい」

こうして心配してくれるカークには、私は素直にごめんねと言えた。

「いいんだ。本当に俺が悪かった。父さん、見つかってよかった、え?」

カークが目に涙を浮かべながら町長を見上げた。

「その人は……。アデル? なんで君がここに?」

アデルはうつむくとそのまま顔を町長の胸に埋めた。

「俺が怪我の治療をしている間に、別な町に行ったって聞いた。ハンターやって仲間を死なせるような俺じゃあ、捨てられても仕方がないって思ってた、のに」

町長の顔に汗が浮かんでつーっと落ちた。

そして最後の客人がやってきた。

「シルベスター。幼い子どもなら、私の手が必要かと思って来てみましたが、これはどういうこと?」

「い、イルメリダ」

私は内心でひいっと悲鳴を上げていた。

ちょっと護衛が多すぎて、うっとうしいと思っただけなんです。

かわいい猫がいたら、見てみたいなあと思っただけなんです。

私は困った顔のニコと顔を見合わせた。

「すまぬ」

「ごめんなさい」

とりあえず、謝っておこう。

「ケアリーの問題はケアリーが片付けるとして、とりあえずニコラス殿下とリアが見つかったのは幸いだった。この二人はすぐにケアリーの屋敷に連れ帰れ。事情はそこで聞く」

さすがのヒューが、収拾がつかなくなっているその場をなんとかまとめてくれた。

「その前にリアと、ニコ、そこのお嬢さん、それからケアリー。今追手を出してはいるが、サイラスについて聞かせてくれ。それからそこの」

「はい!」

クレメンスと呼ばれていた執事が、慌ててやってきた。

「サイラスという、ラグ竜の商人と名乗っていた者について知っていそうな者を集めてくれ。もちろん、お前にも話を聞く」

「承知いたしました!」

ばたばたと話が決まっていく中、私とニコは、サイラスらしき人が路地に入ってくるのを見かけたこと、それで慌てて屋敷に入って、偶然入ったアデルの部屋で再会したことなどを交互に説明した。

「見間違い、ということはないか」

ヒューの確認に、私は首を横に振った。

「ある。めまでは、みえなかったから。でも」

私はヒューを見上げた。

「ちがうかもしれない。でも、それ、なんかいもあった。はんにん、けっきょく、サイラスだったでしょ」

「では、二人はケアリーの屋敷に戻っていてくれ。いや、まあ」

ヒューはどうしようもないという顔で苦笑した。

「ケアリーの屋敷も、大変なことになっていそうだがな」

私はぶるりと体を震わせた。

よそさまの家の秘密を暴くなど、誠に申し訳ないとしか言いようがない。

それから私はニコと一緒に兄さまに連れられて、しょんぼりと家路をたどった。

「ラグ竜のぬいぐるみが落ちていなければ、あんなところに小さなドアがあるなんて気が付きもしませんでしたよ」

「カーク、ねこ、かってないの?」

「飼っていたのは幼い頃だったので忘れていたそうです。それなら改築した時に閉じてしまえばいいものを」

兄さまが苦々しそうにそう言った。

「あたまをだしたら、もどらなくなったの」

「当たり前です。でも」

兄さまは思わずブフッと噴き出した。

「あそこのドアに、リアとニコ殿下が順番に挟まってあたふたしていたことが目に浮かんで、おかしくてたまりません」

兄さまが大声で笑い転げている。珍しい光景に、なんだか私も面白くなって笑ってしまった。

「はあ、笑い事じゃないんですが、おかしすぎて心配していた気持ちがどこかへ行ってしまいましたよ」

兄さまが元気になったのならいい。

「なんだか町長の家もごたごたしてきたし、サイラスの件が片付いたら、おうちに戻りましょうか」

「うん。おとうさまにあいたい」

お父様のことは、楽しい時は思い出さないのに、困った状況の時だけ思い出して懐かしくなるのはなぜだろう。

「長い旅でしたね」

「たのしかった」

「たのしかったな」

面倒なことは人に任せて、さっさと帰る気満々の私たちであった。