軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪い人

二歳児と四歳児が、

「つかまったじかくはある」

などと言ったらむしろおかしいだろう。私たちは、この人は何を怒っているんだろうという顔をしながら静かにお茶を口に運んだ。

「くっ。落ち着け。間抜け面をしていても、何度も出し抜かれたことを思い出せ」

第三王子は自分に言い聞かせるようにぶつぶつ言っている。間抜け面とは私のことか。失礼な。愛らしいだけだというのに。

「かりにもレディにたいして、まぬけづらなどといってはならないぞ、サイラスどの」

こういう時に、いつも言うべきことをはっきり言ってくれるのがニコである。しかし一言言ってもいいだろうか。なぜ間抜け面を私のことだと判断したのだ。ニコのことかもしれないではないか。

「失礼した、リーリア殿」

やっぱり私のことなの? そこは謝るほうがずっと失礼じゃない? 私はちょっと嫌な気持ちになった。しかし、きちんと会話が通じるということは、今すぐ私たちをどうこうするわけではないということだ。少し安心した。もっとも、公式に声をかけられたときはもっと丁寧な口調だったはずだが。遠慮はどこに落としてきたのか。

しかし、そもそもそれをとがめる人はこの客室にはいない。たった一人いた見張りの兵は、第三王子を呼びに行ったまま戻ってきていないのだ。ここで第三王子が私たちを害そうとしても、止めるものは自分たちだけだという情けない状況ではある。

「さて、サイラスどの」

ニコがお茶のカップを置いて、第三王子のほうに体を向けた。

「やむをえないじじょうでリアとふたりですごしていたが」

この状況で、なんという皮肉! 私は感心してニコを眺めた。

「そろそろちちうえとははうえのもとにもどりたい。リアもおなじだ」

何があったとか、どうして今ここにこうしているのかとか、普通はそういうことを聞くものだろう。だが、ニコは一番大事なことをちゃんとわかっていた。これからのことだ。

「それは無理なことはわかっているだろう」

「なぜだ。わたしたちがここにいてなんのやくにたつ」

交渉役はニコがやってくれる。楽ちんである。私はテーブルの上にあった、柔らかそうなパンにそっと手を伸ばした。一口食べる。もぐもぐ。

「お前たちを私たちが確保しているということそのものに意味があるのだ」

なんのことだという顔のニコに私が説明した。

「にこ、ひとじち。これ、おいちい」

「お前も同じ立場だ」

すかさず突っ込みが入った。私は二歳児だからなんのことだかわかりませーん。もぐもぐ。

「ほんとに腹の立つ。あの時に始末できたら面倒がなかったのに」

あの時とは、ウェスターでのあの時だろうなあ。恐ろしいことを言う。

とりあえずパン一つ分はおなかの中に入った。そして、少なくとも王族は、家族を人質にされているために、動きが取れずにいるのだということもわかった。お父様はウェスターの近くまで行っていたはずだから、まだ王都に戻ってきてないだろうし。それならば、やはりすぐに手を出されたりはしないだろう。

「魔石一つを外すなどと、生ぬるいことをしたからこうなった。どう魔石を補充したのかはわからないが、今回は五つすべての魔石を外した。そして見張りを強化した。したがって、今日の夜にはキングダムは確実に虚族に襲われることになる」

やはりそれが狙いなのか。私はちょっとため息をついた。あきらめ気味の私と違って、ニコは強い目で第三王子に問いかけた。

「キングダムのけっかいをなくして、イースターにどんなよいことがあるのだ」

本当にそう思う。しかし、その答えは得られないだろうと思った私の予想ははずれた。

「本国の愚か者共の考えていることなど知らぬ。私はただ、言われたとおりに動いているだけだ」

わたしは驚いて思わず第三王子のほうを見た。今まで目を合わせるのを避けていたのだ。

もともと鋭い顔は連日の疲れなのか、いっそうとげとげしいものになっており、ニコと同じ色のはずの明るい黄色の目は、暗くよどんでいるように見えた。

言われた通り動いているだけだと、彼は言った。

確かによく考えると、第三王子はまだ二十歳ちょっとの若者だ。ウェスターのヒュー王子はしっかりしているからともかく、アル殿下やマークとほぼ変わらない年頃なのだ。そう思えば、ふてぶてしく見えても、まだまだ子どもを卒業したばかりとも言える。

もしかして、本国に言われるままに、仕方なくキングダムにやってきたのだろうか。

「あの頃から一年はたったか。あの時もそうして、まっすぐに私のことを見ていたな」

そうだ。従者の首に平然と剣を突き付けさせて、私を差し出せと言ったのだ。

「りあ、わしゅれない。よわっていても、ちたいでもいい、いいまちた」

あの時、そう言っていたではないか。第三王子は面白そうに片方の眉を上げた。

「声が聞こえるほど、すぐ近くにいたのだな。もう少しで捕まえられたものを、本当に惜しいことをした」

これが第三王子の本質なのだ。イースターの本国に命じられてやってきたのは本当のことだろう。しかし、その目的が何かはきっと知っているはずだし、なにより喜々としてこの作戦を実行に移したはずだ。

騙されてはいけない。悪いことをした、悪い奴なのだ。

その時、トントン、と、ドアを叩く音がした。返事も聞かずにドアが開く。

「殿下、そろそろやばいですよ」

「ああ、潮時だな。だが、すぐに修理されても困る。今日の夜、結界が発動せぬことを確認するまでは仕方がない」

「面倒なことです」

この声も聞き覚えがある。あの時、第三王子の隣にいて、「大事な淡紫」と言った人だ。その人は私のほうを見て、驚いたように目を見開いた。

「驚いたな。あの時は後頭部しか見えなかったが、本当に淡い紫だ」

「たたかうか、てっしゅうしゅるか。そういいまちた」

「まさか! あの時のことを覚えているのか!」

私も黙っていればよかったのだ。でも、お前を知っているぞと言いたくなってしまった。あの夜の襲撃は忘れたくても忘れられない。そして、いくら日の光で普通の人に見えたとしても、この人たちは、恐ろしい敵なのだと改めて理解した。

「本国も迂遠なことばかりする。あの時も今も、端から殺してしまえばそれで済むのに」

ほら、やっぱり第三王子の仲間だ。

「リア、ほら」

私の目の前にパンが一つ、そっと差し出された。ニコだ。

そんな場合かと思いつつ、わたしは受け取って、パンを両手でそっと包んだ。もう冷めてしまっているけれど、ふわふわで、いい匂いがする。

そうだ、怒っても、騒いでも、今私たちにはどうしようもない。いつものように、冷静になって、なにかやれる状況を待つしかできないのだ。

「にこもどうじょ」

「そうだな」

ニコは頷くと、何も聞かなかったかのようにサイラスともう一人のほうに顔を向けた。

「サイラスどの、おちゃとちょうしょくのおかわりをいただきたい。もちろん、ふたりぶんだ」

第三王子ともう一人、あっけにとられた顔が、その朝一番の面白かったことだった。