軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ねこはいるかしら

「この二日間で、主要な建物は見学できた。国境を挟んだ広場も観察できたし、十分実のある滞在となったと思う。だが、早竜で伝言したはずなのに、うちの国から何も言ってこないのが気になる。単に間に合っていないのだとは思うが」

ファーランドにはトレントフォース周りで帰ること、できれば護衛を数人足してほしいことを伝えたはずだ。

「それを待ってから出立と思っていたが、ここまでの旅は問題なかったしな。先に行って後から追いかけてもらえばいいか」

「そうだな。もう二日くらい様子を見て、そのくらいで出発するか」

もともと、少しでもケアリーの調査ができればいいというくらいだったので、そこまで頑張る必要はないのである。

「普段態度の悪いケアリーに面倒をかけたと思えば、これからの無礼に多少は耐えられる気もするよ」

ヒューがちょっと悪い顔をしているので、普段よほど嫌な態度だったのだと偲ばれた。

「そうとなったら、今日は町の南側の建物を見学してくるかな」

ここにきて意外と精力的に視察をしているカルロス王子である。

こうして、なかなかファーランドからの護衛が合流しないまま、それから二日ばかりを過ごすことになった。正直に言うと知らない人がいつも付いてくるというのはものすごくストレスがたまる。

「リア、ひとりがいい。ニコとふたりでもいい」

お屋敷でも付いて回られるので、本当にうっとうしい。常にお付きの人がいることに慣れているとはいえ、それはナタリーやハンスであって、知らない人ではない。さすがの私もちょっと爆発しそうである。

だが、そこに救いの手が現れた。

「リーリア様、ニコラス殿下、こちらへ」

最初の日、挨拶してから、それなりに仕事で忙しそうだった町長の息子のカークが、自分の執務室に招いてくれたのである。

「子どもには子どもだけで夢中になれる時間が必要です。旅の間とはいえ、こんな状態では息が詰まるでしょうから、私が仕事をしている間、少しの間でもいいから、好きに部屋を使ってください」

カークは兄さまにちゃんと許可を取って、私たちを連れ出してくれた。息が詰まる私を見かねたのか、ハンスもニコの護衛も、部屋のドアの外で見張りに立ってくれることになった。

「わあ、ひろい」

一階の竜舎よりにあるその部屋は、日当たりがよく、ゆったりしたソファと鉢植えの緑が配置され、執務室というより温室のようだった。

「俺の足が寒いと痛くなるので、父さんがわざわざ改築してくれたんだ。ここは休む用の部屋で、執務室はそっち。さ、ソファに座って。おやつを出してくるから」

ここは続き部屋になっているらしく、カークが指したほうには入口とは違うドアがあった。いきなり口調が変わったので驚いたが、こちらが本来の姿なのだろう。助けた時と比べたらずいぶん立派になったと思っていたが、怪我をしていた時は、確かにこんな普通のハンターのような口調だったのを思い出す。

カップの置いてある棚をごそごそすると、カークは言葉通り、ジャムののっているおいしそうなクッキーを皿にのせて出してくれた。カップに出てきたのはただの水だったけれど。

「俺、お茶入れるの下手だから、水でごめんな」

テーブルを挟んで向かいに座ったカークは、クッキーを食べるように勧めてくれると、ぽつりぽつりと話し始めた。

「若造には贅沢な部屋だよな。俺だけ生き残って、こんな生活してることに感謝しなければならないんだけど、時々何もかも嫌になって投げ出したくなることがあるんだ」

私はその告白に驚いてカークを見上げた。

「こんな口調、不敬だよな。でも、こっちのほうが自分には自然でさ」

「べつに、かまわぬ。とがめるものは、このへやにはいないぞ」

ニコが気にするなとクッキーを持った手と反対の手を振った。そもそも、ギルもアリスターも、ニコにはそんな口調だ。

「父さんはさ、俺が怪我をして、思うように動けなくなったことが本当は嬉しいんじゃないかと思うんだ」

そんな話を幼児にされても困るが、私たちはクッキーに次々に手を伸ばしながらふんふんと頷いた。ここには食べすぎではと目を光らせているお付きの人はいないのだから。少なくとも、警護の者に付きまとわれているよりは、知り合いの若者の悩み相談を聞くほうがまだましである。

「ハンターだったころは、好き勝手に出歩いて、父さんの言うことなんか聞かなかったからさ」

自立の早いこの世界では、十代後半の若者は親から離れて働くのが普通であり、カークの行動は庶民なら何の問題もない。

「助かってからは、父さんに、ハンター仲間が死んだのは誰のせいだと、それを償うためにはケアリーの町のために働くべきだとそればかり言い聞かされてまじめにやってきたんだけど、たぶん」

それは、シーベルで自分でもそう言っていたなと思い出す。

「父さんは死んでしまった俺の仲間のことなんて本当はどうでもいいんだ。俺が言うことを聞くから、そう言っているに過ぎない。そういう人なんだよ」

なかなか暗いものを抱えているようだ。

「だから、小さい君たちまで、父さんのせいで閉じ込められているのが、なんだか嫌になったんだ」

「そうか。たすかる」

ニコがもっともらしく合いの手を入れた。

「さて、俺は本当に執務室で仕事をするから、ここで好きにしていていいよ」

「ありがと!」

お礼を言った私にニコッと笑うと、カークは本当に執務室に行ってしまった。この部屋には私とニコの二人きりである。私はソファから降りると、お高そうな絨毯の上に大の字に寝転んだ。普段ならこんなことはしないが、人目があって緊張していたからか、だらけたことがしてみたくなったのだ。

ニコも私を注意したりせず、同じように隣に寝転んでいる。

「ひとのめには、なれているつもりだったが、つかれたな」

「うん。いちにちじゅうは、つかれる」

働きすぎの疲れたサラリーマンのようだなとおかしくなった。大きな窓から日が差し込んでぽかぽかする。そろそろお昼寝の時間なので、油断すると寝てしまいそうになるが、せっかくの一人、いや二人時間、もう少し頑張って遊びたい。

「あー、おひさま、あったかい。あれ?」

「どうした、リア」

「あったかいんだけど、ほっぺにつめたいかぜがくる」

私はぐるりとうつぶせになり、ハイハイで風の来る方向に進んでみた。鉢植えの間を進んでいくと、まるでジャングルの中を匍匐前進しているみたいだ。冷たい風は、どうやら隙間風のようで、窓のほうから流れてくる。

「ここだ」

「なんだ、これは」

私たちは、窓ではなく、窓の下の壁に付いている小さいドアに首を傾げた。ドアノブも付いているが、おとぎ話のドワーフ用くらいの大きさだ。

「おしてみよう。おっ」

ニコがドアを押すと、ドアは上からぶら下がっているみたいにゆらゆらと揺れた。よく見ると上が蝶番で固定されており、ドアノブは偽物だった。

「もしかして、ねこがでいりするところ?」

猫や犬という愛玩動物がいることは知っていたが、オールバンスは竜を主に飼っているからか、猫も犬も身近にいたことがないので、自信はない。

「わたしもこのようなドアは、はじめてみたから、わからぬ」

「じゃあ、どこかにねこがいるのかな」

もしかして、この世界に来てから初めてモフモフに触れるかもしれないと思うとわくわくした。

ドアを見てみると、頭を入れると向こう側が見られそうなくらいには大きい。

「ねこ、いるかな?」

私は猫のように、ドアを頭で押して、ちょっとだけ外をのぞいてみた。

「いない」

丁寧に手入れされた庭が見えるだけだ。外とつながっているここから冷気が入ってきていたのだとわかって満足した私は、それから、頭を引っ込めようとした。

「えっと、ニコ」

「なんだ、リア」

「あたま、ひっかかった」

「なんだと」

戻ろうとしても、なぜか後頭部に引っ掛かる。私は慌てた。

「ど、どうしよう」

「おちつけ、リア」

ニコが私の肩と小さいドアをパンパンと触ってみている。

「うん。リア、いったん、そとに出るといい」

「むり。せまい」

「いや、リアのかたならドアからぎりぎり出られる。そしたら、こんどはもどってきたらいいではないか」

「なるほど」

実は問題は肩ではなくお腹ではないのかと思ったりするが、私はイモムシのようにもぞもぞと動いて、なんとかドアの外に出ることができた。だが、肩にかけていたラグ竜のポシェットははずれてしまった。仕方ない、戻ったらまた肩からかければいい。

「じんせい、さいだいのききだった」

嫌な汗をかいてしまった。私はほっとして屋敷の壁の外に体をもたせかける。しかしほっとしている場合ではなかった。

「リア、もどってこい」

ニコが小さいドアから頭をひょこっと出した。

「ニコ……」

「む、もどれぬ」

そりゃそうだろう。私は早く戻ればよかったと後悔した。

「しかたない、ニコもそと、でよう」

ニコは私と違ってするりと出てきた。ぷくぷくしているはずなのに、なぜどこも引っ掛からないのか。

「ああ、おどろいた」

「リアもおどろいたよ」

二人で外の壁に寄りかかって、空を眺めた。晴れているが、少し出ている雲が重い感じがするのはまだ寒い季節だからだろう。

「さむい」

私はぶるっと震えてしまった。

「もどるか?」

「うん」

「キーエ」

私はニコと顔を見合わせた。

「いま」

「ラグりゅうのこえがしたぞ」

同時に右手を見ると、少し行ったところに竜舎が見えた。

「そうか、カークのしつむしつは、りゅうしゃのそばだったな」

「ねこのためかも。ねこ、わらとかすきだから」

私たちは立ち上がった。その小さいドアから元に戻らなければならないのだが、何故か体が動かない。

「キーエ」

ニコが竜舎のほうを見た。

「なあ、リア」

「うん」

「ちょっとだけ、りゅうをみにいかないか」

「いく!」

幸い、あたりには人はいない。私たちは竜舎に走っていった。