軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

なかなおり

それから少し南に移動して、クレストという町に寄った。

トレントフォースから移動してきた時には寄らなかった町である。あちこちから商人が買い付けに来ているようで、シーベルほどではないが賑わう町だった。通りにはレースや布製品を売る店が立ち並び、同じ並びに工房らしきものも見える。

「懐かしいな」

竜を降りたアリスターが、町の通りを目を細めて見ている。

「アリスター、きたことあるの?」

「うん。母さん、レース編みで生計を立ててたんだけど、クレストはレース編みの産地だからさ。ここでしばらく稼いで移動資金をためたんだ」

アリスターがキングダムからやってきたと知ってはいたが、勝手にケアリーからトレントフォースにまっすぐ行ったものだと思っていた私は、新情報に驚いた。

「母さんは腕がよかったし、キングダムで流行りの柄なんかを知ってたから、けっこう重宝されてさ。俺のこの」

アリスターは右手で両目を覆った。

「夏青の目がばれるまで、けっこう稼いでて。俺も魔石にずいぶん魔力を入れた」

「アリスター……」

「面倒だったよな、トレントフォースに行くまではさ」

そのさっぱりとした話し方からは、アリスターがもう過去を乗り越えているということがわかる。

「リア」

「なあに?」

アリスターはしゃがみこんで、並んで立っていた私と肩を並べた。

「バートのこと、許さなくていいからな」

「ゆるさない? なんのこと?」

私は突然のアリスターの言葉に、戸惑いしか感じなかった。

「リアはわかってなかったかあ」

アリスターは私の髪をくしゃくしゃとかき回したので、私はぷうと頬をふくらませた。そんな私に、アリスターは丁寧に説明してくれた。

「バートはさ、リアと知り合いなのをいいことに、リアを利用しようとしたんだ」

「りよう?」

「うん。俺が魔力を買い叩かれたみたいにさ」

私はバートと面白いことが一緒に出来るとしか思っていなかったので、その指摘にぽかんとした。そんなふうには思いもしなかった。

「新しい結界箱を作るなんて、誰もやったことがないんだ」

「おとうさまがつくったのは?」

「あれは改良だな。半径三メートルの有効範囲は変わらないだろ」

だが、バートの言ってたことも改良ではないのか。

「バートが何を頼んだのかは俺たちも後から聞いた。バートが言っているのはつまり、有効半径を半分にした結界箱を作れってことなんだ。つまり、マールライトからして、半径三メートルの従来のものとは全く違うものを作らなければならない、と思うんだ。仕組みについては詳しくは知らないけどさ。俺の言ってること、難しすぎるか?」

「ううん」

私は首を横に振った。

そうだ、ユベールではないが、バートが欲しがっている結界箱には、つまり原器がそもそも存在しないのだ。

どう作るか決めるだけでなく、原器も一から作らなければならないし、誰に作らせるか、はたして流通させてもいいのか、すべてよく考えて対応しなければいけない。それに、そもそも成功するかどうかもわからない物に時間もお金もかけることになる。

「リアもニコ殿下も、自分のやるべきことがある。そんな時間もお金も使う、そして下手をするとキングダムから出しちゃいけない重大なことに、知り合いだからっていう理由だけで、手を貸しちゃだめだ。もちろん、頼むことはもっと厚かましいと俺は思う」

アリスターが、尊敬するはずのバートにとても手厳しいのに驚く。だが、兄さまが無茶なことを言ったのは、それをバートにわからせるためだったのかと、初めて腑に落ちた。

「しおしおと戻ってきたバートに白状させて、皆でしっかり叱っておいたからな」

「ありがと、アリスター」

「自分を安売りするなよ、リア」

「うん」

だが、それはそれとして、アリスターの言ったことは頭の隅に留めておくつもりだった。

バートの希望は、要は、自分と竜を覆うだけの結界がほしいということなのだ。

「さ、町歩きに行くといい」

私はアリスターに背中を押されて、こちらを見ていた兄さまのほうに歩き出した。だが、頭の中ではレースのことではなく、今、アリスターに聞いた話を考えるのに忙しかった。

「ひととりゅうのはいる、はんけい、いってんごメートルのけっかいばこ。へいみんの、まりょくのたかいひとが、つかいつづけられる、ませきのおおきさ。つまり、ちいさいませきをつかう」

トレントフォースにいた時も、シーベルに行く途中に第三王子に襲われた時も、そして今回竜に襲われた時も、夜だからという理由で犯人を追うことができなかった。そしてバートはそのすべてに立ち会った。

悔しさは積み上がる。使いやすい結界箱があればすぐ追いかけられたのにという、バートの気持ちもよくわかる。

そしてなにより、自分の心が浮き立つのだ。

「リアには、じかん、たくさんある。それに、ニコがいて、ユベールがいる」

焦る必要はない。

依頼は、あれば受ける。

だが、依頼がなくても、自分で工夫して実験する分には自由だ。

キングダムに帰ってからの楽しみができたと、私は思わずニコリと微笑んだ。

「なにか楽しい話でしたか?」

「うん!」

バートの後悔はバートが責任を持てばいい。私はバートが自分の気持ちを整理するのを待つだけである。

そして二日目の夜、夕食後に宿の部屋で兄さまとくつろいでいると、トントンとドアを叩く音がした。

私は兄さまと顔を見合わせて思わず微笑んでしまった。

「夜の訪問者ですね」

「うん」

今日は誰だろう。

と思ったらバートだったので、兄さまが片方の眉を上げて部屋に入れていた。今日は珍しく、クライドだけが一緒に来ていて、それはちょっと驚いた。

「リア、すまなかった」

バートはいきなり頭を下げた。

「今までアリスターを利用しようとしてきた奴らと同じことを、俺はリアにしたんだ。本当に悪かった」

私は、このことについては、アリスターから事情を聞いた後でも、特に悪いことをされたとは思っていなかったので、どう返事をしていいか困ってしまった。

「リア」

クライドが重々しく口を開いた。

「バートに聞いたとは思うが、今、俺たちは、ハンターとは違う仕事もしている。ヒューのため、ウェスターのために働くということは、自分の腕一本で、自分の食い扶持を稼げばいいという今までの考え方とは違いすぎて、悩むことも多い」

確かに、その通りかもしれない。

「だが、その悩みも、努力も、限られた自分の力だけでどうにかしなくちゃいけないんだ。それが俺たち、辺境の民の矜持でもある」

結界に頼れない民。日のある間しか活動できない中で、しっかりと生活を営んでいる。

「俺たちの中で、誰よりも人の役に立ちたいと思うバートだから、今回暴走してしまったが、二度とこんなことはさせない」

「すまなかった」

バートはクライドと一緒に、また頭を下げる。

「気がついてくれてよかったです」

「ルークも、本当にすまなかった」

兄さまはほっとしているようだが、私はバートたちと距離ができた気がして少し悲しかった。

辺境の民の矜持。私はその対極にいる存在だ。

「リア」

バートは下げていた頭を上げて、私とちゃんと目を合わせてくれた。

「めちゃくちゃ反省しているし、もう二度とこんなこと言い出さないから、俺とまだ友だちでいてくれるか」

私はうんと返事をしようとして、ちょっと唇が震えてしまった。思わず出た言葉はこれだった。

「だっこ」

「ああ」

バートは手を伸ばすと私をギュッと抱きしめた。

「ごめんな」

「あい」

トレントフォースでは、家族だったではないか。少し古い木の匂いのする家で、一緒に暮らしていたのだ。私もバートの首に手を回した。

「なかなおり」

「してくれるか」

「うん」

こうして、バートの新しい結界箱を作るという依頼は、立ち消えになったのだった。

だが、依頼でなくても、実験をすることはできる。

「リア」

「ひゃい!」

バートたちが部屋から出て行った後、私は兄さまの声に思わず飛びあがってしまった。

「そのことについては、王都に戻ってからお話ししましょうね」

「はい……」

どうして考えていることがわかったのだろうかと、しょぼんとする私である。