作品タイトル不明
心細い時は、手をつなごう
「俺たちがいたら、殿下とリア様がここにいるって言ってるようなもんなんだよ!」
「し、しかし」
ニコの護衛はそう言われても、ニコから離れるわけにはいかないと思っているのだろう。
「殿下にしろ、リア様にしろ、イースターはおそらくは確保することが目的だ。今すぐの命の危険はねえ。だとすれば、キングダム軍が反撃するまで、いかにお二人を隠しておくか、それが大事なんだよ!」
「だが」
「俺たち二人がそばにいても、お二人が捕まる時間がわずかに伸びるだけ。それならば、俺たちはむしろ囮か道化になるべきだ」
ハンスは正しい。
ニコの価値はものすごく高い。直系の跡継ぎということもあるが、もしキングダムがなくなったとしても、その魔力の多さは将来いかようにでも利用できる。だから殺されはしない。
私はどうか。瞳の色にしか価値のなかった一歳の頃には、「キングダムからいなくなるか、最悪死んでもいい」という程度だったと思う。しかし、今はおそらく、私にも十分な魔力があることは知られている。
それは、「できれば確保しておきたい」程度には私の価値を上げているはずだ。
そして、入り組んでいるとはいえ、すべての扉を開けてたどれば、いずれここにはたどり着く。私たちが確保されるのはおそらく確実で、単に時間の問題なのだ。
そしてその時、たった二人の護衛に何の意味があるというのか。
「お前たちもここにいないほうがいいんだが」
「我らはこれが役目だ。ここから離れていいという命令がない限り、離れるわけにはいかない」
例えばニコが、ここを離れてよいと言ったとしても、ニコはしょせん何の権力もない小さな子どもだ。いないほうがいいとハンスに言われてもニコに言われても、ドアの前を離れるわけにはいかないのだ。
「だったら、俺たちと同じ、道化になれ」
「道化、だと?」
扉の前の兵たちは何を言っているのかわからないという顔をした。
「お前たちは殿下もリア様も見なかった。城が騒がしい気がするが、立場上ここを離れるわけにはいかないから、何が起こっているかわからない。イースターの兵が来たとしても、何も知らないふりをして、不審者として誰何する」
「ううむ。既に知ってしまったからには、やはり来たかという顔をしてしまいそうだ」
「努力しろ。できないのならむしろいなくなってしまえ」
ハンスの厳しい言葉が続いた。
「努力する」
「そうしてくれ。では殿下、リア様」
「うむ。きをつけるのだぞ」
「はい」
「はんす」
ハンスは一瞬私を抱き上げるかのように手を伸ばし、引っ込めた。私はしっかりと頷いてみせた。
「いのち、だいじに」
「……はい!」
走り去るハンス達を見送らず、私とニコはあけてもらった結界の間に入った。ニコは兵を見上げると、一言、
「おまえたちも、いのちをだいじにな」
と言った。本当は、私も抵抗せずにドアの前を明け渡していいのだと言いたかった。しかし、そんな権利は私にはないし、どう言ったらいいのかもわからなかった。
だからニコの一言は、私の言いたかったことでもある。
「はい。ニコラス殿下、リーリア様、お気をつけて」
そして静かにドアは閉められた。
結界の間はいつか来た時と変わらず、真ん中には結界の魔石が五つはめられた大きな台座がぽつんと置かれ、静まり返っていた。
これからどうしたらいいのだろう。状況はなんとなく理解したつもりだったが、ハンスの邪魔をしないようにするので精一杯で、ここまで深く考えないようにしてきた。だが、お父様も遠くウェスター方面に行ってしまっている今、いったい誰が助けに来てくれるというのだろう。
急に心細さが襲ってきた。
「リア」
体のわきできゅっと握りしめていた手を、ニコがギュッと握った。
「なんだ、リア。ぎゅっとしていては、てがつなげぬではないか。ほら」
「あい」
ふうっと力を抜いた私の手をニコがつなぎ直した。この狭い部屋の中でどこに行くわけでもないのに。
「せっかくませきのまにきたのだ。ませきをみてこようではないか」
「にこ……」
こんな時にそんなことを言っている場合だろうか。頭半分大きいニコをちょっと非難を込めて見上げると、ニコの落ち着いた目と目が合った。
「リア、ここでどうすごすか、なにをつかえるか、まずちゃんとしらべよう」
そうだ、そもそもここに向かったのは、場所がわかりにくいからという理由だけではない。
「ひみちゅきち、ありゅ」
私のつぶやきにニコが力強く頷いた。
「そうだ。ここはさいしょのいちどのほかはちょくせつきてはいない。しかし、ごえいにたのんで、いろいろもってきてあったはずだ」
「あい!」
「それもたしかめねばならぬ」
「あい」
しかし、それなら控室を先に調べるべきだと思うのだが、ニコは私の手を引いてまっすぐに台座に向かった。
「どうちて?」
「オールバンスも、リスバーンもとおくへいったといっていなかったか」
「あい。おとうしゃま、うぇしゅたーのほうへいきまちた。あ」
ということは、四侯のうちの二つはしばらく魔石に魔力をいれていないことになる。
「もちろん、まにあわなければ、へいかやちちうえ、そしておじうえもいるからだいじょうぶだ。しかしな」
「みんな、ちゅかまってちまったら……」
「ませきはからにならないだろうか」
私達は立ち止まると、急いで台座のところの椅子によじ登った。
「うすいな……」
「あわいぴんく。もうしゅぐなくなりゅ」
だからと言って何かするわけにもいかない。
「よし。かくにんはした。つぎはひかえのへやだ」
「あい」
どうやらまだ追手は来ないらしい。廊下の気配を伺いながら、ニコが少し手を伸ばしてドアを開けた。手入れがよいらしく、ドアの開閉の音はしない。念のため、そっとドアを閉めた。
「ベッドがふたつ。ドアはひとつはてあらい。もうひとつは」
ニコはもう一つのドアの取っ手に手をかけた。
「あかないな。あかないものはしかたない」
もしかして秘密の逃げ道だったらよかったのに。
手洗いのほうを開けると、お茶を飲めるようにカップなども用意してある。要はホテルのようなものだ。
「ひみちゅきちは、べっどのちた」
「ちゃんとおいてくれただろうか」
私達は、絨毯の敷かれた床にうつぶせになると、ベッドのカバーをめくってみた。
「あった!」
「ふくろ!」
ニコが急いで潜り込むと、大きな袋を引っ張り出してきた。と思ったら、もう一度もぐりこんでもう一つ袋を持ってきた。
「けっこうおもいな。なにがはいっている?」
「だちてみよう」
一つの袋には毛布、ランプ、簡易の調理セットなど、城の中では使いもしないようなキャンプのセットがそのまま入っていた。
「いわれるままにおいていったのだろうなあ」
「もうひとちゅは?」
「うむ」
もう一つの袋は、今の私たちに必要な物だった。
「ぱん、おやちゅ、ほちにく、ほちたくだもの」
「けっこうなりょうがあるぞ」
四侯の子どもたちとニコが丸一日過ごせるくらい、つまり七人分の一日の食料が詰まっていた。それは重いわけだ。
「ふたりなら、だいじにたべりぇばみっか」
「そんなにかくれていることはできないだろうな」
現実的な幼児二人であったが、ほんの少し明るい気持ちを取り戻していた。