軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

北への旅立ち

「気をつけてゆくのだぞ」

そう言って私たちの出発を見送るお父様だが、一見冷静にみえていてもカラ元気を出しているのを私は知っている。

「リアのことは私が守ります」

「ルーク!」

しっかり宣言する兄さまを、我慢できずにお父様はぎゅっと抱きしめた。途端に見送りの群衆から驚きの声が上がる。

人数も人数だし、この北部への移動のことは国民に公にして大々的にやったほうがいいだろうということで、出発式は城の前の広場で行われているため、王都の人々がかなり集まっていたのだ。

「リアのことはもちろんだが、ルーク、お前自身も大切にしておくれ。リアもルークも大切な私の子だ」

「お父様」

兄さまが父様をぎゅっと抱きしめ返す。私は次に抱っこしてもらえるとわかっていたが、待ちきれなくて二人の足にぎゅっと抱き着いた。

「リア」

「おとうしゃま。にいしゃま」

私のことを抱き上げるお父様に兄さまがくっついている。輝く金の髪に淡紫の瞳の三人の仲のよいさまは、オールバンスの家が確かに安泰であることを群衆に感じさせるものだった。それはキングダムの結界の安定につながる大切なことで、歓迎されるべきことであった。私たちの隣では、ギルが同じように両親との別れを惜しんでいる。

「リア、ルーク、ギル、そろそろいこう」

大きな声で呼びかけるのはニコだ。そもそも王族が民の前に出ることなどめったになかったのに、ニコとアルバート殿下の見送りのために、金の瞳の王と王子までが城の外に出ている。

間近で見る王族は、民にとって輝かしいものだった。

竜車に乗り込み、出発する私たちを、群衆が大きな歓声で見送った。

「キングダムの世継ぎが旅に出たことはこれで公になった。その一行を襲うものはまずおるまいよ」

「はい」

難しい顔で王の言葉に頷き、ニコを見送ったランバート殿下は、本当は幼いニコをまだ外には出したくなかったのだろうと思う。しかし出てしまったものは仕方がないのである。私たちは素直に楽しんでくるしかない。

竜車には毎日城に行くのに乗っている。それでも、いつもと違う道を通り、いつもと違う町並みを眺めるのは楽しかった。やがて家がまばらになると、そこは懐かしい草原だった。心なしかラグ竜も楽しそうだ。

「今日一日は竜車に乗って、明日からは様子を見てミニーに乗りましょうか。私も竜車より竜に乗りたい」

「あい!」

竜車よりも竜のかごに乗る方が面白い。それでも、体裁というものがあり、やはり民には竜車に乗って出発するところを見せねばならないのだった。

午前に出発したが、見晴らしのよい所でお昼休憩となった。ほんの二時間ほどなのだが、竜車にずっと乗っているというのは案外つらいものだ。私は兄さまの後に竜車を下りると、うーんと伸びをした。王族の竜車からはニコが降りたかと思うと立ち止まり、伸びもせずに目を輝かせて草原のほうに走っていった。慌てて護衛が追いかけていく。私はフッと笑った。

「げんきでしゅね」

「リア、お前……」

兄さまはおかしそうに笑っただけだったが、ギルが何か言いたそうに私を見た。

「リア! くさのせがたかいぞ!」

「あい!」

呼ばれたら行くしかないではないか。私はニコのほうに走っていった。

「ああ、ついにリアもよちよちしなくなってきたか」

「とことこしてるだけですけどね」

ついによちよちしていないというお墨付きが出た私は、ニコのもとにたどりついた。

「しろにはこんなせのたかいくさはなかった」

「なつになったら、もっとおおきくなりましゅ」

「ほんとか! なつにもこねばならぬな」

まだ春というには肌寒い草原は、緑のところも残っているが、背の高い草は枯れてかさかさと風に揺れるばかりだった。それでも整えられた庭しか見たことのないニコには面白かったのだろう。

私はちょうど足元に落ちていた、枯れて折れている草の茎を拾ってニコに見せた。これは振り回すしかない。

「えい! えい!」

「それはいいな! えい!」

枯れた草と戦った私たちが、茎を持ったまま竜車のところに戻る頃には、お昼の準備がされていた。小さいテーブルのセットが二つ、これは王族用と私たち用だろう。

「いしゅ、いりゃない」

「まあなあ。けど、せっかく用意してくれたんだから座ろうぜ」

ギルに促されて椅子に座る前に、ナタリーがそっと私の手を拭いて、頭から枯草を取ってくれた。ナタリーはいつも冷静なのだ。ドリーならひっくり返りそうになっているのになあと少し懐かしくなった。

ニコが嬉しそうに足をぶらぶらさせて、アル殿下に注意されている。そう言えば、城ではいつもお昼にはお父様が迎えに来ているから、ニコとご飯を一緒に食べたことはない。

「リア、足を落ち着けようね」

「にこのがうつりまちた」

ニコを見ていたら足のぶらぶらが移ってしまったようだ。兄さまに注意された私をおじいさまがとりなしてくれる。

「まだよいではないか。リアは二歳なのだぞ」

「おじいさま、できるのにやらないのは怠慢だと思います」

兄さまはこういうところは厳しいのだ。

「う、うむ。そうか。クレアは何かができただけで家族は大喜びだったからな。リアは丈夫に生まれてきてよかったな」

「あい!」

お母様は体が弱かったせいでずいぶん大事にされていたらしい。お母様の娘時代の絵も残っているそうで、今から楽しみなのである。

お昼を食べ終わり、手早く片付けが済むと私たちの竜車は、一部の座席が折りたたまれて簡易のベッドに早変わりしていた。それで少し大きめの竜車になっていたのかと納得した。

「リア用ですよ。もしかしてお昼寝したくなった時のためです」

「しゅごい! でも、りあ、おひるねちない」

いつもいつも寝ていると思われては困る。私はプイッとした。

「今日の目的地のコールターは、湖の町ですからね。早めにお昼寝しないと、湖を見損なうかもしれませんよ」

「ねましゅ!」

そう言えば今日は、王都の北西部にある湖の南端が目的地だ。そして湖沿いに北上して、明日がコールターの伯爵の館だったと思う。王都の北西部、ネヴィルの手前はこのコールター伯の領地となる。

「この草原ももうコールター伯の領地ですよ。ミルス湖がこんなに王都の近くだったとは私も知りませんでした」

兄さまが地理の説明をしてくれる。ホカホカのお布団に竜車の規則正しい揺れが伝わってきて、まるでだれかがトントンと背中を叩いてくれているようだ。

「あれだけ暴れていれば疲れもしますよね」

「やんちゃだよな」

やんちゃではない。普通の幼児である。しかし、次に聞いた声は、

「リア、リア、湖が見えてきましたよ」

という兄さまの声だった。不覚にも寝てしまったようだ。しかし、兄さまの声が少しおかしい。

「にいしゃま、へん」

「変なことはないですよ。リア、でも」

私はベッドから起き上がって、腕をこすっている兄さまを見た。まるで鳥肌が立っているかのようだ。ギルも不思議そうに兄さまを見ている。兄さまは迷うような目で私を見て、ためらいながらこう口にした。

「リアは感じませんか。湖のほうから、何かを……」