作品タイトル不明
あきらめなければ
微かに口元を緩めながらもまじめな顔を保つのに必死なジュードに連れられてお屋敷の厨房に向かうと、そこのテーブルにはクリームで飾られた四角い大きなケーキが用意されていた。
「リア様は最後に、おめでとうと書く大役でございます」
「あい!」
よく見るとケーキの縁は果物で飾られているが、真ん中は真っ白である。私は色のついたクリームで大きく「お」と書いた。若干プルプルと震えた字だが、確かに「お」である。だが少々大きい。
「『めでとう』を書く場所がなくなりましたね」
ジュードが困惑をにじませた。
「わたしとニコでかくわ。リアよりずいぶんじょうずなのよ」
「うむ。ちいさくかけばいいのであろう」
「おねがいしましゅ」
私より上手なのはちょっと癪にさわるが、できないことは任せればいい。クリームに苦労しつつも、皆で制作のおめでとうが仕上がった。それを料理人がカートに慎重に乗せる。カートの下には、兄さまと二人で作った紙の冠が置いてある。もっとも、その冠をお父様にかぶせるのだと聞いたジュードの表情はとても微妙だった。
これまた心配そうなジュードに見守られながら、クリスとニコがカートを押した。私はどうしたかって? 手が届かないので、そばで一生懸命応援している。
「てちゅだえなくて、ごめんね」
「リアにはかんむりをかぶせるというたいやくがあるだろう」
「ここは大きいわたしたちにまかせて」
「ありがとう」
二人ともいい子なのだ。よく考えたら、王子様をこんなことに使って、しかもそれをお父様のランおじさまに見られている状況なのだが、まあいいだろう。今日の主役はお父様なのだし。
ジュードが大きく開けたドアから、私たちはカートを押してしずしずと入室した。そのままカートをテーブルまで押していく。
「おとうしゃま、いしゅにしゅわって。ここ!」
「ここか」
「あい! にいしゃま!」
そうしてケーキの前のテーブルにお父様を座らせると、兄さまを呼び寄せて、二人でせーので冠をかぶせた。
「ルーク、リア、これは……」
「しゅやくのかんむりでしゅ」
胸を張った私の言葉が今一つ理解できていないお父様のために、兄さまが解説を加えてくれた。
「これは、今日の王様という意味だそうです。殿下方には申し訳ありませんが」
殿下方に配慮までするそつのなさ。さすが兄さまである。
「この、ゆがんだおめでとうは」
お父様はハッとして言い直した。
「この、心のこもったおめでとうは」
「りあが『お』をかいて」
「わたしが『め』と『で』を」
「さいごにわたしが『と』と『う』をかいたのだ」
クリスとニコはそれぞれの保護者のところに戻っていたが、そこから自分の手柄をちゃんと申告した。
「なんと素晴らしいおめでとうだろう。こんなおいしそうなケーキはクレアの作ってくれたケーキ以来だ。そうだ、クレア」
お父様がはっとした顔をした。
「そうですよお父様。クレアお母さまがいた時も、ちゃんと三人でお祝いしたではないですか」
兄さまがやっと思い出したのかという顔をした。
「そうだなルーク。そうだ。以前にも、確かに幸せがあったのだな」
その時は、お父様の頭の中には兄さまのことはあまり入っていなかったかもしれない。でも、家族の時間は確かにあったのだ。
「さ、では私がケーキを切りますよ」
そんなお父様の感傷を断ち切るように、兄さまが張り切ってケーキにナイフを入れた。そして最初の一切れを皿にのせて、お父様のところに運んできた。
「さ、次はリアのお仕事ですよ」
「あい!」
私も張り切ってケーキの果物のたくさん載ったところにフォークを突き刺した。兄さまがお皿を支えてくれているので、お父様の口元にケーキを慎重に運ぶ。
「リア、少し多くないか」
「だいじょうぶ。いけましゅ」
貴族が大口を開けてケーキを食べるなど行儀が悪いことこの上ない。でも仕方がない。ほんの少しすくうだけなんて、そんな器用なことはできなかったのだから。私は引き気味のお父様に、もりっとフォークに乗っかったケーキをぐいぐいと押し付けた。お父様は仕方なく口を開けた。
「あー。むぐ」
「おいちい? おいちい?」
「う、むむん」
「おいちい?」
兄さまが笑いながら私をたしなめた。
「リア、無茶ですよ。お父様のお口はまだケーキでいっぱいです」
「ありゃ」
お父様はやっとのことでケーキを飲み込むと、クリームを口元につけたままかすかに口の端を上げた。とても機嫌がいいしるしだ。
「おいしかったよ。リア、ルーク、ありがとう。ニコラス殿下、クリスも、ありがとう」
「良き誕生日だな」
ランバート殿下の言葉と共に、拍手とおめでとうの祝福の言葉が飛び交った。すっとジュードが前に出て、静かに宣言した。
「では、切り分けてお出しいたします」
「うむ。よろしく頼む。おや、スタン、いったいどうした」
私がお父様の口を拭こうとナプキンをもって背伸びしていたら、お父様が急にテーブルの向こう側を見て、驚いたように目を見開いた。
「なんでもない」
片手で目元を隠したスタンおじさまの声は少し震えていた。
「なんでもないことはないだろう。体調でも悪いのか」
「それだよ。ディーン。お前、俺の体調が悪いかどうかなど、今まで気にしたこともなかったのに」
お父様は何のことだと首を傾げた。
「お前はいつもどこかに心を置き忘れたような顔をして、人の気持ちどころか自分の気持ちでさえも理解せずに、ふらふらと落ち着きがない生き物だ。だから心配で目が離せなかったというのに」
仮にも四侯の当主として、国政にも携わり結界の魔石の維持もきちんとしているお父様にこれだけのことが言えるのは、親友のスタンおじさまだけだろう。
「そんな、普通の人みたいに子どもたちや俺を気遣って、にこやかに過ごすお前を見ることになろうとは」
このお父様を見てにこやかと言えるところは、さすがに長い付き合いだけのことはある。たいていの人は無表情だと思うだろうに。
「やっとお前は地に足をつけてこの世界を生きていけるようになったんだな。今日がお前の本当の誕生日みたいなもんだ」
「今日が、私の本当の誕生日、か」
お父様はスタンおじさまの言葉を繰り返すと、お父様の口を拭こうとナプキンを握り締めたままの私を見、そして兄さまを見て、にっこりと微笑んだ。ただし当社比ではあるが。
「よい世界に生まれたことを心より感謝する」
「おとうしゃま、おくち」
「おお。頼む」
「お父様は意外とうっかりですから」
「すまんな」
部屋に笑い声があふれた。
そんなお父様を見て、出会ったばかりの頃を思い出す。この世界に生まれたばかりの頃は思ったより不遇で、侯爵家からもらうものをもらってさっさと自立しようと思っていた。だが今はあの頃のことが嘘のように温かい日々を過ごしている。
見上げればお父様がいて、隣には兄さまがいる。
振り返ればニコとクリスが笑っていて、私も忘れないでくれよという顔でマークが眉を上げ、フェリシアが心配そうに手を握り合わせている。そして何もかもを飲み込み、まるでお父様にとってのスタンおじさまのようにギルが見守ってくれている。
それにナタリー、ハンス、そしてみんなの家族がいる。
「ちあわしぇね」
あきらめなければ、きっといいことがある。
私はぐっと手を握った。今度は私がレディになる番だ。だがその前に大事なことがある。
「りあもけーき、たべりゅ」
そうして毎日は続いていくのだ。
(転生幼女王都編:了)