作品タイトル不明
意外な申し出
「わあ、しゅごい」
思わず声が漏れるくらい、そこは広い子ども部屋だった。駆け回れるほどの空間と、部屋の壁際には、箱に詰められた積み木や人形、絵本などが並べられている。
「もくりゅうだ!」
王子宮にも木竜はあるだろうに、ニコは喜んで木竜に走っていった。もちろん、私はそのくらいで走ったりしない。しずしずとぬいぐるみの箱に向かい、そこからはぬいぐるみを出して並べ始めただけである。バートたちの存在を忘れるくらい夢中になっていたとか、そんなことはない。
考えてみると、オールバンスのお屋敷にはあまりおもちゃはないような気がする。代々子どもがいたはずなのだが、部屋にあるのは絵本と積み木、それに自分のラグ竜のぬいぐるみくらいだ。
木竜などもなかった。
「うち、こんなにおもちゃ、なかったきがする」
「そういえばそうでございますね」
ひっそりと控えていたナタリーが確かにというように頷いた。
「言えば出てくると思うのですが、言わないと出てこない可能性がありますから」
ナタリーが苦笑したのは、私が紙と鉛筆がほしいというまで、用意されなかった過去を思い出しているからであろう。子どもがいる家庭なら、必要であると思われるものは自然に用意されるものだが、オールバンスのお屋敷では、兄さまがいたのにもかかわらずそういう配慮に欠けているところがあった。
。
そもそもそういう配慮がきちんとしていれば、お父様が私に冷たくしても子どもの面倒はちゃんとみられていたはずなのである。私は赤ちゃんの頃の自分の扱いを思い出して、鼻の頭にしわを寄せた。
兄さまもきっと、ろくに面倒を見られていなかったに違いない。
「きけば、きっとどこかにはあるはず」
「帰ったら聞いてみましょうね。出てこなかっただけで、たくさんしまわれているような気がしますもの」
ナタリーと固く誓いあい、ふとニコを見ると、ミルとキャロ、それにクライドとおもちゃの兵隊を戦わせていた。考えてみれば、旅の間、時間があれば外で枯れ草や枝を振り回すか走り回るかで、室内でこんなに落ち着いて遊んだのは久しぶりである。やはり子供にはこんな時間も必要だ。
それに同じ部屋にいて、お互い夢中になって別々の遊びをしていても寂しくない。これこそが友だちだと頷く私である。
バートはなんだか優しい目をして私たちを見守っていた。皆同い年なのに、いつも若干じじくさいのがバートだ。
「ミルたち、だいじょうぶ?」
子どもの相手をさせて申し訳ないということに気が付いた私は思わず声をかけていた。
「なにがだ? こんなに楽しいのにさあ」
ミルが心底不思議そうに私を見た後、はっと顔色を変えた。何かに気がついたという顔だ。
「ごめんよリア。気がつかなくて。ほら、リアはこれを使え」
手渡されたのは赤い服を着たおもちゃの兵隊だ。別に仲間外れで寂しいとか全然思っていなかったのだが、勢いで受け取ってしまった。
「じゃあ、リアは俺の兵隊な。ニコ殿下の軍をやっつけるぞ! その前に積み木で城を作るか?」
「それがよい!」
ニコの許可も出て、別の箱から積み木が出され、二手に分かれて作戦は大掛かりになっていった。
嬉しそうなニコの顔を見れば、私も自然に笑顔になっていく。もうすぐウェスターに着く前のひと時、年相応の子どもに戻って遊んだこの時間は忘れられない思い出になるだろう。そして途中から参加したアリスターが最初からいればよかったととても悔しそうだったのも、午後から兄さまとギルが参戦したこともだ。
その日の夜、一日遊んで満足した私は寝る前に兄さまと部屋でくつろいでいた。もう寝る時間だから大きなあくびが出たところだ。そこにトントンとドアを叩く音がする。
さっとハンスが移動し、ドアに向かって声をかけた。
「何用か」
「バートだ。ルークさんとリアに話があってきた」
昼もずっと一緒だったのに、いまさら訪ねてくるなんてどうしたのだろう。兄さまはきょとんとしている私のほうをちらりと見ると、ハンスに頷いてみせた。
部屋に入ってきたのはバート一人だった。いつも四人でいるかアリスターを入れて五人でいるかなので、なんとなく物足りない気がする。
「珍しいですね。リアならもう寝る時間ですから、話は短めにお願いします」
兄さまもバート一人を珍しいと思ったようだ。昼に一緒に遊んだ仲とはいえ、兄さまは明らかにバートたちとは線を引いて付き合っているので、親しいとはいえない感じの話し方になっている。
私はといえば、わざわざ兄さまを指定してきたのだから、私ではなく兄さまに話があるのだろうと思い、静かにバートの話を待っているところだ。
「ああ、遅くにすまない。だが、ウェスターに入ってからは話しにくいと思ったんでな」
バートは兄さまに勧められてソファにおそるおそる腰かけた。私はうんうんと頷いた。貴族のお屋敷で座るソファは思ったより柔らかいことが多くて、気をつけて座らないとひっくりかえるのである。バートはそんな私を見て口の端を上げた。
庶民感覚も理解できる幼児、それが私だ。
「単刀直入に言うが、リアの結界箱の件なんだ」
私の結界箱とは、昨日の一人用の結界の件だろう。兄さまのまとう空気が硬くなった。
「あれを俺たちに預けてみないか」
「預ける、とは?」
バートの言葉は私にも予想外だったが、兄さまにとっても予想を超えていたのだろう。兄さまの言葉には純粋に疑問だけが感じられた。
「つまり、使えるかどうか俺たちに試させてくれってことだ」
「だめ」
兄さまより私が先に答えてしまった。
「なんでだよリア。あれはハンターのための工夫だろ。ハンターが使ってみなくてどうする」
正直に言うとあれは面白いから作ったのであって、実際に商品化することは考えていなかった。なぜなら、四侯と王家の潤沢な魔力がないと作れない魔道具など役に立たないからだ。ユベールが作れるレベルまで落とし込まないと、商品化などとてもできない。
それに、実際に使うには危険すぎる。
「バート、おぼえてる? エイミーをまもるために、リアがはじめてけっかいをつくったときのこと」
「ああ。覚えてる。真ん中にいるリアとエイミーが見えないほど虚族が集まっていたな。あれほど肝を冷やしたことはなかった」
隣に座っていた兄さまの手が私の背中に回った。
「あのとき、まりょくをつかいすぎないよう、ちいさいちいさいけっかいにしたの。だからすぐそばにきょぞくがたくさんみえた。とてもこわかった」
兄さまがぎゅっと私を引き寄せた。
「ちいさすぎるけっかいは、やくにたたないとおもう」
「そんなことはない」
バートが強くそれを否定した。
「リアたちの作った結界箱、まあ箱じゃあなかったが、まず、使っている魔石が小さかった。あれは俺たち辺境の民でも、魔力が多少多めの者なら自分で補充できる程度の魔石だ。一晩使っても次の日に魔力を入れて使えるなら、欲しがる奴はきっと多い」
「むり。そもそもはこを、たくさんつくれない」
もしユベールが作れるようになったとしても、ユベールと他の結界箱を作れる数人の魔道具師だけでは、量産するのは難しい。そうすると魔石のコストが小さくすんでも、魔道具箱本体が高価なものになる。どう考えても普及するとは思えない。
私はニコと一緒に思いつきだけで作った魔道具を、身近な人が使うかもしれないということをちゃんと考えていなかったことに気がついた。
「それに、しさくひんだから、いつまでもつか、わからないの。とちゅうでけっかいがきえることがあるかもしれないし」
その瞬間が、バートが虚族と向き合っている時にきてしまったら?
私は背筋がぞっとした。