作品タイトル不明
相変わらずのみんな
「まだかな」
「もうすぐですよ」
玄関から外に出て、客人を待ちわびている私に兄さまが優しく答えてくれる。最近、楽しいことは全部お外からくるような気がする私である。
「りあのとこ、とまったらいいのに」
「リアの気持ちはわかります。でもね、アリスターにとってはリスバーンは血のつながった家族ですから」
兄さまの言うことが正しいのはわかる。何か月も一緒に生活を共にし、家族のように暮らしたとしても私とアリスターは本当の家族ではない。
「でも、私も気持ちが追い付きません」
「にいしゃま?」
「アリスターがギルの叔父にあたるというのはわかるんですよ。でも、アリスターがスタンおじさまとは母が違うとはいえ兄弟だというのはちょっとこう」
「たちかに」
お父様に急に義理の兄弟が現れたらと思うと、しかもそれが自分と同じ年の少年だとしたら複雑な心境だろうと思う。
「スタンおじさまは慣れているとは言っていましたが、私でさえあまりにギルにそっくりで驚いたくらいですからね。スタンおじさまはだいぶ驚いたでしょうね」
「あい」
そんな話をしていたらお父様が心なしかよろよろした足取りで玄関から出てきた。
「お父様を置いて先に出ないでくれ」
「でもお父様、疲れているようでしたから」
そうなのだ。お父様もやっと昨日帰って来たと思ったら、今日の夕方にアリスターが来るということを伝え、倒れるように寝てしまったのだ。今日も起きて食事はしたが、また寝てしまったので、兄さまとそうっと外に出てきて待っていたのである。
お父様がまず兄さまをギュッと抱きしめると、兄さまは照れくさそうに笑った。お父様は次に私をかるがると抱き上げた。
「若い頃はいつも王都から離れたいと思っていたものだが、さすがにしばらくはいいかなと思うくらいに疲れたよ」
「お父様が弱音を吐くなんて珍しいですね」
兄さまは首を傾げたが、私はそうは思わない。兄さまは寮暮らしでたまにしかお父様に会わないから、お父様のかっこいいところばかりを見ているのかもしれないが、普段のお父様は仕事に疲れた普通のおじさんなのである。しょっちゅう疲れたと言っては私に甘えているのだから。
数歩下がったところで複雑な顔をしている執事のジュードと私は同志である。お父様の肩越しにジュードとやれやれと視線を交わした私は、耳聡く竜車の音を聞き取り、お父様の腕の中で急いで門のほうに振り向いた。いつも兄さまやお父様を待っている私は竜車の気配には敏感なのである。
「ああ、リア、竜車が来ましたよ!」
「あい!」
リスバーンの紋章の入った竜車が二台、軽快に駆けてきて、私たちの前で停まった。そして、従者が扉を開けるより先に飛び出してきたのは。
「リア!」
「ありしゅた!」
私はそっと地面に下ろしてくれたお父様のもとから、懐かしいアリスターに走り寄った。アリスターは地面に片膝をついて両手を広げてくれている。もう離れてから半年以上たつのだから、きっとアリスターも兄さまのように背が伸びて少し大人びたのに違いない。でもその時の私は、ただアリスターの近くに行きたくてそんなことを見て取る余裕もなかった。
走り寄った私はすぐにアリスターにグイッと抱き上げられた。兄さまとも違う力強さは変わっていない。顔をうずめるとほのかに革の匂いがするような気がするところも。
「あーあー、相変わらずよちよちしてんなあ」
相変わらずはバートだろう。笑みの混じった懐かしい声に、緩められた腕から目を合わせれば、少し少年らしさを増したアリスターが仕方ないなあという顔で笑っている。ここは一言言っておかなければならない。
「よちよちちてない!」
「もちろんさあ。さ、こっちにもすたすた歩いてるところを見せてくれよ」
この暢気な声はミルである。少し涙交じりの声から想像するに、またハンカチを忘れているのだろう。
アリスターは私を抱えたまま竜車のほうに振り返った。ギルとスタンおじさまの横に、相変わらずの四人組が気楽に立っている。この人たちは、どこにいてもこんなふうに自然体なのだ。
「ばーと! みりゅ! きゃろ! くらいど!」
ちょっと涙目のミルの他は、皆にっこりと頷いてくれた。アリスターにもそっと地面に下ろされた私は、放流された魚のように素早く皆に駆け寄った。
「ほんとに早く歩けるようになったじゃねえか。おっきくなったなあ」
掬い上げるように私を抱き上げたバートが、そのまま高く私を掲げた。私は思わずキャッキャッと笑った。よくこうして抱き上げてもらったものだ。でも、大事なことはちゃんと言わないと。
「りあ、ありゅいてない。はちってましゅ」
「ハハハ。うん、ちょっと走ってるように見えたかもな。ほら」
私はそのまま荷物のようにミルに手渡された。私は鼻水がつく前にミルの顔を押しとどめ、ポケットからハンカチを出してミルの顔をごしごしとふいた。
「みりゅ、はんかち、だいじ」
「たまたま忘れてただけさあ。リア、相変わらずかわいいなあ」
「あい」
実際かわいいのだから否定しても仕方がない。ミルは鼻水を気にしたのか、少し遠慮がちに私を抱きしめると、今度はクライドに抱き上げられた。
「たかーい」
クライドは何も言わず、優しい目で私を見つめると、そのままキャロに手渡した。
「わあ、ちいさ」
「小さくはねえよ。クライドの後ってのが問題なだけで」
もちろん、小さめというのは本人が気にしているだけで、ちょっと顔の整っただけの普通の大人の男性である。
「顔がきれいだとかは言わなくていい」
「いってないもん」
「思ってたって顔が言ってる」
私は思わず頬に手を当ててしまった。
「ほらな」
「お、おもってないもん」
周りに笑いが起きて、私はようやっと地面に戻って来た。
「みんな、げんきそう」
「元気だったぜ」
バートがにかっと笑ってみせ、私の前にしゃがみこんだ。
「父ちゃんと兄ちゃんにちゃんと大切にされてるんだな。よかったな」
「あい」
バートの小さい声に、私も小さい声で、でもしっかりと答えた。とても大切にされているのだ。
「でもよー、リア、ほんっとにいいとこのお嬢さんだったんだなあ」
ミルが今更ながら目の前の屋敷とずらりと並んだ迎えのメイドや従者を見て、ヒューと口笛を吹いた。
「リアが乾いたパンをポケットに隠し持ってた時はほんとに四侯のお姫さんなのか疑ったけどなあ」
「君。その話はまだ聞いていなかったように思うが」
「え。ひゃい。いや、リアのお父様にするような話じゃあなくてさあ」
お父様に声をかけられて焦るミルだが、既にお父様の目は若干すわっている。
「みりゅ」
私はミルの足をぽんぽんと叩いた。
「あきらめりゅ」
「そりゃないぜ」
やっと楽しい夏が始まる気がした。