作品タイトル不明
シャラーンと
「カルロス殿下ね、明日王都に着くんだってさ。よろしくね」
一瞬沈黙が支配した後、大騒ぎになったとしても仕方がないと思う。
連絡がぎりぎりに来たのか、それとも上のほうはわかっていて私たちにはぎりぎりまで知らせなかったのかはわからないが、とにかく明日王都にファーランドの第一王子がやってくる。そして二週間滞在して交流を図ったのち、一緒にウェスターに出発だという。
「おとうさま、しってたの?」
「ファーランドは当初ウェスターに誰も送るつもりはなかったようだが、おそらくキングダムの動きを見て、王族を一人送ることに方針を変えたということは知っていた。だが、王都に寄るとは聞いていなかった」
うちに帰ってからお父様に聞いてみると、そんな調子だった。
「歓迎の宴を催すにも、警備を増やすのにも手間がかかる。まして旅の間同行するとなると、キングダムにいる間はキングダムの責任になってしまう。まったく面倒なことを」
どうやら上の方にも連絡は来ていなかったらしい。
私はちょっと心配になった。ファーランドの行動を外から見ている限り、どちらかというと行き当たりばったりで、先読みして行動を決めているとは思えない。だが、キングダムも、そんな行き当たりばったりの予定変更に巻き込んで問題ない国だと、なめられているということではないのか。
私がウェスターに連れ去られたとき、辺境の人にとってはキングダムは遥か遠くの自分とは関係ない豊かな国だと思われていたと思う。うらやましいとか悔しいと思う人もいたとしても、結界で守られた大きな国で、辺境がなにか口を出したり要求したりできるような国ではなかった。
だが、イースターの件があり、キングダムがウェスターと親密なかかわりを築くかもしれないという情勢が見えてきた今、焦ったとはいえ、このような急な申し出をするなど以前の辺境の国なら考えられなかったのではないか。
ウェスターの町で暮らしていた私は、キングダムだけでなく辺境で暮らしている人も幸せであってほしいと思う。だが、結界がこの大陸すべてを覆えるものでない以上、暮らしに差が出てくるのは仕方がないとも思っている。キングダムの結界は、お父様たちの力で成り立っているのであり、それは誰にでも無条件に与えられるものではないからだ。
キングダムには手を出せないという認識が変わってしまったのかなと思うと、少し不安な気もする。だが、幼児がそれを心配していても仕方がない。
「リア、難しい顔をしているな」
「だいじょうぶ」
私はニコッと微笑んで見せた。私が考えすぎたところで、どうしようもないのだ。
「ただ、少しばかりよいこともあるぞ、ルーク」
「なんでしょう、お父様」
やっぱり難しい顔をして一緒に話を聞いていた兄さまがなんだろうと首を傾げた。
「同行者に記憶にある名前があった。確か、ジャスパー・グレイソン」
「「ジャスパー!」」
私は思わず兄さまと顔を見合わせた。確かに懐かしい。北の領地で出会ったファーランドの客人の一人だった。だからこの質問が思わず出たとしても仕方がないと思う。
「ロークは?」
「ローク? ああ、たしかグレイソンのところの弟だな。いや、名前はなかった」
さすがお父様。私たちの交流関係はしっかり頭に入っている。私が仲良くしていたのが弟のロークのほうだったから気になったけれど、あの活発すぎる子が選ばれるわけはなかった。私はほんの少しがっかりした。お父様はそのほかの同行者もあげてくれた。
「第一王子カルロス・ファーランド。従者としてジャスパー・グレイソン。秘書官としてリコシェ・エルドレッド。エルドレッドの領地はうちの商会とも少しだけ取引がある」
ファーランドからの客人は三人。従者や秘書官とはいえ、それぞれ領地持ちの伯爵家の跡継ぎだという。第一王子をはじめ、軽んじていい相手ではない。
「ジャスパー・グレイソンはおそらくギルとルークの顔見知りだから選ばれたのだろうと思う。エルドレッドについてはさて」
マークが、ファーランドについてはあまり情報が入ってこないと言っていたような気がするので、お父様もわからないのだろう。
「警戒しすぎても仕方があるまい。マークがいろいろ言ったかもしれないが、あれとてルークの年頃には箸にも棒にもかからぬ間抜けな小僧だった。自分ができなかったことを、賢いからといって私の息子に求められても困る」
「おとうさま……」
兄さまは苦笑するしかないようだが、マークは一応友だちなので、なんと返事をしていいかわからない私である。
「ルーク、リア。お前たちは、ウェスターの領都に結界を張るという試みをギルと共に実現に一歩踏み出させた功績者だ。だからこそ招待されたのだし、いろいろ気にせず大手を振って行ってくればいい。そして旅を思い切り楽しんでくればいいのだ」
お父様のその言葉に、マークにいろいろ言われて少し緊張していた気持ちがほどけるような気がした。
「特にルークには、私がその年にはできなかったことを思い切り経験してほしいと思っている」
「お父様」
兄さまの声が少し震えた。
兄さまはいずれお父様の後を継ぎ、あちこちに出かけるのが難しくなる。だから今を楽しんでほしいという親心である。では私は? 感動の空気をあえて読まずに私はお父様にかわいらしく問いかけた。
「おとうさま、リアは?」
「リアはな」
なぜ鼻でふっと笑うか問いただしたい。
「楽しむも何も、リアには事件のほうから近寄ってくるではないか。おとなしくしているくらいでちょうどいい。無理だろうがな」
「むう」
最後の無理だろうで兄さまが笑い出したので、よしとする。
本来、侯爵家といえど私のような幼児は、わざわざ社交の場に出ることなどありえないが、今回はウェスターに招待されている旅の同行者として、ファーランド一行が来る初日に、顔合わせだけでもすることになった。
正直に言うと、王子という存在との出会いについてそんなにいい思い出はない。
ウェスターの第二王子のヒューバートは、冷たい嫌な奴と言う印象だった。もっとも後には友だちになったが。
イースターの第三王子のサイラスは、いきなり私たちに刃を向けてきた。そしてそのままの危ない奴だった。
ではファーランドの第一王子はどうか。
シャラーン。
そんな音が聞こえてきそうな華やかな印象だった。兄さまが思わず一歩下がろうとする気配を感じた私は、兄さまの足に励ますようにそっと手を添えた。つまり、兄さまをひるませるほどの美丈夫である。
テッサ王女と同じ黒髪に夜の空のような深い青の瞳、すらりと背が高く手足の長い体に王族らしい明るい華やかな衣装をまとっていた。ランバート殿下が比較的ひらひらした服を着ているがそれ以上だ。豊かだが堅実な気質のキングダムではなかなか見ないタイプである。というか、ウェスターでさえ副宰相のハーマン以外そんな人はいなかったので、生まれて初めて見る華やかな男性に、私も思わず目を見開いた。
王子は少し長めの前髪を右手の指先でさっと払うと、胸に手を当てて優雅に会釈した。
「お初にお目にかかる。カルロス・ファーランド。ファーランドの第一王子だ」