作品タイトル不明
変人には変人を
ドリーはさっとハンカチをしまうと、きっと顔を上げ、私を上から下まで眺めた。嫌な予感がする。
「ですが、無理を言ってキングダム側までお迎えに来て正解でした。なんでしょう、リーリア様のそのお姿は」
そう言われて、私も自分の上から下まで眺めてみた。顔は自分でもわからないが、瞳の色に合わせたピンクのワンピースの下に動きやすいようにズボンを履いていて、とてもかわいらしい。
かわいい以外の何物でもないと言おうとしたら、いつもは後ろに控えているナタリーがずいっと前に出てきた。
「リーリア様のご衣裳は、旅の間、くつろいで過ごせるようにと、デザインをはじめ生地から縫製まですべてオールバンスの衣装部が工夫したものでございます。かわいらしい以外のなにがあるというのですか」
さすがナタリー、私と同意見である。
「かわいらしくないなどと一言も申してはおりません。ただ、これからシーベルに入っていただくにあたり、もっと四侯らしい威厳のあるご衣裳をと考えているだけです」
ナタリーはドリーに一歩も引かずにふんと鼻を鳴らした。そんなナタリーを見たことがなかったので私は驚いたが、ハンスも驚いていたので思わず笑いそうになってしまった。
「何が四侯らしいかは、リーリア様の専属のメイドである私がリーリア様と相談して決めることです。余計な口出しはご遠慮願います」
「んまあ」
キーッと言い出すのではないかとハラハラしていると、ついにドリーの隣の人と目が合ってしまった。
顎の割れたマッチョだが、カルロス殿下に負けず劣らずひらひらのレースのシャツと体にぴったり合ったズボンを身に着けている。道楽好きの貴族という印象だ。
「まあ、ほんとうに淡紫なのね。これはデザインがはかどるわあ」
私は一歩引き、ナタリーが更に私の前に出てくれた。ハンスは私と一緒に一歩引いてしまっていて役に立たない。デザイン、ひらひらのレース、ドリー。四侯らしい威厳のある衣装。これらから私の頭は一つの単語を導き出した。
「ジャコモ?」
小さい声だったが、どうやら聞こえてしまったようだ。
「まあ、キングダムにも私の名前が届いているってことかしら!」
「そんなわけねえだろ」
喜びの声を上げているジャコモに、ハンスが思わず突っ込んでいる。実際、その名をキングダムで聞いたことはない。まあ子どもなのでキングダムのデザイナーですら知らないのだが。
「だってお嬢様が私の名前を知っていらしたのよ。ねえ、リーリア様」
なれなれしい呼び方にイラっとした私は、ナタリーの横にずいっと進むと、腕を組んだ。
「ジャコモのふく。トレントフォースできせられたけど、レースいっぱいで、ちくちくして、いやだった。だからおぼえてた」
私は普段、人の悪口を言ったりしない。だが、ドリーをはじめ、こういう人たちの言うことを素直に聞いていると、損をするのは私だ。だからはっきり言うに限る。
「ジャコモのふく、いらない」
ピシッと言ってやった私の隣で、ナタリーもふんと腕を組んだ。
「そ、そんな……」
ショックを受けるジャコモにドリーがおろおろしているが、私はドリーにも言ってやった。
「ドリー、ほんとうにヒューがだいじなら、みかけよりだいじなこと、あるでしょ」
「まあ、リーリア様」
ドリーはハッとしたように口に手を当てると、なんだか涙ぐんだ。
「そうでした。リーリア様は、こういう方でした」
そうつぶやくと、こちらに頭を下げてきた。
「四侯の皆様がウェスターまで来てくださる、そのことに浮かれて、客人を大事にするという肝心なことを忘れておりました」
「やっとわかってくれたか」
ヒューがやれやれと近づいてきた。
そもそもヒューが連れてこなければこんな面倒なことは起きなかったのだと思うと、私はヒューのことを恨みがましい目で見てしまう。
「ドリーが突っ走ってしまったのも、リアを愛しいと思う気持ちゆえ、許してやってくれ。それと」
旅の最後には和解していたので、ドリーのことを嫌だと思う気持ちはそもそも思っていない。
「ジャコモはデザイナーであることも確かなのだが、あれでも伯爵家で今回の歓迎団の正式な一員なのだ」
皆何も言えずそっと目をそらしたが、カルロス殿下だけは興味深そうにジャコモを観察していたようだ。
「ウェスターのジャコモと言えば、ファーランドにも名が通っているが、シーベルで機会があれば一度訪ねてみたいと思っていた」
「おお、ありがたいことです、殿下」
服の趣味も似ているようだし、あの二人で仲良くしてくれれば手間もかからないと思う。
なぜかほっとした空気になったので、そのまま宿に入ることになったが、夕食の後部屋で当時のことを兄さまと懐かしく語っていたら、アリスターがこっそりとやってきた。旅の間、誰かしらが交代でやってくるので、夜が楽しみでもある。
「俺、ジャコモに見つからないように、昼は目立たないようにしてたんだ」
「そういえば、アリスターのふくも、レースいっぱいだった」
私は当時自分たちが着せられそうになった服を思い出していた。
「二人ともジャコモの服を着せられそうになったのですか」
当時のことを懐かしく話す私とアリスターに、兄さまが興味津々である。ウェスターにいた時のことは、バートたちから聞き取って詳細に記しているはずなのだが、服がどうだったとか、食べ物がどうだったかなどという細かい話まではできないものだ。
「そうなの。ちくちくしてたのを、エミがなおしてくれた」
「おれも、そんなちゃらちゃらした服は嫌だって、二人でごねてさ」
「そんなことがあったんですねえ」
少し寂しそうに聞いている兄さまに、アリスターがそういえばという顔を向けた。
「あのさ、リアとルークがトレントフォースを発ったすぐの時に、シーベルまで結界が広がったことがあったんだ。一瞬でおさまったけど、あれってもしかして」
私は思わず兄さまと目を合わせた。その時とは部屋が違っているけれど、確かにお父様があっさりと結界を作り、うっかり結界の共鳴をしてしまったのがその日だった。
「ええ。リアが自ら結界を張れると知ったお父様が、自分もやってみたいとごねてしまって。その時にうっかり三人で結界を共鳴させてしまった結果です」
「その日のうちにできちゃったのか。やっぱり四侯の当主は違うなあ。俺なんて結界が作れるようになるまで何か月かかったことか」
アリスターは勝手に兄さまのベッドの上に寝転がっていて、自由である。兄さまもそれを笑って許すほどにはアリスターに親しみを感じているようで安心する。
アリスターは少し人と距離をとるような印象があったけれど、離れて暮らしている間に、いろいろと吹っ切れて本来の自由な気質が出てきたのだろうか。それともバートやミルに、いや、主にミルに影響されたのか。そんな想像をしていると、アリスターが天井を見上げたままこう言い出した。
「なあ、何日か俺たちの家に泊まらないか。ほら、うちの、いや、リアのあの人に会いたいだろ」
「セバシュ、ううん、セバス!」
「セバスもびっくりするだろうなあ、リアがもう片言じゃないんだぜ」
私がセバスと過ごした時間より、アリスターがセバスと過ごした時間のほうがもう長いのだ。そう思うと少し悔しい気がした。
「もともと貴族の家らしくてそこそこ広いから、四侯一行くらいは泊まれると思う」
照れくさそうなアリスターは、わざとギルの名前を言わなかったけれど、ギルにも泊まってほしいという、いわば根回しなのだろうなと思う。
「そうですね、ヒューバート殿下に聞いてみないといけませんが」
「ヒューは大丈夫だってさ」
アリスターはがばりと上体を起こして、にっと笑った。
「手回しがいいですね。ですが本当のところ、とてもありがたいです。私もどうやってセバスとの時間を作ろうかと悩んでいましたから」
兄さまもにこりと微笑んだ。
「それからギルですが、来るなと言っても来ますから。不安にならなくても大丈夫ですよ」
「べ、別にギルが来るかどうかなんて気にしてないし」
プイっと横を向いたアリスターより、兄さまのほうがまだまだ上手である。