軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

空気は読めないもの

「アンジェ」

お父様の声が優しくなった。珍しい。私と向き合っていたランバート殿下とニコが笑っていた顔を戻してすっと立ち上がった。

「まあ、殿下方、そんなところに」

そのアンジェと呼ばれた人は優しく、ころころという表現がふさわしい感じで楽しそうに笑った。そうしてすっと膝を落とし、きれいに礼をとった。これが大人の挨拶。女性のいないオールバンスではしっかり教われないものだ。覚えておこう。その人はミルクをたくさん入れた紅茶のような淡い茶色の髪をしており、薄い緑茶にほんの少しミルクを落としたような、翡翠色の瞳をしていた。

「ニコラス殿下、お久しぶりにございます」

「うむ。アンジェリークどの。わたしのたんじょうびいらいか」

ニコは半年前に会った大人をちゃんと覚えていられるのか。私は感心した。もっとも、私だって自分をさらった奴の顔はまだ覚えているけれども。

「よく覚えていらっしゃる。今度はうちの娘たちの誕生日にもぜひいらしてくださいませ」

よい子ですよと頭をなでるように優しい言い方だ。娘がいるというところに私は聞き耳を立てた。女の子の友達ができるかもしれないではないか。

「それはわからぬ。そもそもレミントンのむすめたちとはともだちではない」

ニコははっきりとそう言った。ニコは確かに賢い子どもだけれども、さすがにこういったところまで気を使えるわけがない。大人たちの空気が微妙に固くなった。レミントン。この人が。

「うちの子たちとは年が合いませんでしたものねえ。それではうちの娘たちともよかったら友達になってくださいませ。改めて紹介いたしますわ。こちらが上の娘、フェリシア。レミントンの跡継ぎになります」

なんと! 娘がちゃんと側にいたとは。フェリシアという人はアンジェという人によく似た優しそうなほっそりした少女だった。母親と同じようにきれいに礼をとった。ギルと同じか、少し上くらいだろうか。

「こちらが下の娘、クリスティンです」

クリスティンと呼ばれた娘は、母親と同じミルクティー色の髪をしていたが、目の色も同じミルクティー色だった。とても珍しい。ニコよりも大きいが、エイミーより小さい。つまり、5歳くらいだろうか。その子はややぎこちなく膝を曲げた。

「うむ。あったことはあるから、あらためてしょうかいせずともよいのだ。それより」

ニコは私のほうを見た。すっかり観客としてこの場を楽しんでいたので、いきなり注目が集まってちょっと焦る。

「きょうはリアのたんじょうびのかいだ。まずはリアにおめでとうをいったほうがいい」

またその場に微妙な空気が流れた。周りの大人の誰もが思い、しかしあえて突っ込まなかったところをニコがはっきりと指摘したからだ。さすがの私も、この場をどう収めるべきかわからないので、かわいらしく振舞っておいて後は他の人に任せようと思う。

「まあ、本当ね。私ったら」

アンジェはまたころころと笑うと、少し腰をかがめて私のほうを向いた。翡翠色の目がこちらを見ている。

「ディーンと同じ、淡紫の色」

まるでそれだけしか価値がないかのような言い方だ。

「なんてかわいらしい。私はアンジェリーク・レミントン。こちらが跡取りのフェリシア。こちらが二番目のクリスティン。仲良くしてね」

そう挨拶すると、私の前に娘二人を押し出してきた。それならば私もちゃんと挨拶せねばなるまい。

「りーりあ・おーるばんすでしゅ。きょうはありがとうごじゃましゅ」

そしてすっと膝を曲げてみた。さっきよりはいいはずだ。近くでハンスがよくできましたというように頷いているが、ハンスに合格をもらう必要はない。

「まあ、フェリシアよ。お誕生日おめでとう。よろしくね」

お姉さんの方がにっこりとそう言った。

「ふぇりちあ。りあでしゅ」

「ふふふっ」

頭をなでてくれた。しかし、妹のほうは、腕を組んでこっちを睨んでいる。ちょっとちゃんと腕が組めるからって、偉そうじゃない? 何も言わないつもりなら、私から挨拶しよう。

「くりしゅちん」

「ちょっと待って! クリスティンよ!」

ちゃんと言っているではないか。

「くりしゅちん」

「く、り、す、てぃ、ん、よ!」

細かいことを気にする子だ。何が気にいらないのか。それならば。

「くりしゅ」

「短すぎよ!」

「りあでしゅ」

「聞いてる?」

「おとうしゃま、じゅーちゅ」

「ちょっと!」

おめでとうを言わないなら、相手をする必要はないのである。

「クリス、ちゃんとおめでとうを言えてないのはあなたよ」

「姉様、だって」

「だってではありません。さあ」

フェリシアにたしなめられたクリスティンはしぶしぶとこっちを向いた。

「おたんじょうびおめでとうございます」

「くりしゅち」

「わかったわよ! クリスでいいわよ。そのほうがましよ」

勝った。私はにっこりした。

「くりしゅ、りあでしゅ」

クリスはしぶしぶこっちを見ると、ちょっと横を向いてこう言った。

「……リア」

「あい!」

これで一応友達だ。

「相変わらず強引ねえ、アンジェ」

「あら、ジュリア、あなたも来ていたの」

頭の上の方では新しい人が来ている。つややかに波打った茶色の髪と同じような茶色の瞳のきれいな人だ。

「ディーン、お招きありがとう。そしてまあ、あなたがリーリアなのね! 話に聞いていたとおりね。クレアにそっくり」

「お母様、こちらでしたか。探しましたよ」

いつの間にかいなくなっていたギルが少し慌てたようにやってきた。

「ギル。先に知り合いと会ったものだから」

「一緒に挨拶するつもりだったのに」

「ごめんなさい」

この人もころころと楽しそうに笑う。そして私のほうを見ると、にっこりした。

「私はギルの母親のジュリアよ。ずっと会いたかったのになかなかいけなくてごめんなさい」

そして、少しためらうと私に手を伸ばしてきた。

「もう赤ちゃんじゃないから駄目かしら」

そんなことはない。私は手を伸ばすとほっそりしたその人に抱え上げてもらった。

「まあ、女の子はふわふわしているのね。ギルだったらちっともじっとしてはいなかったのに」

フフっと笑うと自然に私を抱いてゆらゆらと揺らした。そうだ、これがお母さんだ。私は安心して力を抜くと、ギルのお母さんの首に顔を寄せた。

「じゅりあおばしゃま」

「あら、まあ。それ、いいわねえ。リア」

「あい」

「アンジェにもそう言ってあげるといいわ」

私はレミントンのほうを見た。やさしい顔の口の端が少しひきつっている。

「あんじぇおばしゃま」

「リーリア、皆はたいてい私のことをただアンジェ様と呼ぶのよ」

ときどき、おばさまと呼ばれたくない人もいる。それなら呼ばれたいように呼ぼう。私が呼び直そうとした時だ。

「見苦しいわよ、アンジェ。私よりずっと年上じゃないの。今更おばさまと呼ばれたくないなんて。フェリシアが結婚したらおばさまどころかおばあさまになるというのに」

「おばあさまって」

そうつぶやくとアンジェはショックを受けたように表情をなくした。ええと、ジュリアおば様、強いです。

「君たちはいつでも仲がいいな。良くそう話が続くものだ」

お父様が感心したように口を挟む。ジュリアおばさまもアンジェおばさまもあきれたように口元をゆがめたのにお父様は気が付かなかった。