軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ファンサ

さて、今日はシーベルの結界箱を発動させる当日だ。大人と違って細かい仕事のない私たちは、夕方の式典に向けてのんびり準備をし、それから式典の場所である城の前に向かった。

「ニコラス殿下、こちらにどうぞ」

あいかわらずでっぷりと太った副宰相のハーマンがうやうやしくニコに声をかける。城では時折見かけていたが、事前の準備で忙しいのか、私たちにかかわってくることはなかったので、ちょっとほっとしていたのだが、式典ではそうもいかない。

実際、ニコの隣に私もいるのだが、身分の高いニコに夢中で、私のことなど目に入らないのがハーマンらしい。片方の眉を上げた私を、先に来ていたヒューが気まずそうに見ている。

この国の唯一の欠点が副宰相のハーマンの無礼さだと私は思うのだが。

「うむ」

この日ばかりは王子らしく着飾ったニコが呼ばれたのは、城の前にしつらえられたひな壇である。

ウェスターの王様を挟むように、向かって左側にニコ、右側にカルロス王子の席がある。さらにニコの隣は私、兄さま、ギルと四侯が並ぶ。なんだか一列になっておかしいが、壇上に並ぶすべての人々には上下がなく、対等の立場であるというアピールなのだそうだ。

ひな壇は城の門の前の広場にしつらえてあり、ひな壇の前には白い布が被せられた台の上に、最初から使うつもりだったシーベルの結界箱が置かれている。やはり、最初はもともとあったものを使いたいとのことらしい。予備はといえば、城に置いてあるそうだ。

その様子を町の人や遠くから訪れた人々が好奇心いっぱいに眺めている。なにしろ、結界箱はともかく他国の王族など普段見る機会もないのだから。

声をかけられないのであえて動かずにいた意地っ張りな私に、先に段を上っていたニコが気がついてくれた。四歳児でも気がつくことを気づけないハーマン、ニコをよく見て学ぶがいいのである。

「さあ、リア、てを」

「はい」

この日ばかりはレースいっぱいの、ジャコモ謹製のドレスを着ている私は、ニコの差し出した手をしずしずととった。レディらしい態度に、我ながら自慢げな顔はハンスが見たら何か言いそうだが、今のところ護衛は横のほうに控えているので、民に背を向けている今はどんな顔をしても平気だ。

伸ばした手をニコに重ねた瞬間、集まった人たちからどよめく声がする。

「おお」

「さすが、キングダムの王子様とお姫様だねえ」

ニコがひな壇の一段上から、愛らしい私の手を取り、私がニコを見上げている形になる。そのままの形で一瞬止まった私は、ニコにそっとささやいた。

「ニコ、せーので、まちのひとのほうをみよう」

「うむ。では、せーの」

同時に二人で民のほうに体と顔を向けて写真のように動きを止めると、大きなどよめきと歓声が上がった。私はニコに手をひかれたまま、よいしょと段を上がり、ニコの隣に立つ。そして、二人でゆっくりと手を振った。

「これこそファンサ」

「ファンサとはなんだ」

「えーと、たみをよろこばせる?」

「このくらいでよろこんでくれるなら、らくなしごとだ」

兄さまたちと違って、私たちなど、愛らしさで皆を喜ばせるくらいの仕事しかないのだ。精一杯務めている私に、横やりが入った。

「やれやれ、リーリア様は相変わらず勝手に動いてしまわれる。挨拶は私共が紹介した後でお願いしたかったのに」

相変わらずのハーマンである。珍しくニコがむっとした顔で眉根を寄せた。それが目に入ったのかどうかはわからないが、これはさすがにヒューが口を出してくれた。

「わざわざ民を喜ばせようとしてくれた幼い者たちの気遣いだぞ。リーリア殿がそういう気遣いのできる方であるという判断ができず、無下にするとは、どうやらこの式典を任せたのは失敗だったか」

ハーマンは副宰相という立場であり、それなりに仕事ができる人のはずだ。しかし、自分のしたいことが先に立ち、人の気持ちに配慮することがない。いまさらかもしれないが、前回から全く成長していないようだ。

「しかし最も効果的なタイミングというものが」

「ハーマン、見よ」

ヒューは民たちのほうを指し示した。シーベルの町の人が、大人も子どももニコニコと大きく手を振っている。

「今がそのタイミングであろう」

「うっ。確かにそうでございます」

ハーマンはしぶしぶと私のほうを見て、わずかに頭を下げた。

「リーリア様、失礼なことを申しました。お許しを」

私が頷く前に、ニコがハーマンをまっすぐに見上げた。

「ようじだからとて、あなどるものはどこの国にもいる。おまえがわれらをみているように、われらもおまえをみていることをわすれるな」

「はっ、はい」

今度はしっかりと頭を下げたハーマンである。

「実はニコラス殿下。私には孫がおりましてな。ちょうど殿下と年回りのよい、かわいらしい孫でして」

「ハーマン」

「なんですかな、ヒューバート殿下。おや、あーれー」

「すまぬな」

そんな役割のために壇上にいたのではあるまいに、ヒューはハーマンを引っ張ってどこかに連れて行ってしまった。懲りない人である。私はこっそりため息をついた。顔はちゃんと笑顔である。

「ハーマン、まえとかわってない」

「まえからああなのか」

「うん。リアのラグりゅう、ぽいってすてたの。きたないからって」

私は説明しながらそんなことがあったなあと肩から掛けたラグ竜に手を添えた。落ちたラグ竜はアリスターが拾ってくれたのだった。

「しろでも、ああいうものはいる。子どもだからとあなどるものは、だいたいおろかだ」

「おろか」

「いちじがばんじ。ほかのことでも、同じようなふるまいしかできぬ」

そう語り合っている間も、私たちはにこやかに手を振っている。

「そろそろせきにつくか」

ヒューがいなくなってしまったので、私たちは用意された椅子にそれぞれ勝手によじ登った。ハーマンはいてもどうせ役に立たないからどうでもいい。

「キャー!」

「かわいい!」

手を振っている時より、今が一番盛り上がっている気がするのはなぜだろう。ちらりとハンスを見ると、かなり苦々しい顔をしていた。本当なら自分が側にいてすっと椅子に乗せたかったに違いない。

兄さまやギル、それにアリスターはと言えば、まだ城で何かやっているし、バートたちは、今日は町の外側にいて、結界の境目を監視する役割なのだという。

それならばと場つなぎに少し早く来てみたのだが、人形扱いでも喜んでくれるのなら来たかいがあるというものだ。

「でも、すわってるのだけだと、あきる」

「あきるな。だが、こういうばあいは、きちんとせをのばしてすわっているものだ」

ニコはその言葉通りきちんと座っているが、私はもうすこし甘やかされて育っているので、もぞもぞしたくてたまらない。

「あしをぶんぶんしよう」

「うーん、まあいいか」

二人で足をぶんぶんさせていたら、どんどん人が集まってきた。

「王子様と言ってもまだ子どもなのね。かわいいわ」

「スカートのレースがひらひらして愛らしい」

耳を澄ませているとむしろ高評価である。

カルロス殿下や兄さまたちも順番にやってきた時にはひな壇の前にはたくさんの人が集まっていて、私たちは人集めの役割まで果たしてしまっていた。えらい。